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明智君という名の犬と見習い怪盗小娘と自惚れ初老新米怪盗の私  作者: バスバスキヨキヨ


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予想外の敵は身内にいた

 3人は喜びすぎて、途中、それぞれが一度だけ段差も石ころもない所で躓いていた。もちろん私は見て見ぬ振りをする。喜ばせすぎた私が悪いのだ。それに、万が一誰かが捕まえにきたとしても、私が守ってあげればいいのだから。

 阿部君パパの車に着くまでは、言うまでもなく何事もなかった。何事かは、阿部君パパの車の中にあったのだけれど。なので、安全圏に到着したはずなのに、私たちは、特に阿部君は安堵できなかったのだ。

 阿部君パパママは、10人ほど乗れる大きなワゴンの運転席と助手席にいたはずなのに、私たちがいない間に後ろに移動していた。いい感じで酒盛りをしている。しかし、私は、そんな阿部君パパママには大して驚かなかった。阿部君の親だからというのもあったかもしれない。

 そんなことよりも、私の目を釘付けにしたものがあった。それは、阿部君パパママが飲んでいたワインだ。幻の30年物の国産ワイン『怪盗20面相』が、眩しいくらいに輝きを放っている。出どころは、考えるまでもなく、悪徳政治家だろう。

 阿部君パパママの二人は、『怪盗20面相』を前にして誘惑に勝てなかったのだろう。気持ちは分かる。分かるが……阿部君ママだけならまだしも、阿部君パパまでお酒を飲んでしまって、一体誰がこの車を運転するというんだ?

 愚問だったな。そんな事は分かっているが、文句の一つくらい言いたいところだ。だけど、そんな時間が惜しいし、何よりも文句を言えば逆ギレされるに決まっている。シラフならまだしも、アルコール摂取中だもんな。せっかく無事にここまで来れたのだから、わざわざここで危険に足を踏み入れるなんて、愚か者のすることだ。

 誰に何を言われるまでもなく、私は運転席に座った。明智君は、阿部君の遺伝子の元が酔っていてはろくなことがないと経験上理解しているので、助手席にいち早く陣取った。阿部君パパママから少しでも離れておきたいところだからな。トラゾウは、まだわずかに残っていた野生の勘を働かせ、助手席の足元に滑り込んだ。そしてまるでいないかのように気配を消す。

 阿部君は、せっかく楽しみにしていた『怪盗20面相』を飲まれていたショックなのか、しばらく思考が停止したのだろう。気づけば、もう後部座席のいずれかしか空いていない。だけどどこに座るかは迷う必要はなかった。一番後ろの席で二人仲良く酒盛りをしていた阿部君パパママが、待ってましたとばかりに場所を作り、二人の間に座るように無言で顎だけを使い促したからだ。

 阿部君の悲しみは計り知れないだろう。『怪盗20面相』を飲まれただけではなく、アジトか自宅に着くまでずっと理不尽な説教をされるのだ。それも、正座で。

 ほんの少し過去に、私と明智君も阿部君にされたとはいえ、阿部君をいい気味だとは全く思わない。ただ、火の粉が運転席と助手席に飛んできませんようにと祈るだけだった。

「早く座りなさい」

 恐怖か何かで動かない阿部君に、業を煮やした阿部君ママが、阿部君そっくりの声で刺すように発した。阿部君は、歩いて帰るなんて考えられないので、覚悟して両親の間に座る。言われなくても正座だ。すぐさま、ミラー越しに、私に目で訴えかけている。

「できるだけ飛ばして」と言っているようだ。明智君とトラゾウと何よりも私自身を、少しでも早くこの緊張感から解放させてあげたいので、言われなくても急ぐつもりだった。なので、私は正義の怪盗らしく制限速度を守りながら、我が家兼アジトへ向かう。

 阿部君一人の酔っ払い相手でも、逆らうのは命がいくらあっても足りないと思わせた。阿部君パパママの二人のいかつい酔っ払いに挟まれた阿部君の恐怖は、いかほどのものなのだろうか。

