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明智君の猿芝居

「レッド、ちょっと難しいかな。万が一私にできても、レッドとイエローをこんな危険な目に合わせるわけにはいかないよ」

「本当にそうですよね。でも、ここから入るのはリーダーだけで、私とイエローはお言葉に甘えますね」と言ってすぐに、阿部君は、何か紐の塊のようなものを、まるで親の仇か何かのようにおもいっきり私にぶつけてきた。あれ? 絆は?

「いてー」

「しーっ。静かにしてください。こんな事もあろうかと、大好きなリーダーのために100均で超高級ロープを仕入れておきました。それを使ってください。私が立て替えておいたので、無事に帰って……ウォッフォン、あとで私の口座に振り込んでくださいね」

「こ、こんなロープ1本で? そもそも直径が1センチもないような細さなのに、ロープって言えるのか?」

「そんな小さな事を気にするなんて、世紀の大怪盗のリーダー……あっ、ブルーでしたね。すっかり忘れてました。私は、まだまだですね。話が逸れました。何が言いたいかというと、ブルーほどの大怪盗が些細な事を気にするなんて、らしくないですよ。私もイエローも信じてるので、それに応えてくださいね」

 確かに、ロープと紐の定義なんて知らないし、どうでもいい事だ。ただ、この極細ロープの強度が私の体重に耐えられるのかどうかを遠回しに指摘したのだけれど、人並みの知能しか持ち合わせていない阿部君は気づかなかったようだ。

 気づいていて気づかないふりをしている可能性もあるが、性善説を心から信じている私は疑わないし、何より阿部君は良くも悪くも正直者なのだから。

 そんな阿部君に考えを改めさせるために、必死で考えを巡らせつつ、塀から離れようと頑張った。お面で分からないとはいえ、なかなかの形相をしながら。しかし明智君が私を逃してなるものかと押さえつけている。覆面越しでもはっきりと分かる、私以上の必死な形相で。潤んだ瞳の演技は忘れ、笑うのを堪えるような精神状態にはないようだ。

 ということは、いよいよ明智君はいっぱいいっぱいなのかもしれないぞ。ここは、対象を阿部君から明智君に変えてみようじゃないか。勝算は高いはずだ。きっと明智君は私の話を聞いてくれる。

「イエロー……いや、明智君? 明智君を私の秘書から『株式会社ラッキー』の副社長に昇進させてあげるから、力を抜いてくれないか? 頼む、私と共に過ごした5年間を思い出してくれ」

 私の提案を聞いて、明智君は力を入れるのを、急にやめた。表情も穏やかになっている。そしてすぐに下を向いて何やら考え始め出した。欲深い明智君のことだから、副社長になった後のバラ色のような生活をあれこれ想像しているに違いない。『株式会社ラッキー』が架空の幽霊会社だなんて、明智君は知らないからな。私にとって、明智君はこんなにも簡単なのだ。

 今なら、私は明智君をぶっ飛ばし簡単に逃げ出せるけれども、それは必要ないだろう。もう自由になったようなものだし、実力行使よりは話し合って、このふざけた作戦を撤回させた方が後々の関係も良好でいられるのだ。これぞ、社員から慕われる社長の考え方だそうだ。

 なので、私も明智君同様に身動き一つせず、明智君が顔を上げて笑顔で尻尾を振り回すのを待ってあげるのみだ。決してバテたわけではないぞ。いや、本当に。

 しかし、待てど暮らせど、明智君が微動だにしない。温厚な私が、ほんの少し苛立ちをおぼえてくるほどに。もしかしたらこのバカ犬は眠りに落ちたのではと、私は疑い始めた。こんな状況でまさかとは思われるが、明智君ならありえるのだ。

 仕方がないので、明智君の頭をここぞとばかりに叩いて起こそうと、私はこれでもかと言わんばかりに右腕を振り上げた。すると動物的勘で危険を察したのか、明智君はまさに大根役者が乗り移ったかのように夜が明けてしまうんじゃないかと思われるほどゆっくりと、私の方に顔を向けた。私は、行き場を失った振り上げた右腕を、照れ隠しでもするかのようにさり気なく頭の後ろに回し、敵意なんて全くないことをアピールするのみだ。明智君が誤解しませんように。

 私の心配をよそに、明智君は私の魔が差した暴力的な右腕が目に入っていなかったようだ。私のごまかし方が、完璧だったのもあるかと思われるが、謙遜をしておこう。とりあえずは明智君がキレる心配をしなくていいし。安心するまでは、明智君と目を合わせないようにしていたが、おもいきって明智君の顔を凝視してみた。

 それは、私が初めて見る明智君の表情だった。瞳が潤んでいるのを大幅に通り越して、大粒の涙がこぼれ落ちている。さらに、涙は勢いを増し、滝のようになって地面に水たまりを作り始めた。明智君、そんなに水分を消費すると、喉が乾くぞ。

 そして、私に質問する隙きも与えず、明智君は身振り手振りで涙の理由を自ら説明したのだ。長年の付き合いだけあって、私は完璧に理解してしまう。明智君のジェスチャーが犬並み外れて上手なのと、私の理解力が図抜けているのも手伝ったのは言うまでもないだろう。

 具体的には、明智君は右手で阿部君を指し示し、それから明智君自らを指し示して否定するかのように首を全力で振った後に、自らを殴る素振りを見せたのだ。並の人間がこれを見たなら、ただ単に一匹の蚊が明智君にまとわりついていると思うだけだ。それでも明智君ならなくもないが、暗い中、音を頼りに必死で探したが、蚊はいなかった。

 消去法で答えを導いた結果、明智君は阿部君に逆らうとボコボコのメッタメタにされると、伝えたかったのだ。阿部君が恐怖によって明智君を支配していることが分かって、私はすべてが腑に落ちてしまった。

 明智君はなんてかわいそうなんだ。私が助けてやるからな。

 だからといって、力づくで明智君を阿部君から解放しても、暴力の連鎖が生じるだけで根本からの解決とは言い難い。かといって、欲望に支配され思考を停止させている今の阿部君に、言葉が通じるはずもない。

 今の私が、明智君とこの怪盗団のためにしてあげられる事は、おとなしく塀をよじ登る事しかないのだろう。そして万事が上手くいき、無事に我がアジトの地を踏めたなら、阿部君と明智君とじっくり腹を割って話し合おう。二人が真剣な眼差しで私の話をきいている画が鮮明に浮かんだところで、私は意を決した。

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