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明智君という名の犬と見習い怪盗小娘と自惚れ初老新米怪盗の私  作者: バスバスキヨキヨ


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ありがとう、『怪盗20面相』

 あっ、しまった。阿部君パパママがお酒を飲むと、阿部君のようになるのをすっかり忘れていた。まあいいか。阿部君パパママから説教を受ける要素が、私には一つもないからな。

 それでも、阿部君の親だから、濡れ衣のような言いがかりでガミガミ言ってくるだろう。上品な『怪盗20面相』では、そんなに長時間悪酔いしないのを確認済みだから、ほんの少しの辛抱だ。

 いやいや、阿部君パパママの説教なんてどうでもいいことじゃないか。『怪盗20面相』が飲めるっていう時に、そんなくだらない心配をしているなんて、『怪盗20面相』に失礼だった。

 私がくだらない葛藤をしている間に、阿部君ママがグラスに『怪盗20面相』を注いでくれていた。本当は自分でなみなみと注ぎたかったが、慎み深い私が言えるわけがない。1杯しか飲めないとは思えないし。リーダーの私が駄々をこねれば、好きなだけ飲めるだろう。クビをちらつかせれば、二軍ごときに断れるはずがないのだ。ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……。

 私の中の小さな悪魔がはしゃいでいると、阿部君パパママが何か言いたげに見つめていた。まさか、私の心の中を読めるのだろうか。そ、それは怪盗の役に立つ……とは思えない。いやいや、そうじゃない。こんな最速で二軍からも尊敬を失うなんて、悲しいじゃないか。いやいや、そうそう人の心の中を読めるものではない。

 阿部君パパママは、口上を待っているのだ。リーダーの大事な役目だもんな。なんと言おうか。うーん……。シンプルイズベストが『怪盗20面相』に相応しい。「かんぱーい」とだけ言って、私は『怪盗20面相』を口にした。

 もう私の人生が終わってもいいとさえ思えるほどだ。いや、もしかすると終わったのかもしれない。だって、私は今、天国にいるぞ。阿部君パパママのような天使がいるし。天使にしては歳を取っているようだけど、天使が子供だというのは偏見なのだろう。

 ああー、違う違う。ここは阿部君の家じゃないか。天国にいると錯覚するほど気分がいいのに、冷静な自分がしっかり残っている。なんて素晴らしいワインなんだ。

「リーダー、どうですか?」

「ベタな言い方しかできなくて申し訳ないが、言葉にできない美味しさですね。そして、実に気分が良い」

「そうですよね。本当に良い気分ですよ。酔ってるのかしら……」

 酔ってくれても構わんぞ。『怪盗20面相』さえあれば、私は何も恐くはない。もうすでに阿部君パパが目を見開き私を凝視しているが、それすらも感動ものだ。さあ、かかってこい。

「リーダー、ちょっといいですか?」

 おおー、本当に説教をするのか。いいぞいいぞ。今の私は何を聞かされても、モーツァルトの名曲に聞こえるだろう。モーツァルトって何者だ?

「なんだい? なんでも遠慮なく言ってくれ」

「はい。私たちのアジトはどこにしますか? ここは、ひまわりがいるし、一軍のアジトには明智君がいるでしょ?」

「そこまで考えてなかったなー。阿部君パパママに任せてもいいか? 怪盗団の一軍がフランスに行ってる間に探しておいてくれるかい」

「分かりました。もう心当たりがあるので、楽しみにしておいてくださいね」

「ああ。ああー、肝心な事を忘れてたぞ。仕事は? 阿部君パパママは、今どんな仕事をしてるんだ? 辞めるつもりなのか?」

「いくらでも融通がきくから辞めはしないけど、リーダーは私たちの事を知らないの? 一応、二人とも俳優なんだけど」

「えっ! 嘘? どこかの田舎の貧乏劇団とか自称俳優とか?」

「知られていないのは、私たちがまだまだってことなんでしょう。それはいいとして、怪盗の仕事には差し支えないようにするから安心して」

「まあ、阿部君パパママがそう言うなら信用するが、万が一の時はその俳優生命が終わるというのは覚悟しているのだな? 私ですら元警察官ということで世間からいくらかバッシングされるだろう。それが、俳優となったら、ワイドショーとかマスコミが大喜びだぞ」

「そうですねえ。覚悟しているとは言えないけど、例え捕まって晒し者となったとしても、怪盗になった事を後悔しない自信はあるわね。たった一度きりの人生を思う存分楽しんだぞーって。ねえ、パパ?」

