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明智君という名の犬と見習い怪盗小娘と自惚れ初老新米怪盗の私  作者: バスバスキヨキヨ


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金庫は開くのだろうか

 まず阿部君が食べ終わった。この状況を日本語で説明できる唯一の阿部君が一番で良かったが、明智君やトラゾウよりも早いだなんて、なかなかやるじゃないか。早食い大会がフランスで行われるようなら、なんとか言いくるめて出場させれば、賞金で旅行費用がいくらか浮くかもしれないな。

 今は、それよりも、謝罪の弁を聞くとするか。

「リーダー、思ったよりも帰ってくるのが早かったんですね。もうあと5分くらい遅く着いてくれてたら、掃除だけは終わってたんですけど」

 本当なのか? 正直者の阿部君が嘘をつくわけがないから、5分もあれば掃除は終わったのだろう。阿部君なりの掃除が。いやいや、謝罪は? いや、おざなりの謝罪なんて、もういい。それよりも何を食べていたのか今さらながら気になってきた。

「掃除は後でやるとして、隠れてまで何を食べていたんだ?」

「聞かない方がくだらない怒りが湧き上がらなくていいと思いますけど、教えてあげますね。ママが俳優仲間の人から美味しいパンをもらったので、私と明智君とトラゾウに一人4個づつ持たせてくれたんですよ」

 3人で一人4個ということは、全部で12個だな。簡単な計算だ。そして、12個のパンは4人でも分けられる。これも簡単な計算だな。

 聞いてみよう。いや、聞かないといけないだろう。どうせならとことんまで怒り狂うために。

「阿部君のママは、『ひまわりと明智君とトラゾウの3人で仲良く分けるのよ』と言ったのかい?」

「いいえ、そんな具体的には。『みんなで食べなさい』と言っただけですよ」

 よしよし。阿部君ママついでにパパは、今のところは命拾いしているな。ここからは慎重に聞かないと、怒り狂うではなく、むしろ悲しくなるかもしれない。……。確実に悲しくなる。

 うーん……やっぱり、これ以上の追求は断念するか。『覆水盆に返らず』の類似諺でも考えれば気持ちがおさまるかもしれない。『食べられたパンは最初からなかったと思い込め』と明日には有名な諺辞典に載っているであろう素晴らしい諺を、私は37秒で作り出した。改めて天才だと気づかされた私は、凡才の人たち相手にムキになるのは意味がないと思ってしまう。天才は孤独だからな。

 パンのことは忘れたが、だからって、もやもやした感情が完全になくなるものではない。金庫の中のお金が私をすっきりさせてくれるように期待するか。というわけで、話題を急旋回するぞ。

「金庫が見当たらないけど、どこにあるんだい? 私の心を穏やかにしてくれるであろう金庫は」

「明智君とトラゾウが肌身離さず守ってくれてますよ。ほら、ここに」

 明智君とトラゾウの陰から阿部君が金庫を出して見せてくれた時、私はすぐにはそれを金庫とは認識できなかった。まあしかし、部屋の惨状を見るに納得はできたが。塗装はほとんど剥げ、角という角が丸くなり、六面全部がボコボコで平らな面など一つもなく、鍵穴だけが金庫の面影を残していた。

 正直言って、こんなに変形させた阿部君と明智君、そしてこんな状態にされても中身を守った金庫の両方に拍手を送りたい気分だ。だけど、もちろん誰にも何にも賛辞を送らない。こいつらの悪事を正当化させてしまうからな。ただただ、昨日この場に私がいなかったのが返す返すも残念だ。

 いや、まあ、でも、ものは考えようだ。こんな状態の金庫を私が何の苦もなくあっさり開けると、このろくでなしの凡才どもの私を見る目が変わるかもしれない。阿部君は『怪盗20面相』を、明智君は『超高級エナジードリンクのロイヤルプレミアムバージョン』をすべて提供したくなるに決まっている。

 私が金庫を開けられるかどうかの疑問は愚問だ。なにせ私は、あの『金庫破り入門編』の通信教育を受講した記念に頂いた、変な形の針金でできた棒があるのだから、この程度の金庫なら絶対に開けられる。最悪、私には火事場のバカ力がある。

「ちょっと貸してごらん。君たちにいりゅーを見せてあげるよ」

「そんな調子に乗って大丈夫ですか? もし開けられなかったら、リーダーに対するほとんどない尊敬がゼロになりますよ」

 なにおー。最初から私に対する尊敬なんて……。えっ! あったっていうのか? 

