今回の怪盗団は大所帯
この話を続けていると、私は傷つきすぎて立ち直れないか、どす黒い感情が爆発してしまう自信がある。明智君ですら、同情するかのような悲しい目で、私を見つめているし。
いや、明智君は人数が増えれば自分の取り分が減るのが悲しくて、私に目で訴えていただけだ。これは難しい。人数が増えれば心強いが、明智君のモチベーションが大幅に下がってしまう。
希望的観測は否めないが、阿部君のご両親はお金ではなく、怪盗活動そのものに興味があるのではないか。きっと、そうだ。そうに決まっている。怪盗をさせてあげるとか言えば、逆に体験料を払ってくれるかもしれない。さらに、娘がいつもお世話になってますとかで、お中元とお歳暮まで送ってくれるだろう。
ふうー、なんとかなりそうだ。安心しろ、明智君。
「でも、まあ、次回は私たちとトラゾウがいれば十分です。リスクを考えたら、初老の未経験の素人ならいない方がいいし。ひとまず私の親の事は忘れてください」
「そうだな。また余裕のある時に、怪盗体験をさせてあげようじゃないか。それで、わざわざトラゾウを連れていくということは、阿部君の中では作戦ができあがってるんだね?」
次も、阿部君に作戦を立てる栄誉を、譲ってあげようじゃないか。もちろん私が考えた方が円滑に完璧に事が運ぶ。だけど、残念な阿部君を失敗から学んで成長させてあげるのも、リーダーのわたしの大事な仕事なのだ。
私がなんでもフォローできる大怪盗だから成立するのだけれど。そんじょそこらの怪盗団なら、阿部君のような素人怪盗がしゃしゃり出るだけで、誰も補えなくて空中分解するだろう。
「はい。簡単に言いいますね。トラゾウに追いかけられてパニックになっているふりをしたリーダーが、そのまま悪徳政治家宅に真正面から入ります。頑張って悪徳政治家宅で史上稀に見るどんちゃん騒ぎを誘発させてください。その間に、どさくさに紛れて私と明智君が監視カメラや人目につかないように、鮮やかにさっそうと家の中に忍び込みます。目にも留まらぬ速さで絵とお宝を盗ったと思ったら、風になって脱走して任務完了ですね。リーダーは、自分の命に代えてでも、トラゾウを守ってくださいね。もしピストルなんかで撃たれそうになったら、ちゃんと盾になる。大きな網で捕まったら、瞬時に網を切り裂いて逃してあげる。麻酔銃で撃たれて眠ってしまったら、担いでにげてくださいね。トラゾウが無傷で生還できたら、報酬は3等分してあげますよ」
「なるほど。それでトラゾウが必要だったんだね」
トラゾウに手伝ってもらうと聞いた時に、こうなるような気はしていた。予想が当たったのは嬉しいが、当たってくれない方がどれだけ良かったか。
はっきり言って、私の役目は全然美味しくない。怪盗らしいところは、阿部君と明智君だけじゃないか。
理には叶っているだけに文句の一つも言えない。それがさらに悔しさを助長している。
だけど、我々怪盗団の中でリーダーである私が群を抜いて一番強くて頭が良いから、どうしても一番難しいところを担わないといけないのは仕方がないのだ。私は……私は……我慢強いんだ。誰でもいいから、私を褒めてくれ。
「そうですね。トラゾウがいないなら、悪徳政治家宅への侵入は、私をもってしても不可能かもしれないですよ。監視カメラは四方八方にあるだろうし、警備だってプロ中のプロが担当しているはずだから。トラゾウは天からの贈り物ですね」
ほんの5分くらい前までは、自分がトラゾウに最も怯えていたのに。この変わりようは、さすが阿部君だ。このトラゾウに対する思いやりを100分の1でも私に向けてくれたら、私の中のストレスメーターが常時危険水域にあることもないのに。
そんな事を阿部君に期待しても意味がないな。虚しくなるだけだ。さらにストレスが加わるので、考えないでおこう。
「うーん、今回はトラゾウ自身に復讐させてあげたいから、連れていくことに同意したんだぞ。本来なら、私たちだけで作戦を実行しないといけないし、それが当たり前だ。例え、どんなに困難であっても」
さすが、私。良い事を言うじゃないか。
実績に裏打ちされた自信があるから、説得力があるのだろうな。阿部君もかしこまって聞いて……聞かないで、明智君とトラゾウにお肉を焼いてあげている。うんうん、束の間の平和を心から楽しんでおくれ。
「リーダーも、こっちの高級和牛を食べたいですか?」
食べたい。食べたいに決まっているじゃないか。
しかし、富士山よりも高い私のプライドが……。
「はい!」
プライドなんかで高級和牛を食べられないことを教えといてやる。
プライドなんて、人生で役に立ったためしがない。
「おおー、いい返事だー」「ワーン」「ガッオー」
私は一切れの高級和牛を手に入れた。ほら見ろ。プライドが何をしてくれた?
