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明智君という名の犬と見習い怪盗小娘と自惚れ初老新米怪盗の私  作者: バスバスキヨキヨ


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強制退去を即断した大家さんに反論できる材料がない

 私が汗だくになってドッグフードを運んでいる間に、阿部君は既にアジトへ向けて出発していた。手伝わないで上辺だけの応援をされるよりはいいかもしれないが、なぜかさらに怒りが増幅している。

 阿部君ママは何かを察したのか、最低限の気持ちとしてキンキンに冷えた天然水30パーセント入りの水道水を出してくれた。お金持ちの阿部君パパママが、わざわざ天然水を水道水で割った理由なんて考えないで、私は文句一つ言わず飲み干した。ささやかな抵抗として、お礼も言わずだ。そして、一人寂しくアジトへ向けて歩き出す。私の足はこんなにも重かっただろうか。

 私がドッグフードを運んでいる間、堂々と私を眺めていた阿部君パパが、形だけの見送りに出てきてくれた。もしやと思い、無言の圧力で車で送ってくれるように頼んだけれど、阿部君パパは笑顔でお別れの挨拶をしただけだ。私の涙の訴えを簡単にいなせるその冷酷さは、怪盗には必要なものかもしれないな。時と場合によっては、仲間を見捨てていかないといけないこともあるのだから。

 一つ言っておくぞ。それはお互い様だからな。ヒヒヒヒ。二軍戦とはいえ、早く仕事に取り掛かりたくなってきたぞ。体が少し軽くなってきた気がする。これで、なんとかアジトには辿り着けそうだ。

 下手に何か考えながら歩くと足取りが再び重くなるので、無心でアジトを目指した結果、まるで瞬間移動したかのように、私は我が家兼アジトの前に立っていた。一週間もしないうちにこのワンルームアパートともお別れかと感傷的になんて一切ならずに、ドアを開ける。すぐには状況を理解できなかった。阿部君一家に対する積もり積もった恨み辛みを一瞬にして忘れさせるほど、想像を絶するものなのだ。阿部君パパママは命拾いをしたようだな。いやいや、阿部君パパママなんてどうでもいい。己の心配が優先だ。

 まずは落ち着こう。そして考えよう。……。私の部屋にだけ竜巻が入ってきたのだろうか。日本一強いクマ決定戦が、私の部屋で開催されたのだろうか。私の部屋にピンポイントで獅子座流星群が、とめどなく降り注いだのだろうか。

 壁や天井は穴ぼこだらけで、ドアも鋼鉄製なのに所々へこんだり傷だらけだ。床の絨毯やベッドやソファーの上には、その残骸らしきものが所狭しとばかりに散らかっている。ローテーブルにいたっては、真ん中から真っ二つに割れていた。ローテーブルを新しく買うか、もしくはどこかの金持ちに融通してもらうかは、後で落ち着いてから決めるか。今は、それよりも戦利品が無事なのか気になる。

 私は唐草模様の風呂敷を探した。じっくり観察してみると、部屋の片隅に、残骸まみれでも辛うじて分かる唐草模様の小さなテーブルマウンテンが形作られている。それの下に悪徳政治家からの戦利品があるのだ。薄っぺらい風呂敷にどれだけの防御力があるのか分からないが、フランスの美術館に返さないといけない絵だけは無事であるように祈ろう。

 ちなみに、私が死ぬ思いで運んだ明智君のドッグフードは、まだバックパックごと玄関に私が落としたままになっていた。よくよく考えると、明智君のごはん代が少し浮くので、私にとっても良いものだ。

 そして、冷蔵庫には『超高級エナジードリンクのロイヤルプレミアムバージョン』がギュウギュウに入っている。私が飲むためには、言うまでもなく、明智君から買わなければならない。何もおかしいところはない。おかしいと思っては、私が辛くなるだけだ。

 ついつい話が逸れてしまった。というよりも、私はここで何をしようとしていたのだろうか。完全に忘れてしまった。思い出せ、私。……。だめだ。想像を超えた惨状を目の当たりにして、脳が仕事をしてくれなくなっているようだ。こういう時は、少しだけ戻ってみるか。

 私は部屋から出て玄関のドアを閉めた。思い出せそうで思い出せない。急がば回れで、阿部君の家まで戻ろうか。いや、そんなことをしていたら、再び阿部君が金庫を……。お、思い出した。私って、天才かもしれないな。だけど、いちいち称賛しなくてもいいぞ。今は時間が惜しいからな。金庫を開けるのが、第一命題なのだから。

