私の体力は底知らず……ではないようだ
理由が分からないとはいえ、警察がまだ来ていないのは、ひとまず喜ばしいことなのだろう。と言っても、逃げられないことにかわりはない。SPたちは、私ほどには疲れていないのだから。言いたくはないが、これが年齢の差なのだろう。持久力はこんなにも如実に差が出るものなのか。
うーん、考えようにも、思考回路が働いてくれない。いや、逃げ道がない、という答えを出したのかもしれない。もう歩くのすら辛いし、立っているのがやっとだな。
私は捕まってしまうのだろうか。だろうな。悔しいが悪あがきすらする元気がないな。
だけど、安心しろ、阿部君明智君。口が裂けても、お前たちの事は話さないからな。仲間を売るくらいなら、懲役100年くらいなんてなんてことはない。せめて、夏は北海道、冬は沖縄の刑務所に収容してくれないだろうか。この悪徳政治家の裏の顔を話さないのを交換条件にすれば、それくらいの融通は利かせられるだろ。努力しろよ、かわいそうな私のために。
さあ、私はもう逃げも隠れもしないぞ。捕まえておくれ。
うん? 一人暴走している奴がいるぞ。なんで銃口を向けているんだ? おいおい、私はこの通り両手を上げて降参しているじゃないか。誰かそいつを止めてくれ。
どういうことなんだ? なぜ誰もそいつを抑えないんだ? どうやら、警察が来ないのと関係があるようだな。それに、そのSPの単独の判断ではなく、この家の主である悪徳政治家の指示なのだろう。だけど、この法治国家である日本で、こんな事が許されていいはずがないだろ。そんな綺麗事は、ここでは意味を出さないようだな。
せめて私を殺さないといけない理由を知りたいが、話す元気も残されていないようだ。ということは、命乞いすらもできないのだな。まあ、誇り高い私に命乞いは似合わないから、結果オーライとしておくか。すぐには撃ってこないようだし。
だけど何も言わないのは、どうしてなんだ。と思ったら、銃口を向けているSPの隣に、悪徳政治家が悪人面でしゃしゃり出てきた。なるほど。こいつ待ちだったのだな。最終的には、こいつのゴーサインで、私は死ぬということなのだろう。
「おい、お前は何者だ?」
どうせ殺されるのだ。憎まれ口の一つでも叩いてやろうじゃないか。なのに、私の元気メーターはまだまだゼロだ。心残りだけど、黙っているしかない。「私は小心者アドバイザーだ。これからは漏らしても分からないような暗色のスーツを着た方がいいぞ」って言ってやりたかった。
「顔を変な模様で塗りつぶしてるから、日本人かどうか分からなかったが、黙ってるということは、ワシの言葉が分からないのだな。どこの国のスパイなんだ? ……。あっ、日本語が通じないんだったな。おーい、誰か英語のできる奴はいるかー?」
えっ! 誰も返事をしないぞ。これだけいて、英語のできる奴がいないのだろうか。SPって英語を話せなくてもなれるのか。政治家なら、外国に行ったり、外国の要人と接触することも少なくないだろ。テロリストが近づいて来たら、どうやってあしらうのだろう。有無を言わさず、暴力で解決すればいいのだな。
悪徳政治家やテロリストの心配してる時ではなかった。それに、英語を話せる奴がいないのは、素直に喜んでおこう。もし英語で話しかけられたなら、元気メーターが上がっていたとしても、私はだんまりを決め込んだからな。
「やはりいないようだな。SP代をケチらないで、もっと優秀な者を雇うべきだったか。まあいい。お前たち、臨時ボーナスを出すから、英会話教室に通え」
「ウォー! やったー。ボーナスだー」
こいつら……。英会話教室に通うふりをして、きっと他の事に使うぞ。私には断定できる。口を利く元気があったとしても、この悪徳政治家に忠告する気はないがな。
「よーし、ここは気合いで乗り切ろうじゃないか」
え? 何をする気だ? それに、気合いを入れたいなら、まずはトラゾウを見て漏らした跡がくっきり残しているお前のズボンをなんとかした方がいいんじゃないのか。
「お前は何者だ?」
なるほど。声が大きくなって、さらに大げさなジェスチャーが加わったな。確かに気合いだ。間違いない。若干、ズボンも乾いたようだし。
私も気合いで声くらい出せるんじゃないのか。うん、きっと出る。信じれば、できるのだ。人間て、ある意味単純な生き物だからな。よしっ!
