簡単な作戦だからって、簡単に終わるとは限らない
「しかし、本当に監視カメラにも誰にも見られずに、明智君を散髪できる場所はあるのかな? それに、私が出る時はゴールデンのぬいぐるみを抱いていたのに、帰ってきた時はラブラドールを抱いているんだろ? ホテルの人が怪しまないかな」
「ああ、忘れてました。明智君を散髪する事しか考えてなかったみたいですね。あっ、でも、それなら、簡単に解決するじゃないですか。人目につかない場所は、美術館まで歩きながら探して、見つけたら、そこで明智君に絵を載せましょう。これだけ広い街なんだから、一か所くらいはありますよ。そして、このホテルはチェックアウトして、別のホテルに移りましょう。できれば、ペット同伴でも泊まれるホテルに。そうすれば、いちいち……じゃなくて、わざわざ明智君とトラゾウをぬいぐるみ扱いしなくてもいいし」
私の抵抗も、この辺が潮時でいいだろう。結果は変わらないというのに、あんまり阿部君を責め立てても何も良いことがないからな。私がこんなにも頑張ったのだから、明智君だって納得してくれていることだ。
「その手があったか。よし、それで決まりだ。うん? どうした明智君? そんな恐い目で私を見て」
明智君は完全に私に対して逆恨みをしている。ふさふさの毛皮では耐えきれないほどに、インドネシアが暑くなっているように願おう。でも、その時に感謝されるのは阿部君だけなのだろうな。
この日は、明日に備えて、早めの晩ごはんをとり早く休むことにした。もちろん外食ではなくルームサービスだ。ホテルの人は驚いたかもしれない。人間2人だけなのに、10人前もオーダーしたのだから。ぬいぐるみが食べるだなんて考えもしないし、そのぬいぐるみが大食漢だなんて夢にも思わないだろう。さらに、そのぬいぐるみの一つのご機嫌取りもあったから、私は大奮発しなければならなかったのだ。
私の財布には痛かったが、ぬいぐるみの一つは、渋々、朝を迎えてくれた。朝といっても、昼に近いが。補足しておくと、普段から明智君の寝起きの機嫌は最悪なので、それを考慮にいれると、散髪するのは十分に納得してくれていると言える。
ちなみに、昼に近い朝になったのは、明智君だけのせいではない。名前を出すと本人に怒られる可能性が高いので、濁して言うと、我々怪盗団には起きるのが苦手な団員が2人いる。トラゾウは臨時団員なので含まれていない。以上だ。あっ、一応フォローしておくか。おかげで、私はのんびりモーニングをとり、ダラダラとみんなの荷物をまとめることができた。
気まぐれ屋さんの明智君の気が変わらないうちに、即出発した。阿部君がいるから大丈夫だろうけど、阿部君だって気まぐれ屋さんだから、油断大敵なのだ。そして、ホテルを出てしばらく歩くと、ちょうど美術館との中間地点で、監視カメラにも人目にもつかない路地裏を見つけた。ひねくれた考えを持っているかわいそうな人たちからは、そんな所なんてあるわけがないという意見があるかもしれない。なので、私らしくないが低姿勢になる。物語に、とやかく言うんじゃねえでくださいまし。
粗探しが趣味の人たちにいつまでも付き合ってられないので、さっそく、作戦に入るか。まずは、丁寧に梱包された絵をハーネスに取り付け、そしてそのハーネスを明智君に装着する。言うまでもなく、こんなこともあろうかと、ピッタリのハーネスを日本を発つ前に用意済みだ。作戦を考えたのはフランスに着いてからだろ、なんて言う命知らずはいないよな? いるならいるでいいが、私は傍観者だぞ。
ちなみに、このハーネスはワンタッチで明智君が自ら外せるようになっている。美術館に着いたら、受付か案内係のような人の前で外す予定だ。それから一言「ワンッ!」とアピールして逃げる手はずとなっている。
明智君に絵を装着するのと同時進行で、ぬいぐるみと化していたトラゾウに、日本でも使ったライオンの覆面と犬用のおまわりさん風の服を着せていた。ホテルを出る時から変装した方が私の体力的には遥かに楽だったのは言うまでもない。だけど、ホテルに入る時にはぬいぐるみだったのに、出る時に生きた犬になっていたら怪しまれてしまう。こういう横着をしたことによる些細なミスが、大きな後悔を生むことにもなるのだ。
やきもきしている人が大勢いると思われるので、作戦の続きを発表しよう。明智君が出発するのと同時に、トラゾウ犬を連れた阿部君が、この人目につかない路地裏から立ち去る。そして、別のホテルにチェックインして待機だ。それは既に昨日の時点でネットで予約済みなので、問題なくチェックインできるだろう。ちなみにペットも同伴できるホテルだ。なので、少々割高だ。
一つ不安があるとするなら、チェックインする時間には早すぎるので、阿部君とトラゾウ犬が喜んで道草を食うことだな。まあ、トラゾウがいるから時間を忘れて遊ぶまではしないだろう。いや、トラゾウがいるからこそ、明智君が困難なミッションを行っていることから、気を使って、ホテルに直行して荷物を預けがてら強引にチェックインするはずだ。