 私は急ぎ再び部屋に入った。金庫はどこにあるのだろうか。見える範囲にはないな。ということは、あの風呂敷の下……いや、風呂敷の上の残骸の残り具合からして、風呂敷を動かしたとは思えない。それなら、ベッドの下が怪しいかもと覗いてみても、見当たらない。あとは……お風呂場くらいか。行ってみよう。

 あれ? 待てよ。私は肝心な事を見落としているような。なんだろう? 何かが足りない。うーん……うーん……うわっ、誰もいない。

 阿部君はここに来る途中で道草を食っているのかもしれないが、明智君とトラゾウはどこに行ったのだろう。まさか悪徳政治家の追手がここまで来て、二人を誘拐したのだろうか。いや、奴らは今はそれどころではない。そうか。さすがにこれはやり過ぎたと思って、お詫びの品を買いに行ってるのだ。まあ、それくらいするのが、人として犬としてトラとして当たり前だからな。

 しばし待ってやるか。待つ間に、心に染み渡る説教の数々を考えよう。埃っぽい部屋で考えるのもあれだし、空気の入れ替えをしてからだな。カーテンも半分閉まってるし。もう明るいのだから、カーテンくらい全部開けていけばいいのに。もしかしたら、ガラス戸を割ってしまいカーテンで隠しているのかもしれない。なんて無駄なあがきなのだろう。

 でも、よく見てみると、カーテンが少しいびつに膨らんでいる。何か大事な物を隠しているつもりなのかもしれないが、それだと外からは丸見えだぞ。悪徳政治家から盗ってきた有名美術品だったら、ここに犯人がいますって言っているようなものじゃないか。

 いや、そうじゃないな。カーテンの向こう側にあるのは……、いるのは……奴らだ。それで隠れているつもりか? 怪盗失格だぞ。いや、違う違う。隠れてないで、謝ったらどうなんだ。いつまでも隠れ続けていられないし、むしろ私を余計に怒らせるだけじゃないか。まして阿部君に限っては一度謝ってるのだからデメリットしかないぞ。

 待てど暮らせど、出てくる雰囲気は全く見られない。仕方がないから、私の方から手を差し伸べてあげよう。私らしく優しく呼びかけてあげてもいいが、こんなチャンスは滅多にないから、いきなりカーテンを開けて驚かせてやろうかな。それくらいの事は私にはしてもいい権利があるだろうし、そうしてやれば奴らも謝りやすいだろう。この不届き者たちのためを思って、私は驚かせてやるのだ。決して懲らしめたいとかそんなのではないからな。

 忍び足でカーテンまで近づき、私は勢いよく開けてやった。

「……」「……」「……」

 うん? あれ? どうして驚かない? それに、どうして私の方を見ない? この期に及んで目を合わさなければ見つかっていないと思っているのだろうか。そんな悪あがきよりも、1分1秒でも早く謝った方が今後の我々のためになるのだぞ。

 全く謝る素振りを見せない間抜け面たちをよく見ると、3人とも口が膨らんでいる。ということは、口の中に何かがあるのだ。ごはんが喉を通らないくらいに落ち込んでいるかもと不安だったけど、食欲があるのを確認できて良かったよ。阿部君が、明智君とトラゾウが朝ごはんを食べたとかは言ってたのは、私に気を使ってのものかもと半信半疑だったし。阿部君自身も、無理して朝ごはんを食べていたかもしれなかったからな。

 ただ、なんだろ、この抑えきれない極小さな小さな怒りは。別に、反省もせず落ち込みもせずもりもり食べているのを悪いとか、嘘でも元気のないふりをしろとか、最低限の掃除くらいしたらどうだなんて、私はこれっぽっちも思ってないんだけどな。

 でも聞くところによると、いつもいつも内に溜め込まず、たまにはおもいっきり吐き出すのもいいらしい。今は絶好の機会じゃないか。日々虐げられている私に、神様が『キレてもいい券』を授けてくださったのだ。

 だけど、何て言ってキレたらいいのだろうか。常に温厚な人がキレると手に負えないらしいから、キレられた人は距離をとるかもしれないぞ。程々にキレないと、私は一人ぼっちになってしまうな。さじ加減しながらキレられるだろうか。それに、セリフ選びも難しいな。全然思い浮かばない。

 あー、もうだめだ。無口になってしまうじゃないか。もうあれこれ考えないで、初めに思ったことを大声で叫ぶか。それなりに鋭い言葉なはずだ。阿部君、明智君、トラゾウ、あまり泣くなよ。後味が悪くなるからな。

「隠れて食べなくてもいいだろー!」

 薄々は分かっていた。私が怒りをあらわにしても、まだ、こいつらは口をもぐもぐしていた。吐かれるよりは、ずっといい。早く飲み込みやがれ。私の自己満足だけのために、鬼の顔をして順々に睨み続けて待ってやる。

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