奇跡の大団円
「いやー、それはないです。また明智君に脅されて、リーダーを救わないといけなくなるじゃないですか。2回もリーダーなんかのために危険は冒せないです。かといって、私が捕まるなんてありえないでしょ。イエロー、そのトラの覆面を外そうか?」
「ワ? ワワワ……ワ、ン」
うん、それしかないな。私と阿部君は人間だから説明責任が伴うし、トラゾウが近づけば警察は逃げてしまう。
「大丈夫だよ、明智君。どこかの通りすがりの犬が、ものすごく大事なものを持ってきてくれたと思うだけだから。すぐに解放されるに決まってるでしょ。もしだよ、もし不幸にも確保されたとしても、犬は罪には問われないからね。まあ、せいぜい島送りくらいかな。できるだけ早く捜索隊を結成して助けに行ってあげるから、何も心配することはないからね。衣装は、探検隊風か海賊風か迷うけど、どっちがいいかなあ?」
うーん、明智君が島送りにされたなら、おそらくそれっきりだな。きっと阿部隊長は日が暮れるまでには捜索を諦めるだろう。明智君への餞別として、火起こしセットを持たせてあげるか。
いや、違う違う。まずは、明智君に寄り添って考えてあげないと。
「阿部君、そんな事を言うと、明智君は余計に不安になるぞ。大丈夫だからな、明智君。でも、念の為に、私がその首飾り型小物入れを預かってあげよう。警察は、きっと没収して自分たちのものにするからな」
明智君は、首飾り型小物入れを外すのを、私ではなく阿部君に頼んだ。なぜ? なぜなんだ、明智君? 理由は聞かない方がいいか。明智君が言ったことを阿部君がさらに酷く脚色して話すからな。それを聞いた私は、明智君が島送りにされるように必死で願ってしまうだろう。
私は一応気配を消しておいた。それが功を奏したようで、明智君は私を一切見ることなく立ち去る。もちろん裏帳簿を警察に渡すためだ。島送りを恐れて逃げ出したわけではない。逃げ出すなら、首飾り型小物入れは外さなかったのだから。
しばらくすると、警察と悪徳政治家がいる辺りから怒声が聞こえてきた。明智君が持っていった裏帳簿が原因なのだろう。間違っても、明智君が悪徳政治家に八つ当たりとしてくしゃみを浴びせたからではないと思う。いや、明智君のことだから、くしゃみはあからさまと判断して、さり気なく悪徳政治家の足は踏んだだろう。怒声の原因は、裏帳簿に変わりはないが。
「こらー、バカ犬ー、なんでお前がそれを持ってるんだ!」
「うるさーい! 少し黙ってろ!」の悪徳政治家の怒声をさらに上回る一喝が、遥か先までの声も聞こえるほどの静けさを作った。なんとなくだけど、聞き覚えのある声のような。私に思い出させる時間を与えずに、落ち着いた声量で続ける。
「ワンちゃん、これは何だい? 僕にくれるのかい? ありがとう。こ、これは……。ほおー。これで、お前を刑務所に送れるよ。逮捕する」
「警察どもを亡き者にしろー。頑張ったやつには、褒美をたんまり出すぞ」
「ウォー! 警察をやっつけろー!」
あ、あいつら、バカだな。悪徳政治家は別として、SPたちはおとなしくしていれば、何の罪にも問われないのに。それを警察に襲いかかるだなんて。
だけど、ここに来ている警察官全員がやっつけられたら……。私には関係のないこと……なのか? うーん、警察が数の上で不利でも簡単に負けるわけがないな。怪盗の私が心配することではないし。
「なんか予想以上に盛り上がってきましたね。このどさくさに紛れて、逃げましょうか?」
「そ、そうだな。でも……。それに、あの声は……」
「おおー、イエローが、いや今は覆面を付けていないので、明智君が戻ってきましたよ。はい、明智君、覆面を付けてあげるね」
「ワンワワンワン。ワーワーワンワンワーンワワン!」
「大丈夫だよ。リーダーとは違うんだから。ほらっ、首飾り型小物入れも付けてあげるよ」
「ワーン!」
警察と悪徳政治家軍団が、血で血を洗う小競り合いを続けているすぐ横を、明智君、阿部君、トラゾウ、私の順で堂々と大きな門に向かってゆっくりと歩いた。他のルートを探すのも面倒だし、下手にコソコソしない方が案外目立たないからだ。内心ビクビクしているとは認めないがな。思惑通りに私たちは誰の目にも入らずに行進を続ける。
