阿部君パパママの野望は無事成就しない
「この車、もうだいぶガタが来てるんじゃない?」
「車なんて、こんなものよ」「うんうん、そうなんだ。それで?」
うーん、先が読めてきたぞ。これはまずい。間違っても阿部君が一人で買ってあげるはずがない。ということは、我々怪盗団が買わされるのだろうか。きっと、そうなる。それは、絶対に嫌だ。
でもここで私が阿部君ママの応援をして、車の話を速攻で終わらせたとしよう。おそらく、他に、阿部君パパママを分断させるような話題は見つからないだろう。すると、今度こそ、阿部君パパママが私たちの仲間に加わりたいと直球で言ってくる。もう断る術がないかもしれない。
阿部君パパママのようなド素人がいるなら、ミッションを失敗して捕まるリスクが急上昇してしまう。まさか阿部君パパママはド素人どころではなく、実は怪盗経験があるというのだろうか。だからこそ私の素質に憧れ、同じ怪盗団で活動したいのだ。私と同等とまではいかなくとも、それなりの想像を超える逆境に立ち向かってきたのかもしれないな。
いや、もしそうなら、阿部君がこんなにも必死で抵抗なんてしないで、あっさり承諾して、酔っ払いからの解放を勝ち取っているはずだ。娘には教えてないだけかもしれないが、怪盗経験があるなら、それをもっとアピールしてるはずだな。
どちらにしても、少なくとも今は怪盗団には入れたくない。失敗するリスクが上がったり、分け前が減るとか理由はあるが、一番の理由はなんとなく嫌な予感がする事だな。
あれ? 果たして本当に、阿部君ママは怪盗団への入団の話をしたいのだろうか。このミッションに参加したがっていたから、阿部君と私は勝手にそう思っているだけなのかもしれない。もしかしたら、面と向かって言うのが恥ずかしいから、私の大怪盗のサインをもらってくれるように阿部君に頼みたいだけなのでは。
うん、きっとそうだ。違うにしても、ここは賭けに出てみるべきだ。でないと、阿部君パパの車代を怪盗団が負担することになってしまう。今回、どれほどのお金を手に入れたのかは分からないが、それは大きな負担になることは分かる。怪盗団とは言っているが、単純に私の取り分から出ていくことが、多数決で決められてしまうだろうし。それでも足りないとなったら、私の貯金から……さすがにそれはない……とは言えないな。そして、それでも足りないとなって初めて阿部君や明智君の分け前から出る。被害妄想だろうか。
私一人が負担しようが、怪盗団で負担しようが、明智君に払うエナジードリンク代は残らないだろう。そして、豪華フランス旅行は、節約切り詰めフランス放浪旅になってしまう。どこかに借金したとしても。
どう考えても、阿部君パパの車購入案は、私だけでなく明智君だって反対してくれる。今はそこまで頭が回っていない阿部君だって、フランスに着いた時点でやっと後悔することだろう。飛行機のファーストクラスは阿部君相手なら、なんとかごまかせるような気がする。
でもこうやって怪盗団の送り迎えをやってもらったし、これからだって気持ちよくやってもらうためには、無碍に断れない。車をわざわざ買い換えるなんて全く意味のないことのように振る舞って、話を阿部君ママの大事な件に戻すか。
「この車、すごく運転しやすいですね。まだまだ100年くらいは持ちそうだし」
「さすがリーダーね。いい事を言うじゃない。見かけによらずとは、言わないでおくわ」
言ってるじゃないか、とかは思わなかった。阿部君ママの言葉なんて届かないくらいの恐怖があったからだ。ルームミラーから感じる阿部君の突き刺すような視線のせいで。意地でも目を合わせないつもりだったが。
阿部君の気持ちは痛いほどに分かるが、私の身にもなってほしい。そら、阿部君にしたら、今回の収穫から車を買って取り分が減り最悪ゼロになったとしても、さほど痛くも痒くもないだろう。
