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明智君という名の犬と見習い怪盗小娘と自惚れ初老新米怪盗の私  作者: バスバスキヨキヨ


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トラゾウを起こすべきか起こさないべきか。それが問題だ。

 でも、私は、誰もが認め尊敬する、大怪盗だ。簡単に踏ん切りをつけた。震える手でバックパックを緩やかに傾ける。すると、私のこの震える手が、ちょうどいい振動となり、トラゾウが少しずつバックパックの中で移動を開始したのだ。もちろん、トラゾウの意思で動いているのではない。少なくとも、今は。

 肉が焼ける音をBGMに明智君が固唾をのんで見守っている間、私がバックパックの中のトラゾウを少しまた少しとずらしていると、トラゾウの頭が突然現れた。慎重にやっていたつもりが、地球の重力に異常が生じたのか、バックパックとトラゾウの間の摩擦係数が急変化したのか、私がついうっかり力の強弱を誤ったのか、全く推測すらできない。

 ただ、これくらいの事で言い訳をするつもりはない。だって、私はトラゾウの頭に驚き、バックパックを持ったまま後ろに飛んでしまい、トラゾウは全身を現したのだから。こっちの方が、言い訳が必要だろう。

 言い訳1つ目。驚いて反射的に逃げたのだから、わざとではない。

 言い訳2つ目。この状況では、誰だってそうなったに違いない。

 言い訳3つ目。トラゾウは起きなかったのだから、結果オーライでいいじゃないか。

 言い訳なのか何なのか分からない事を、まだまだ言いたいが、話を進めようじゃないか。

 私がバックパックとともに2メートルも逃げたのに、トラゾウの頭が現れた時点では、明智君は50センチしか逃げなかった。さらにトラゾウが全身を現す結果となっても、明智君はもう1メートルしか逃げていない。

 そんな勇気ある明智君が、万が一に備えて体中に力を入れて、トラゾウに対峙している。目はつぶっているが。しかし、幸いに、トラゾウはぬいぐるみ化したままだった。詳しく言うと、トラゾウはまだ眠っている。

 明智君が、トラゾウが起きなかったのに気づいた頃には、第一弾のお肉がホットプレートの上でウェルダンとなっていた。肉焼き係はと言えば、自らの仕事を放棄して、部屋の隅っこまで逃げている。さらに、石にでもなったつもりで、必死に気配を消そうと努力しているようだ。

 そういうことだから、周囲を見る余裕なんてないのだろう。「ごめんね明智君、ごめんね明智君。化けて出るなら、リーダーの前だけにしてね」と、小声だが、はっきり呟いている。

 普段の仕返しとばかりに、しばらく眺めてようか。ほんの少し鬱憤を晴らしても、世間は許してくれるに決まっている。許さないという人は、この物語をもう一度最初から読んでほしい。

 というわけで、しばし、私に時間をください。気が済んだら、必ず阿部君を正気に戻すと約束します。

 阿部君の情けない失態を楽しむこと、5分。まだまだ物足りないが、明智君をトラゾウの前で待機させておくのはかわいそうなので、阿部君に状況を説明しよう。

「阿部君?」

「……」

「あ、べ、く、ん?」

「……」

「トラゾウは、まだ起きてないよ。明智君は元気だし」

「……。ほ、本当ですか?」

「うん。だから、もう少しお肉を焼いてくれるかい? 私と明智君は、トラゾウが気持ちよく起きられるように、マッサージをするから」

「任しといてください。でも、できるだけ私から離れた所でしてくださいね」

「う、うん」

 このアジトにいる生物の中で、ダントツで一番年下のトラゾウに対して、我々怪盗団の3人は計り知れない恐怖を感じながらも、心のこもった接待の準備を再開した。準備と言っても、心地良いマッサージは、すでに始まっているのだけれど。

 だがしかし、マッサージは逆効果かもしれない。冷静に考えれば、起きている人を眠らせることはあっても、眠っている人を起こすのは至難の業だろう。マッサージとは、そういうものだ。