 そうかそうか。そうだよな。だって私はリーダーだもんな。私が勝手に勘違いしていただけだったようだ。なんか褒められてもないのに嬉しくなってきた。でも、ここで、百点満点で何点かを聞かない方がいいことくらいは理解しているので、軽く流そう。

「大丈夫さ。そもそも私は尊敬なんて欲しくないんだぞ。私は、君たちの笑顔を見たいだけだ」

「明智君、トラゾウ、あれが嘘つきの顔だよ」

「ワン」「ガオ」

「早く金庫をよこしなさい」

「はい。私たちはさっと掃除でもしてるので、気長にやってくださいね。あっ、でも、暴力行為に走る時は一声掛けてくださいよ。手伝うつもりはないけど、とばっちりはごめんなので、どこかに避難します。次にあの高圧的な大家に何か言われたら、金庫をあの大家にぶつけかねないんです」

「あ、ああ……」

 説教をされている阿部君を見たかった。後で明智君にその時の様子を聞きながらワインで乾杯だな。ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ。私は必死でポーカーフェイスを作って、阿部君から金庫を受け取った。何気に明智君を見ると、阿部君に隠れて思い出し笑いをしている。明智君、気持ちは分かるがほどほどにしておくれ。私にも伝染してしまうじゃないか。金庫に集中しよう。

 念の為に金庫の鍵穴を確認すると、確かに無事のようだ。一安心だな。ただ、気になったのは、鍵穴の横に『押』という漢字が刻まれた丸いボタンだ。おそらく鍵を開けたうえで、このボタンを押すのだろう。とは思ったが、一応押してみるか。あくまでも一応だからな。どうせ阿部君が既に試みたはずだ。

「カチッ。……」

 うーん、おそらくだけど、金庫は開くかもしれない。最初から鍵なんて掛けてなかったのだ。悪徳政治家は自宅の警備を過信していただろうし、金庫に鍵を掛けた後で鍵を失くすのを危惧したのかもしれない。だからこの金庫はボタン一つで開くようになっていたのだ。

 それを阿部君は金庫には鍵が掛かっているという先入観のもと、この『押』のボタンを見落としたに違いない。そしてその結果が、この我が家兼アジトの見るも無惨な光景だ。

 愚痴の一つでも言いたいのは山々だ。だけど、それよりも僅か1秒で金庫を開けたことを、さも当たり前の体で自慢しよう。こいつらの私を見る目が変わるはずだからな。うん、過去よりも未来を見ようじゃないか。

「開いたよ」

 私が冗談を言っていると思ったのか、誰も反応しやしない。例え冗談だとしても、リーダーの発言に対して無視をするなんて……。罰金ものだと言いたいところだけど、無視し続けるなら、金庫の中身をひとり占めできるかもしれないぞ。よし、最終確認だ。

「金庫の中身を誰もいらないなら、私がひとり占めする……」

 言い終わるか終わらないかで、全員集合していた。欲望にまみれた阿部君明智君と、興味本位だけのトラゾウが。全員が顔に半信半疑と書きながら。そして、すかさず、日本語を話せる奴がダメを出す。

「開いてないじゃないですか」

「金庫の蓋はな。だけど鍵は開けたから、普通は造作もなく蓋を開けられるんだけど、どこかの誰かがものすごく乱暴に扱って形が変形してるだろ?」

「……」「……」

 勝った。

「まあ大丈夫だ。ここからは力づくでもなんとかなる。私がやってもいいかい?」

「そりゃもう。かっこよくて優しくて頭が良くて手先が器用で力持ちのリーダーにしか開けられないですよ」

「ワワッワーンワンーワンワンッ。ワワンワーンワンワーン、ワンオーオーン、オーンオーワン!」

 正直者の阿部君がこんなにすらすらとお世辞を並べられるなんて、よほど感動しているのだろう。阿部君にしたら難攻不落だったからな。明智君は何と言っているのか私には具体的には理解できないが、堂々と嘘をつける明智君は、よほど私を感動させる言葉を並べていることだろう。

 うんうん、実に良い気分だ。本当は少し力を入れるだけで、金庫は開くだろう。だけど期待に応えて、めちゃくちゃ大変そうに開けてやるか。パワーアップしたいからと、『怪盗20面相』や『超高級エナジードリンクのロイヤルプレミアムバージョン』を要求したいところだな。

 いや、調子に乗らないでおこう。万が一簡単に開けられることがバレたら、私は身もふたもない状況に追い込まれてしまうからな。最悪の場合は、フランスでポイ捨てされるかもしれない。

 金庫の中身プラス小さな尊敬だけで満足しておこう。いや、もう少しだけ尊敬を増やしてもらおうか。

「うーん……ウォー……うぉりゃあーあーあーーー!」

 私の迫真の演技には目もくれず、3人は金庫しかみていない。この辺が潮時だな。尊敬の微増は諦めるか。

「ガタッ」

「わおー」「ワオー」「ガオー」

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