もう少しで悪徳政治家宅から脱出できると安心したその時、私の目が思わぬ人を捉えた。それは警察官時代に唯一私に優しく対等に接してくれた、今の肩書きは知らないので当時の肩書きで呼ばせてもらうと、キャリアの警部補だ。今はもっと出世しているのは目に見えているが、便宜上ここからはキャリアの警部補と呼んでも差し支えないだろう。
そのキャリアの警部補が、悪徳政治家とその息子とSP二人を相手に、大立ち回りをしていたのだ。こんな時間なので、そんなにたくさんの警察官を動員できなかったのだろうか。もしくは、悪徳とはいえ政治家が警察を相手に暴力で反抗するとは想定していなかったのかもしれない。
理由はどうあれ、警察が数的に圧倒的に不利な状況だ。キャリアの警部補は、大事な裏帳簿を取られないためもあるのか、一人で4人を相手に防戦一方だし。なのに、他の警察官は自分の事がいっぱいいっぱいでとてもじゃないが、キャリアの警部補の応援どころではない。
このままだと、キャリアの警部補が力尽きるのは、時間の問題だろう。せっかく手に入れた裏帳簿を取られてしまう。私は考えるよりも早く、キャリアの警部補の応援に回っていた。
「このコソドロ、邪魔だてするのか! 情けをかけてやったのを忘れたのか?」
「お前が、いつ私に情けをかけたんだ? 銃で殺そうとしたくせに。それに、私はコソドロではなく、れっきとした怪盗だ」
「あれ? どこかで聞いたことのある声だ。それに気持ち悪く顔が塗られているけど、僕の知ってる人と似ている……」
「くだらない事を考えてないで、戦いに集中しましょう。その裏帳簿を意地でも死守しないといけないんでしょ?」
「そうでしたね。まずはこいつらを確保しないと」
はっきり言って、『超高級エナジードリンクのロイヤルプレミアムバージョン』で復活した私が相手では、明智君とトラゾウによって銃をどこかに飛ばされたSP二人と絶賛メタボ中の悪徳政治家親子の4人だけでは全く歯が立たなかった。まさに瞬殺。
「ありがとうございました。だけど、僕は正義を愛する警察官の端くれです。怪盗であるあなたを逮捕しないといけません。ただ、僕は今から5秒間立ちくらみがして動けないのが残念です。あっ、立ちくらみがする前に、一言だけ。僕が新人警察官だった頃にお世話になった人が元気でありますように。5、4、3、2、……1……ゼ……ロ。次は捕まえますよ」
悪徳政治家宅の大きな門から死角を作ってくれている大きな街路樹に、阿部君と明智君とトラゾウが到着するぎりぎりで、私は3人に気づかれないないように合流できた。結局、今回も私の活躍を見せられなかったのは残念だけど、キャリアの警部補の役に立てただけで幸せだ。
警察官と怪盗という真逆の立場になったとはいえ、私は、キャリアの警部補はおろか警察には何の恨みもないのだ。捕まえられない限りは。だけど、キャリアの警部補とはもっといろいろ話したかった。せめて、今の階級くらいは聞けばよかったな。あー、久しぶりに年下の上司の巡査部長の悪口大会でもやりたいなー。明日、遊びに行ってみようか……嘘嘘、冗談だぞ。いや、でも、私が怪盗だと名乗らなければ……。もうバレたじゃないか。残念だけど、キャリアの警部補とはもう会うことはないだろう。
それなら怪盗なんてやめてしまえ、とだけは言わないで欲しい。私の小さい頃からの夢であり、生きがいなのだ。何よりも、私が怪盗をやめてしまうと、この物語が根幹から崩れてしまう。困るだろ?
「リーダー、またまた何をぶつぶつ言ってるんですか? まだ安心するのは早すぎますよ。いつもそんなんだから、ピンチになるし、痛い目にあうんです。さらに今回は、私とイエローとブルーの命までも危険に晒したんですからね。本来なら減給ものですけど、いつもいつもリーダーだけ少ないんじゃ、リーダーの性格からして私たちをあっさり裏切るでしょ? なので、今回は厳重注意ということで終わりにしてあげますよ。感謝してくださいね。そして何度も言いますけど、感謝は言葉だけじゃなく……」
「大丈夫だよ。とりあえず、フランス行きの飛行機はファーストクラスだぞ。明智君とトラゾウもゆっくりくつろげるように、2人分プラスもう一席。あっ、でも、客室乗務員が見ている間は、ぬいぐるみを演じておくれ。他にもまだまだ嬉しい事を予定しているが、後の楽しみに取っておこうか。さあ、阿部君パパの車まで慎重に急ごう!」
「はい、リーダー!」「ワンッ!」「ガッ!」