 ビビっていると言われれば、反論はできない。だけど、いくら一度はトラゾウを屈服させたとはいえ、再び同じようにできる保証なんてないのだ。なので、心のどこかで、トラゾウを起こすのを少しでも遅らせようと思っているのは、否定できないだろう。

 それは、私だけでなく、明智君も阿部君も同じ考えだ。マッサージされてそんな簡単に起きるわけないと、二人ともがバカにしたような目で私を見ているのに、口には出せないでいるのだから。

 言い訳をダラダラして心の準備もできてきたので、本意ではないが、トラゾウを起こす方向に気持ちが傾いてきたかもしれない。阿部君と明智君に念の為に同意を求めると、あからさまに素早く目を逸らされた。それは、一種の責任逃れのように見えなくもないけど、前向きではないという意思表示なだけで、否定をしなかったのが答えだ。

 私は、意を決して、起こす決断を下した。だけど、起こす方法が全く思い浮かばない。どうしたら起きるではなく、どうしたらトラゾウは気持ちよくすこぶる快適に幸せを噛み締めながら起きてくれるかが、分からないのだ。

 起こせばいいだけなら、力いっぱい叩けばいい。ただ、その方法をとるなら、残酷だけど起きても反抗できないような状態にしないといけなくなる。しかし、それは私の、いや私たち善良なる怪盗団のやり方にそぐわないのだ。

 優しく揺り動かして起こすしかないようだ。知ってはいたが、結論に至るのが怖かっただけだ。でも、勇気ある私は決断した。優しく起こして、私たちがこの世とおさらばしたとしても、地獄ではなく天国に行くのは間違いないはず。私たち心のきれいな怪盗団の将来に光が差したところで、トラゾウを軽く揺すってあげた。

 トラゾウ、信じているよ。起こされて機嫌が悪かったとしても、せいぜい明智君にじゃれるように甘噛みする程度だと。ついでに、明智君が我慢強く丈夫にできていることも、信じているよ。

 軽く揺さぶったくらいでは、トラゾウは起きなかった。私を根性なしと蔑んでいるのか安心しているのか読み取れない表情で、阿部君と明智君が無言で見つめている。気にしてはいけない。トラゾウに接している私が、一番の勇者だ。よし、トラゾウに集中するぞ。

 もう一度、同じ力加減で、トラゾウを揺すぶった。結果は変わらない。バックパックからずり出た時に比べたら、微風程度の振動なのだから、当然といえば当然だな。だけど、同じ過ちは、もう終わりにしよう。

 今度こそ腹を決めようと決意したその時、緊張感に耐えられなかったのか、明智君が特大音量のくしゃみをしてしまった。私がまず思ったのは、明智君は緊張から解放されて安心した時だけでなく、緊張中もくしゃみが出る、いや、明智君のくしゃみに法則なんてないのだな、だった。私はなんて余裕があるのだろう。

 今度はトラゾウから3メートルも逃げていた事に気づいたのは、そのすぐ後だった。私が3メートルも逃げたのだから、明智君ですら2メートルは逃げたと思ったのに、なんと、明智君はトラゾウの目と鼻の先で身構えていたのだ。

 ただこれは、明智君の度胸に驚くところではない。阿部君が結構長尺のサスマタを使って、明智君が下がらないようにするどころか逆に前に押し出し、押さえつけていたのだから。

 私の部屋兼アジトに、サスマタなんて合っただろうか? それに、サスマタを使用するのは、警察のような捕まえる側であって、怪盗のような存在はどちらかと言えば使用される側のはず。いやいや、今はそんな事はどうでもいいか。直視しないといけない大きな存在がある。

 そう、トラゾウだ。

 トラゾウは……お、起きていた。

 え! ええー! うおー! 助けてくれー! せめて私だけでも……。

 オホンッ。取り乱したのは一瞬だったぞ。本当だ。いやそれよりも、できるだけの事をしよう。できる事って、なんだ? まずい。頭が真っ白だぞ。

 ああ、そうだ。とりあえず、私は明智君の無事を祈りつつ、それ以上に私の方へトラゾウが振り向かないように願った。私をなんて卑怯で自分勝手な奴だと思いたければ思えばいいさ。堂々と受け止めてやる。

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