私はと言えば、ここで待機だ。そして、明智君が無事に戻ってくると、手際よく散髪する。それから、一応念の為にバラバラで今日泊まるホテルの近くまで行き、そこで合流する手はずになっている。用心するに越したことはないからな。それでも、街の監視カメラを念入りに根気よく調べれば、おそらく私たちにたどり着けるだろう。
しかし、私たちは別にこのフランスで犯罪を犯したわけではないので、そこまで細かくじっくり几帳面に長期に渡って捜査しないことを祈ろう。絵が戻ってきた事だけを素直に喜んでおくれ。まあ、私たちにたどり着いたところで、その頃には、私たちはフランスにはいないがな。
「よし、美術館に絵の返却作戦開始!」
「はいっ!」「ワンッ!」「ガッ!」
明智君は勢いよく走り去った。阿部君とトラゾウは観光を楽しみがてら、のんびり歩いて去った。私はここで明智君の帰還を待つ。待つと言っても、美術館までそんなに遠くはないので、あの明智君の足なら5分も待たないだろう。
と思ってから30分も経つのに、明智君が戻ってこない。散髪されてラブラドールになるのが、よほど嫌なのだろうか。私にお金を貸していなかったなら、ありえなくもないだろう。だけど、あの強欲な明智君が2000万円もの大金を捨てて、フランスで野良犬になるのを選ぶはずがない。
明智君は、美術館のスタッフか警備員に捕まったのだ。それしか考えられない。
えっ! ということは、私は明智君に2000万円を返さなくても……。そんなわけないだろ。私が大事な仲間を見捨てはしないのだ。命がけで私を守ってくれたこともある仲間を。阿部君が見捨てようと言ったなら従うかもしれないがな。命がけで阿部君に抗うなんて、ただのバカだ。
ひとまず、阿部君に連絡をしよう。阿部君、私は阿部君の意見を尊重するからな。明智君の代わりなんて……。私は阿部君に電話をした。時間は早いが、無理やりチェックインしただろうか。分かりきったことだな。
「もしもし、リーダーですか? こっちのホテルもなかなか快適ですよ。トラゾウも喜んでます。早く合流してくださいね。ガチャ……トゥートゥートゥー」
あっ、切られた。まったくもー、阿部君らしいな。ハハッ。いや、違う違う。もう一度。
「何ですか、もうー。ランチをどこで何を食べるかトラゾウと相談してるんだから、邪魔しないでください。では……」
「おおー、切るなー!」
「何ですか? 明智君が最後の悪あがきでもして散髪できないんですか? それなら、後頭部をおもいっきり『ゴンッ』てしてやれば楽勝ですよ。では……」
「おおー、待てー!」
「もうー、なんですか?」
「明智君が捕まったかもしれない。全然戻ってこないんだ」
「…………。……。ええー! なんでもっと早く言わないんんですか。ちょっとそこで待っていてください。すぐに行きます」
阿部君を待つ間に、私は散髪セットをリュックサックに片付け、すぐにでも動けるように準備をした。そして阿部君が来るまでに状況を整理する。明智君が戻ってこないのは、捕まったと考えるのが妥当だろう。でも、なぜ、明智君ほどの者が捕まったんだ?
梱包された大きな絵を背中に背負っている犬なんてまずいないから、テロリストが爆弾でも付けて送り込んだと思われ、有無を言わさず捕まえたのだろうか。いや、もし爆弾だと思ったなら、下手に刺激を与えたくないから、明智君に近寄るはずがない。だから、明智君はゆっくり絵を外してから、のんびり逃げられたはずだ。
それなら、明智君の背負っている物が梱包されているとはいえ、すぐに絵だと見抜いてさらに以前盗まれた絵だと想像した強者がいて、明智君が行動を起こす前にすきを突いて明智君もろとも確保したのだろうか。うーん、やや信憑性に欠けるなあ。
やはり一番可能性が高いのは、明智君が美術館に入って絵を付けたハーネスを外すまでは予定通りにいって、「ワンッ!」と一声かけた美術館の受付の人が明智君好みのすごく素敵なお姉さんだったのだ。それも、フランスだから、そのお姉さんの髪の色は、明智君とおそろいだったはず。明智君が美術館に何をしに来たのか忘れるには十分だろう。
明智君が、その素敵なお姉さんに喜んで話しているところを、大勢の警備員にあっさり捕まったに違いない。うん、それしかないな。それから、明智君が持ってきた物を確認してみると、以前盗まれた絵だとすぐに分かったのだ。明智君が何らかの関係があると思われるのは当たり前だ。
明智君は、暗くて寒い部屋で閉じ込められて、泣きべそをかいていることだろう。自業自得だけど、我々怪盗団の仲間の私たちが助けてあげるからな。無理をしない程度で頑張るから、そこそこ期待して待っていておくれ。
おっ、視界の片隅に阿部君とトラゾウがいるじゃないか。素晴らしい天才的な明智君救出作戦を披露してやるか。