 阿部君の表情からして知っているのは間違いない。娘なのだから、こういう事は散々あったのだろう。それでも上手く流せないのだ。この阿部君ですら、未だに攻略法が見つけられていないということだ。そして、この先も見つからないのだろう。もし攻略法があったなら、私と明智君に希望が差していたのに。

「ひまわり、パパとママの言いたい事は分かってるの?」

 阿部君パパは、ただ目を見開き瞬き一つせず、阿部君を凝視している。阿部君ママが言葉で責めて、阿部君パパは無言で圧力をかけ続けるのだな。こ、これは、恐い。阿部君一人の酔っぱらいは、これを一人二役で演じているようだったけど、ここまでの圧力はなかった。年季が違うのか、はたまた怒りの度合いが違うのか。

 だめだ。そんな事を考えている場合ではない。私は安全運転に集中していればいい。万が一事故を起こそうものなら……何もかもが終わってしまう。『怪盗団のリーダーは元警察官』と『俳優夫婦は怪盗団の一員』なら、どちらがワイドショーでの一番のネタになるのだろうか。悔しいが、俳優夫婦の方がインパクトがある。どうせ終わるなら派手に散りたいのに、最後の最後で脇役に回ってたまるか。

 私は、阿部君の「できるだけ飛ばして」を、諦めた。阿部君、がんばれ……。

「ごめんなさい、分からないです」

「分からないで終わらせないで、考えなさい。だからあなたは、内定が一つも……」

 阿部君は本当に分からないのだろうか。阿部君パパママが言いたい事は、私でも分かるくらいなのだから、きっと分かっているはず。

 阿部君パパママは、我々怪盗団に入りたいのだ。阿部君は分かっているからこそ、下手に答えられないのだろう。お願いという名の脅迫で、無理やり怪盗団に在籍してしまう事が目に見えているから。阿部君の性格からして、例え酔っぱらっている時の約束だとしても、実行せずにはいられないのだ。

 がしかし、いつまでも分からないの一点張りが通用しないことも、阿部君は知っている。私が察しているくらいなのだから、身内であり今まで何度もこういう目に合っていて分からないはずがない。

 そんな阿部君なだけに、阿部君パパママがどれくらいで酔いが覚めるのかも、知っていると思われる。だからきっと、話を引き伸ばして話の核心に入るのを遅らせているのだ。あわよくば、その核心に入る前に、アジトに着きますようにと願いながら。

 分かるぞ、阿部君。頑張っておくれ。あくまでも、阿部君パパママは、運転手と道案内止まりだ。

「ごめんなさい。じゃあちょっと考えるから、時間をちょうだい」

「だめ! いくら考えても無駄だから、優しいママが教えてあげるわよ」

 なんと強引な。シラフの阿部君パパママのお願いなら、軽くいなせるだろう。だけど、こんなに酔っぱらって言いようのない不気味な圧をかけてきている阿部君パパママに、怪盗団に入れるように頼まれて、どうやって断るというんだ。はっきり言って、明智君から100円盗むよりも難しいぞ。

 どうするんだ、阿部君? 何か妥協案はないのだろうか。とりあえずコードネームを付けてあげるだけじゃだめなのか?

 だめなのだろう。コードネームを付けたら付けたで、怪盗団の団員気取りだもんな。ミッションに参加しようと画策するだろう。調子に乗って作戦まで立てるかもしれない。最終的には、すべての権力を握っているリーダーの座を、私から奪おうとするに決まっている。

 阿部君、なんとか話をはぐらかせてくれ。阿部君ならできる。

「あーあーあー! もうここまで出てるから、ちょっと待ってよ」

「うー……。ちょっとだけだからね。3秒だけあげるわ。3、2、1、終了ー」

「わ、分かったー。く、車でしょ?」

「車? そんなわけないでしょ」「えっ、何何?」

 阿部君ママが完全否定する上から、今まで無言の圧力に徹していた阿部君パパが反応してきた。どうやら阿部君パパママのチームワークに亀裂が入ったみたいだ。阿部君、やるじゃないか。阿部君パパママとの22年の付き合いは伊達ではないな。車という言葉に、やや不安は感じるが。

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