 阿部君パパは酔っ払っていて、ものすごい目で私を見るのにいっぱいいっぱいのようだな。どうやら、私と阿部君ママが話している間に、自分だけ2杯目に突入したようだ。それはズルいし、阿部君ママは説教をしているわけではないのだから、わざわざ私に圧をかけなくていいんだぞ。そんなことだから、私の手元が見えないのだろう。阿部君ママだけでも、私のワイングラスが空なのに気づいておくれ。

「阿部君パパは私たちの話を聞いていたかどうか分からないが、少なくとも否定はしていないな。だから、阿部君ママと同じ気持ちだとしておくよ。ということで、改めて乾杯しようか?」

 私は分かりやすく2杯目の『怪盗20面相』を要求した。言うまでもなく、阿部君ママは気持ちよく注いでくれる。と同時に、阿部君パパもさり気なくワイングラスを差し出した。私と阿部君ママの話は聞こえていたようだ。「お前だけ3杯目じゃないか」と心の中で怒鳴る私と、この時ばかりは目を合わせようとしない。この世渡り上手の技術は、きっと怪盗の役に立つと思い込もうと、自分を騙して溜飲を下げることに成功した。

 2度目の乾杯の後、阿部君ママが怪盗に対する憧れや思いをとうとうと話すのを、私は模範と言えるくらいの聞き上手となって相手した。阿部君ママの気持ちは誰よりも分かるからな。それが功を奏したのだろう。酔っているはずの阿部君ママからは一切説教されずに、いつの間にか快適な睡眠へと突入して、夢の中でちびっ子たちからサイン攻めにあっていた。

 ちびっ子たちの中に阿部君を小さくしただけの子供も混ざっていて、私がサインをしてあげようとすると、いきなり殴りかかってきた。と思ったら、私は見たこともない部屋の見たこともない布団にいた。すぐに理解する。阿部君の家の客間で寝ていたのだ。そこを、阿部君に文字通り叩き起こされたようだ。それで、あんな後味の悪い夢を見てしまったのだろう。

 一応言い訳だけはした方がいいだろうか。いや、起こすためだろうが、もう殴られたのだから、言い訳をしたら損だ。それに流れで『怪盗20面相』の名前を出さざるを得なくなってしまう。阿部君は風呂敷包みの中から失くなっていたことに、もう気づいているはず。もちろん犯人が誰だかも分かっているだろう。その犯人のおこぼれにあずかったを知られたなら……想像しない方がいいと断言できる。

 とりあえず何事もなかったように、さも当たり前に挨拶してみよう。もちろん、阿部君が私を叩き起こしたことも咎めない。

「ああ、阿部君、おはよう。さわやかな朝だね」

「何を似合わない事を言ってるんですか。明智君とトラゾウが心配してましたよ。この先、誰がごはんを用意してくれるのかを」

「ああ、そうか。ここは阿部君の家だったね。すぐに帰って朝ごはんをあげないと、トラゾウは分からないけど、明智君は確実にふてくされて、いじけて、挙句の果てに陰険な仕返しを必死で考えるだろ。結果、散歩中に美味しそうな匂いがしたら、他人の家だろうが営業中のお店だろうが力づくで入っていくだろうな。それを三日三晩続ける。急いで帰らないと」

「大丈夫ですよ。今朝の分は私が用意してあげたので。それに、昨日の成果が芳しかったから、しばらくは上機嫌です。何も慌てて帰らなくてもいいので、リーダーはウチで朝ごはんを食べていってくださいね」

「えっ! ええー! そ、それは、何か裏があるだろ?」

「まあ、そらー、裏がないと言えば嘘のなりますけど。話は、朝ごはんというかもう昼ごはんでしたね、食べながらゆっくりじっくりほのぼのと笑顔で楽しく聞いてください」

 怒る怒らないは別として、せっかくだから、ごはんを食べた方が得策だな。ごちそうになったからって、私が怒らないと思ったら大間違いだぞ、阿部君。どうせ些細な事を大げさに捉えて気に病んでいるだけだろうけど。それとも、まさか、悪徳政治家宅に指紋のような何か証拠となるようなものを残してきたのだろうか。うーん、それは、まずいかも。

 いや、まずいのか? 阿部君が逮捕されると、フランス旅行の費用が大幅に浮くぞ。問題は、その後か。阿部君パパママがまだまだ戦力にならないだろうから、旅行から帰ってきたら、明智君と私の二人だけで作戦を完遂させないといけなくなるのか。まあ大丈夫だ。細々と仕事をしながら、阿部君パパママを一人前に育てあげて、気づいたころには世界中に名を轟かせる大怪盗団になっていることだろう。

「そうだねえ、遠慮なくいただくよ。でも、阿部君も何があったかは分からないけど、いつまでもくよくよしてたらだめだよ。私がいれば、何も心配することはないんだから」

「はいっ! ありがとうございます、リーダー」

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