いやいや、高級和牛に集中だ。はあー、美味しーい。お肉を食べて涙を流したのは初めてだ。
阿部君と明智君が、笑顔で私を見守っていた。いつしか、トラゾウが私の頭を撫でてくれている。世の中、捨てたものじゃないな。怪盗になって良かった。
映画だったら、エンドロールが流れ始めるところかな。こういう中途半端なタイミングで終わる映画は、私の好みではないので、まだまだ続くぞ。だから、待ってろよ、悪徳政治家。
あくまでも体験だと念を押して、阿部君の両親に手伝ってもらうという誤算が生じてしまったのは、悪徳政治家宅まで歩いて行くのは遠すぎるのに、公共公表情報等を利用するには明智君とトラゾウのぬいぐるみの演技がまだまだ未熟だったからだ。
場違いなほど興奮して嬉しそうに運転していた阿部君パパと、あの阿部君に有無を言わさず休みなくずっとダメ出しをしている阿部君ママと、我々怪盗団ウイズトラゾウは、深夜の悪徳政治家宅から歩いて1分の所まで無事に着いた。そらまだ何も始まっていないのだからと思われるだろうか。だけど、阿部君パパの車の運転は到着するまで何度も私たちを死の淵へと追いやったので、着いた時には一仕事終わったくらいの満足感があったのだ。
いつもこんな一人カーチェイスのような運転をしているのか分からないが、この先、運転手役を頼むのが不安になったのは言うまでもない。それでも阿部君ママと阿部君は平然としていたので、慣れているのか肝が座っているのだろう。そしてそんなに新しくない車に目立った傷やへこみが見られないので、今まで事故を起こしたこともないと信じよう。私と明智君とトラゾウが神経質すぎるのかもしれないな。
まあ、予定通りの時間に決めていた場所に無傷で着いたのだから、感謝だけはしておくか。それに他に頼める人もいないという現実があるし。
さあ気分を切り替えて、ここからは怪盗モードにならないとな。まずは、変装するか。
そう言えば、阿部君ママがダメ出ししていたのは、怪盗という反社会的な行為をしている事にではなく、主にトラの覆面についてだったのだけれど、阿部君はどうするのだろうか。他の覆面を用意しているのだろうか。
と、心配している私の目に入ってきたのは、前回も使ったトラの覆面だった。よほど気に入っているのもあるのだろう。それにもまして、今回は本物のトラのトラゾウがいるので、覆面を新調するなんて気はさらさらなかったようだ。
阿部君ママにぶつくさ言われながらも、阿部君と明智君はトラの覆面を淡々と被ろうとしている。あの阿部君が頭ごなしにゴチャゴチャ言われているのが、私はなんだか嬉しくて必死で笑うのを堪えていた。ただ、道中もそうだったが、ときおり阿部君ママのダメ出しが私に聞こえないような小声になって、阿部君に話している内容が非常に気にはなっていたが。
まさか、私の悪口なんて言ってないよな? 被害妄想になっている場合ではないな。なにより、私にはバカにされるような事がないのだから。うん、私は世紀の大怪盗なのだ。




