阿部家の団らんプラス私
「結局、金庫は開いてないんだね?」
「はい。敵ながらあっぱれです」
「そうか。じゃあ今日はまず金庫を開けることに集中して、新しいアジト探しは、それからだな。一応聞くが、阿部君の予想では、いくらくらい入ってるんだい?」
「そうですねえ。金庫の厚みや仕切りの形にもよりますけど、あの中には隙間なく詰め込んであるみたいなので、小さな手提げ金庫とはいえ……少なく見積もっても3千万円は堅いかと」
「さ、さんぜんまんえーん! ということは、3等分しても1000万円! 部屋の弁償に100万円使ったとしても、900万円残るのか。いや、部屋の修繕費なんて全く分からないぞ。もっと取られるかもしれないな」
「大丈夫ですよ。あんなチンケな部屋の修繕費に100万以上取ろうとしたら、私がキレてやるので、リーダーの手元には少なくとも900万円は残りますよ。そしてそこから豪華フランス旅行の費用を引いても、300万円は残りますね」
この期に及んでも旅行費用は全額私持ちなのだな。私がそう言ったのだから仕方がないか。世の中はそういうものだ。でも旅行費用ってそんなにするのだろうか。いや、それで収まるのだろうか。まあ物語の中の相場なのだから、そういうことにしておこう。まさかとは思うが、300万円という大金が私の手元に残るというのを、阿部君は強調したかっただけなのか。私が有頂天になって、私だけが負担が大きいのを気づかないように画策しているのかもしれない。
そんなのに引っかかる私ではないぞ。だけど、まあ、300万円も残るなら……。イヤッホー! うん? これでは阿部君の思う壺? 考えるな、私。前を向け。
「その他にも、高価な美術品もあるんだよね?」
「あ、あれは……売りに出すと足がつく恐れがあるので、当面はアジトに飾りますね。フランスの美術館に返す絵が分からなかったから、絵がたくさんと、ついでに古びた彫像や陶器なんかも盗ってきたので、そのつもりで大きなアジトを見つけてくださいね」
「あ、ああ。あっ、他に金の延べ棒があるだろ?」
「金の延べ棒? そんなものあるわけないじゃないですか。悪徳政治家宅にあったんですか? 知ってたら、まずそれを盗ったのに……もう一回入りましょうか?」
「それは危険が大きすぎる。警察が裏帳簿絡みの捜査で入り浸っているからな。金の延べ棒があるのかどうかは疑問だし、あったとしても、賄賂の品だとして警察が差し押さえているよ。あそこには、しばらく近づかないのが賢明だな。それよりも、私のバックパックには何が入ってたんだ? ものすごく重かったんだぞ。だからてっきり金の延べ棒かと」
「ああ、あれは『神が与えしA5ランク和牛入りドッグフード』ですよ。明智君が目の色を変えてバックパックにギュウギュウに詰め込んでました」
「ど、ドッグフード? でも、あそこに犬なんていなかったぞ。いたら、吠えるくらいはしただろ?」
「そう言えばそうですね。悪徳政治家夫人という人がいると仮定して、昨日は顔を見せなかったから、愛犬を連れてどこかに遊びに行ってたんですよ」
「そうだな。そう考えるのが妥当だけど。でも、ドッグフードだなんて……。いつでも買えるじゃないか。他に金目の物はなかったのか?」
「金の延べ棒ほどではなかったですけど、たくさんありましたよ。だけど、あのドッグフードは、わずか100袋だけの限定発売らしいんです。お金を出せば買えるというものではないということですね。明智君にしたら、『怪盗20面相』とか『超高級エナジードリンクのロイヤルプレミアムバージョン』とか金の延べ棒なんかよりも、ずっとずっと貴重だと分かりますよね? それが、あの家に10袋もあったものだから、まずそれを盗るのが人情というか犬情というものです」
「そうだな。現金も貴重なエナジードリンクも盗ってきたのだから、明智君を責める謂れなんてないよな。ちなみに、10袋中、何袋盗ってきたんだい?」
「そんなの聞くまでもないと思いますけど」
「えっ、でも、あのバックパックに10袋も入らないだろ」
「当たり前じゃないですか。リスクヘッジが必要だとか難しいことを言って、パパの車に3袋積んだままなので、後でリーダーが泊まった客間に運んでくださいね」
「あ、ああ……。それでも、7袋か。よく詰め込んだな。明智君の底力を侮ってはいけないようだな」
「そんな分かりきった事は置いといて、すっきりしたことだし、私も一緒に食べますね。でも、よく考えたら、リーダーなんかのために、どうしてこんなご馳走を用意しているの、ママ?」
「あっ……それは……そんな事よりも、アジト探しをリーダーに任せておいて大丈夫なの? ひまわりにもほんの少し責任があるというか、アジトとして使うなら自分も快適な方がいいんだから、手伝ってあげたらいいじゃない」
「そうだね、ママ。ああー、それなら、ちょっと遠いけど、うちの別荘なんてどうかな? どうせほとんど使ってないし、リーダーからたんまり家賃を取れば、管理もしてもらえて一石二鳥じゃない。ねえ、いいでしょ?」