「通りすがりのタイガーマスクだ」出たー。少し休んで少し元気が回復したともいえるが、声が出たことを素直に喜ぶか。悪徳政治家も私の答えには無関心で、気合いで言葉が通じるようになったと思って、喜んでいるし。
「おおー。ほら見ろ。会話なんて、気合いでできるんだ。みんな覚えておけよ。臨時ボーナスは、やっぱりなしだな」
SPたちの目が、すぐにでも私を殺したいと言っているような。一応できるだけの事はやってみるか。
「おいおい。政治家が国民に嘘はついても、SPに嘘をついていたら、命がいくらあっても足りなくなるぞ」
「確かに。お前、なかなかいい事を言うじゃないか。よし、やっぱり臨時ボーナスを支給するぞ」
「ウォー! ありがとうございます」
悪徳政治家にというよりは、私にお礼を言っているような。でも、銃口は私に向けたままだな。銃をしまえば、再びボーナス取り消しとなるかもしれないからな。分かるぞ、お前の微妙な立場は。もし、お前が私を撃ったとしても、そんなには恨まないでおいてやる。大サービスで、化けて出るのは1か月に1回だけだ。感謝しろよ。
「オホンッ。ところで、タイガーマスクというのは、ワシをバカにしているつもりなのかもしれんが、無駄だぞ。その手の暴言やふざけた対応には慣れているのでな。もう一度聞くぞ。お前は何者だ? 答えによっては、このSPの人差し指が引き金を……」
「しがない怪盗です。何か金目の物がないかと思って忍び込みました。もうしないので許してください。それでは、さようなら」
うーん、道を開けてくれないな。まあ、開けてくれたところで、歩くのは気合いでも不可能に近い。まだまだ立ってるのがやっとだ。
「なるほど。たった一人で来たのか?」
「はい。散歩していたら、たまたま大きな家があったから、ついつい」
「確かに、ワシの家はこの辺りで、いや、日本で一番立派な家だからな。はっはっはっー。それで……何を盗ったんだ?」
「な、何も……。屋敷に入る前に見つかったので、逃げるだけで精一杯でした」
「そうか」
うん? 悪徳政治家を若くしただけのそっくりな奴が、何か悪徳政治家に耳打ちしている。あいつは、息子か、そうでないにしても身内に違いない。さては、先に家の中を確認しに行って、状況を悪徳政治家に報告しているのだな。
これは、まいった。少なくとも、絵はなくなっているだろう。それに、阿部君と明智君のことだから、派手に荒らしているに決まっている。細かく何がなくなっているかまでは分からなくとも、不審者が侵入したのは一目瞭然だっただろう。
「お前は嘘をついてるな? ワシは嘘つきが大嫌いだ。それが例え身内であったとしても、許すつもりはない」
自分は散々嘘をついているくせに。まあ、そんな事を言ってわざわざ怒らせる必要はないだろう。ここは、なにがなんでも低姿勢だ。
「いえ、本当に何も盗ってないです。なんなら調べてもらっても全然構わないですよ。何も出てこないので」
「そうか。では、たまたま同じ日の同じ時間に、お前とは何の関係もないコソドロが、我が家に入ったと言うのだな?」
「あーそうなんですか。何かなくなってるんですか?」
「とぼけてられるのも、今のうちだぞ。おとなしく仲間の居所を教えるか、盗った物を返しに来させるかするなら、お前に情けをかけてやってもいいとは思ってるんだがな」
よくもまあ、心にもない事を、あんな堂々と話せるもんだ。国民は騙せても、私には通じないからな。お前の悪行を白シカ組組長から聞いてなかったとしても、お前の顔におもいっきり『悪』と書かれているのが、私には見えているぞ。どうせ情けをかけるとか言っても、苦痛を感じないようにするだけで、私をすぐにこの世から抹殺することにはかわりないだろう。
例え、私を今すぐには天国送りにしないという確約があったとしても、大事な仲間を売る気はないがな。阿部君と明智君の方が恐いとかではないぞ。いや、あるか。そうだ、阿部君と明智君に比べたら、こんな奴らは、素直な子どものようじゃないか。
よし、まだまだとぼけてやる。とぼけるのは、警察官時代からの得意技だからな。