だけど、私にしたら、今回の取り分がいくらかは分からないが、ほんの少しの減額でも痛手なのだ。絵を返すという使命がある限り、フランス旅行のキャンセルはありえないからな。万が一今回の現金収入がゼロだったなら、豪華とは程遠い貧乏旅行を余儀なくされる。そんな貧乏旅行でも、貯金を使い果たし、さらには借金までしないといけなくなるのだ。
しかし私は既に大風呂敷を広げてしまった。命を救ってもらって嬉しかったのだろう。フランス貧乏慰安旅行から帰ってきたら、話が違うと、少なくとも阿部君は私に酷い仕打ちをするに決まっている。
明智君は、私との付き合いが長いのもあって、おおらかな心で窮状を理解してくれると期待しよう。豊かな老後のために、稼げる時に稼げるだけ稼ぎたいだろうし。だからこそ、私を睨むなんてしないで、中立を表すために見事なぬいぐるみと化しているのだ。
酔っ払った阿部君パパママから絡まれたくない気持ちが強すぎて、何も聞こえないだけかもしれないが。うん、聞いていないな。明智君が、怪盗団のお金で阿部君パパの車を買うだなんて知って、じっとしていられるはずがない。後でそういう話があったと分かって、私の機転に感謝するだろう。少なくとも今は、私に反対していないだけで十分だ。
阿部君……私もだけど、考えすぎだ。阿部君パパママは怪盗団に入りたいわけではない。きっと阿部君ママは何かワインに合う美味しいものを食べたいだけだ。
まあ、100歩譲って、私たちの怪盗団に入りたいと言ったなら、この私がきっぱりと断ってやる。車を運転している私に、まさか無慈悲な暴力は振るわないだろう。逆上しようが酔っ払っていようが、そこまで我を忘れるはずがない。
随分黙考したようだけど、実際には大して間を開けないで、私は阿部君ママに受け答えしている。私の脳の処理能力はスーパーコンピューターといい勝負をするかもしれないほどだからな。スーパーコンピューターの名誉のために、あえて争わないが。……。あっ、阿部君ママと話してあげないと。
「そうでしょう。だてにリーダー歴は長くないんですよ」
「ふんっ。ほんの1週間かそこらじゃない。」と小声だけど低音で発した阿部君の憎しみのこもった言葉を聞き流し、私は続ける。
「そのワイン美味しいですか? ワインに合うチーズでも買ってきましょうか?」
「私の想像を遥かに超えて気が利くじゃないの。でも気持ちだけ頂いておくわね。大事な話をしているのもあるけど、リーダーのそのトラ模様崩れの顔でお店に入っていったら、今度こそ警察に捕まるわよ」
顔がトラ模様になっていたのを、すっかり忘れていた。こんな顔でコンビニとかに入ったら、運が良くて警察を呼ばれ、運が悪いといきなり袋叩きだ。阿部君ママがチーズを欲してなくて良かった。
ということは、阿部君ママの大事な話というのは……いや、まだ決まったわけではない。でも考えるのがめんどくさくなってきたな。それとなく差し障りのないように聞いてみるか。
「大事な話って、何ですか?」
こんなスマートに聞けるなんて、さすが私だな。
「私たちも怪盗団に入れてくれるわよね?」
「無理です」と即答した私の一声で、場は凍りついてしまった。
こんな空気にしてまでも、下手にごまかすよりは、はっきり言ってあげる方が本人のためでもあるのだ。それで私を恨むなら恨んでくれてもいい。それがリーダーの仕事でもあるのだから。恨まれないに越したことはないが。
ただ、我々怪盗団が救われたのは事実だ。阿部君だって、私の言動に反対はしていないし。あんなに鋭かった目が、私が初めて見ると言っていいほどの優しい目となり、打ちひしがれた阿部君ママを抱きしめ無言で優しく背中をポンポンと軽く叩いて慰めている。
ちなみに、阿部君パパはというと、慰める必要はなかった。慰める意味がなかったと言うべきか。怪盗団に入れないと分かっただけでなく、一時は新車が手に入るかもと期待したところで御破算になったショックは、大きすぎたようだ。何も知らない人が見たら、マネキンが置いてあると思ったことだろう。