「だ、だめ、だめよ。絶対にだめ。あの別荘は、私たち二軍が……」
阿部君ママは、別荘をアジトにするつもりなのか。というよりも、阿部家は別荘を持っているほどの金持ちなんだな。働く必要があるのだろうか。という考えは、発想が貧困なのかもしれないな。
阿部君にとって、怪盗は生業というよりは生き甲斐なのだろう。なんかいろいろな劣等感が芽生えて……きてないからな。世界中のチビっ子が憧れている大怪盗の私に、劣等感を理解するなんて永遠に不可能なのだ。うんうん。
それよりも、別荘がちょっと遠いとか言ってたけど、ちょっとってどれくらいなのだろう。遠すぎるようなら、これから探す一軍のアジトを、その別荘の近くで探してもいいかもな。いや、だめだ。阿部君が歩いて通える範囲でないと、キレるか週6で休む。
考えようによっては、一軍と二軍で標的を完全に分けられるから、離れている方がいいかもしれない。一軍のアジトは阿部君の徒歩通勤可能な範囲で探そう。
私が、わがままな阿部君のご機嫌取りを考えている間に、阿部君のアンテナに何か引っかかってるじゃないか。阿部君ママ、自分が巻いた種を上手く処理するんだぞ。怪盗団への入団試験だ。
「二軍? 何それ?」
「ち、違うの。別荘はね、今度のドラマの『二軍でもいいじゃないの』の練習で使いたいから。それに、いくら仲が良いからって、そんななし崩し的に決めたらだめよ。リーダーと手を切りたくなっても切りづらくなるし」
うーん、本当にそんなドラマがあるのだろうか。なくても、阿部君は気づかなそうだから、言い訳としては合格にしておいてやろう。ただ、その後の文言は余計だったな。私はしばらく覚えておくぞ。
「確かに。明智君に何かあって引退したら、さすがに初老のおじさんと二人だけではリスクしかないもんね。なのに、うちの別荘に住まわしたら、開き直って家賃を払わずに居座るから、うん、それはだめだね。しょうがないなあ。アジト探しに付き合ってあげますよ」
「あ、ありがとう。でも、阿部君? 正直なのはいいけど、心の中だけに留めておいた方がいい時もあるよ。どこかで誰かが涙を飲んでるかもしれないからね」
「そうなんですね。気をつけます。でも、私は今まで誰も傷つけたことはないんですけど。ねえ、ママ?」
「そうねえ。リーダーは、あくまでも、これからの事を言ってるんだから、一応気に留めておいたら? ひまわりの名誉のために、少なくとも今日は誰も傷つけてないと保証してあげるわね」
え? 嘘だろ? 傷ついた私に問題があるのか? 考えるだけ深みにはまるだけだな。とりあえず帰って、家の状況を確認して、金庫を開けて舞い上がって、嫌な事はすべて忘れよう。
その前に私は、阿部君ママが作ってくれた朝ごはんを黙々と食べた。どんなに落ち込んでいても、怪盗たるもの、栄養を補給しておかないといけないからな。それに、私は心優しきリーダーで通っているので、せっかくのおもてなしを無下にできないのだ。こんな豪華なごはんを食べないで帰るなんて一生後悔する、なんて一切考えなかったからな。
「ごちそうさまでした。それでは、私はこのへんで。阿部君も今からアジトに来るのかい?」
「はい。金庫が待ってますからね。念を押しますけど、家の中の小さな変化は気にしないようにしてくださいね。気にしたところで、元通りにはならないので。あっ、帰る前に、車にある明智君のドッグフードを客間に運ぶのを忘れないでください」
私は阿部君パパの車から阿部君の家の客間に明智君のドッグフード3袋を運ぶために、3往復した。えっ! 私はリーダーだぞ。私だけが楽をしようとは思わないが、どうして誰も手伝わない。さっきまで私に対してペコペコしていたのは演技だったのか。例えそうでも、こういう時は手伝った方がいいことを、阿部家では知られていないのだろうか。
でもまあ、怒りが私を後押ししてくれたようだ。結果として、この異常なほど重い『神が与えしA5ランク和牛入りドッグフード』を並のドッグフードに毛が生えた程度の重さに感じられた。感謝しようじゃないか。
いや、だめだだめだ。そうじゃない。4人もいて、どうして私だけが運ばなければならなかったんだ? ここが阿部家で、私の家族でもある明智君の荷物を置かせてもらうからなのだろうか。そうだとしても、手伝ってくれてもいいだろ。まして赤の他人なんかではなく、怪盗団の仲間なのだから。
いや、愚痴なんてやめておこう。虚しくなるだけだ。帰ったら、今あった事を恩着せがましく明智君に話してあげよう。今のアジトに既にある7袋のドッグフードを運んだのも、私だ。なので、明智君は親身になって私の話に耳を傾けてくれる。同情し励ましてもくれる。遂には、阿部君の悪口を一緒になって言ってくれるはずだ。残念なのは、明智君が具体的に何を言ってるのかを、私には理解できないことだな。




