表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明智君という名の犬と見習い怪盗小娘と自惚れ初老新米怪盗の私  作者: バスバスキヨキヨ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/84

走れ、リーダー

 ただ、気持ちとは裏腹に、年齢を重ねた私の鋼の肉体は、悲鳴を上げてきていた。短期決戦ならまだしも、こんなマラソン大会のようなマネを続けていられるのも、あと1時間……いや、正直になろう。10分あるかどうかだ。

 そう思って、3周目の私が割ったガラス戸の前を通り過ぎる直前に、そのガラス戸から何かが放物線を描いて飛び出してきた。これはきっと私のために神が与えしものだと信じよう。信じれば叶うのだ。そのうえで、必死にしっかりと焦点を合わせる。

 私の類まれなる動体視力が、それが何かを認めるが早いか、私はスピードを上げた。それでも間に合わない。気づけば、私の体は自然とフライングキャッチをしていた。

 私がなけなしの体力を使ってまで奪取したものは、明智君のごはん代1年分はする高さなので、どんなに疲れていても手を出すことを明智君から止められていた『超高級エナジードリンクのロイヤルプレミアムバージョン』だったのだ。こんな粋なマネをしてくれるのは、明智君に決まっている。明智君だってミッション中であろうに。ありがとう、明智君。

 明智君と散歩中に、年に何回かこのエナジードリンクの空き缶が落ちていることがあった。見つけると同時に、私の理性が飛んでいく恐ろしい魅力があるのだ。1滴でも残っていないかと、私は拾い飲みを試みる。すると、明智君はまず空き缶を空の彼方まで蹴っ飛ばし、続いて私の顔に往復ビンタをして、さらにお腹をサンドバッグかのように殴る蹴るを数分やった後に、私の頸動脈の1ミリ横をガブリと噛んで止めてくれたものだ。

 誰が見ているわけでもないのだから、拾い飲みくらい許してくれてもいいのに。明智君は体を張って、私にプライドというものを教えてくれたのだろう。ここぞとばかりに日頃のストレスを発散しようだなんて、これっぽっちも考えていないはずだ。明智君にストレスなんてなかったのだから。しいて言えば、私への暴力を楽しんでいたのかもしれないが。

 おかげで、拾い飲みという客観的に見れば惨めな行為をせずにすんだのだから、明智君には感謝しているふりをした。結果、誇り高い怪盗にもなれたし。

 ただ、プライドは大きくなっても、金銭的余裕が大きくなるものではない。もし血迷って『超高級エナジードリンクのロイヤルプレミアムバージョン』を買ってしまったなら、当分の間、明智君は自分のごはんが1日3食から3日で1食になると理解していた。私は警察官という体力が必要な仕事なので、しっかりと1日3食食べるだろうことも。だから、このエナジードリンクを置いている自動販売機の前を通り過ぎる時は、明智君は豹変したものだ。私が雑巾となって道路を雑巾がけしているのを気にせず、私を引っ張りながらも猛スピードで突破していた。

 いや、まあ、そんな苦い過去は今はどうでもいい。私の手には、もう幻ではなくなった『超高級エナジードリンクのロイヤルプレミアムバージョン』があるのだ。ものすごく疲れているので、飲むには最高のコンディションと言っていい。もう心の準備は十分だぞ。飲もう。

 開ける前に改めて缶をじっくり見ると、マジックで何か書かれている。なになに……「定価の7割引きで提供します。これを飲んで頑張ってください。あなたの親友、明智君より」だそうだ。

 この家の冷蔵庫から漏れ出している今まで味わったことのない食べ物の美味しそうな匂いに釣られたのが、始まりだな。時間がないのにもかかわらず、今回の標的をそっちのけで、やんわりと止める阿部君を振り切り直行したのだ。美味しそうな匂いの原因を平らげたところで、何か飲み物でもと、気取って外国産の天然水を探した。すると、この『超高級エナジードリンクのロイヤルプレミアムバージョン』が目に入る。と同時に、小銭を稼ぐことを閃いたのだな。

 ついでに見つけた幻のワインを阿部君に贈呈して、これを書いてもらったのだろう。ということは、阿部君が証人になっているので、タダ飲みはできない。例え飲まなくても、きっと飲んだことにされて、代金を請求されるに決まっている。いや、そもそも、もう疲労困憊なのだから、飲まない選択肢は自殺行為だ。

 確か、このエナジードリンクを作っている会社のモットーは、何があっても定価販売だったような。それだけに、7割引きだなんて、普通では考えられない。明智君は必ずしも強欲ではないのだろうか。タダで手に入れた物を、毎日ごはんを提供してくれている人に売りつける時点で、強欲だろ。なんて言ったら、私が許さないぞ。明智君は裏表がないだけなんだ。それに、あの明智君に割引きという概念があるなんて、奇跡じゃないか。

 ありがとう、明智君。有り難くいただくよ。だから、明智君は強欲ぶりを思う存分発揮して、意地でもこの家から大金をせしめておくれ。今回こそは、私も平等に分け前をもらうことが保証されているのだから、このエナジードリンク代なんてタダ同然になるに決まっている。

 私は蓋を開けた。

「プシュー。ジュワーワー」

 そらそうだ。炭酸入りのこのエナジードリンクは、おもいっきり飛ばされた後、さらに私が走りながら振りまくっていたのだ。なるほど。だから7割引きだったのだな。明智君の計算通りに、3割残っている。いろいろな意味で計算高い明智君を、私は誇りに思うぞ。

 感心していても元気は回復しないので、私は早々にエナジードリンクを飲んだ。おおー。な、なんだこれは。めちゃくちゃ美味しいのは、嬉しい誤算だ。味には全く期待していなかったというのに。さらに、その美味しさを吹き飛ばす勢いで元気がみなぎってくる。

 私の元気メーターがものの数秒で3割復活した。よし、あと15分は走れそうだ。その15分を使って盗れるだけ盗ってくれよ、阿部君明智君。

 私の気持ちが通じたのか、きっかり15分後、阿部君と明智君のミッションが終了した合図である大きな花火が打ち上がった。いつの間にどこで手に入れたのだろう。値段だってバカにならなだろうし。明智君が出すわけがないから、阿部君が出したに違いない。そんな余裕があるなら、私の分け前を……。

 今はそんな事を考えている場合ではなかった。おそらく、私以外のみんなも気づいているのだろう。15分で元気を使い果たした私に、ここから脱出する体力が残されていないことに。

 簡潔に現在の状況を説明しよう。人生最大のピンチだ。それだけだ。あっ、プラス要素が一つあった。大きな花火の爆音と美しさに、私を追いかけていたSPと警備員が気を取られている。なので、しばしの間、私は休憩して体力の回復を計れるのかもしれない。ほんのわずかだろうけど。

 ただ、通報を受けた警察が……警察はやけに遅くないか? いくらなんでも警察がこんなに遅いわけがない。少なくともサイレンの音くらいは聞こえてきてもいいはずなのに。

 もしかしたら、悪徳政治家は警察を呼んでいないのだろうか。なぜだ? いや、今はそんな事はどうでもいい。この危機をいかにして乗り越えるかに集中しよう。きっと方法はある。例えば、透明人間になれる薬を飲むとか……ふざけている場合ではなかった。

 ピンチの時にこそ冷静に考えよう。闇雲に逃げる体力すらないからではないぞ。一歩も動けないほど疲れているのは本当だけど、火事場のバカ力を発動すれば……大声くらいは出せるかもしれない。というわけで、私が考えている間は、アホ面で花火を眺めていておくれ、SPたちよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