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明智君という名の犬と見習い怪盗小娘と自惚れ初老新米怪盗の私  作者: バスバスキヨキヨ


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明智君の逡巡

「実は、このバックパックの中には、『トラゾウ』という名前の、白シカ組にいたトラが入ってるんだよ」

「そんなくだらない冗談で驚く私ではないですよ。ハハハハ」「ワワワン」

 確かに信じられないだろう。いや、もしかして信じたくないのではないのか? 阿部君と明智君の声が、心持ち震えているような。

 ハイセンスの持ち主である私の冗談にしては、面白くなさすぎたのだろう。それに、明智君の鼻なら、トラゾウの匂いを嗅ぎ分けているはずだ。私の落ち着きぶりから、自分たちが盗った1000万円と関係があるかもと薄々気づいているのかもしれない。

「二人の気持ちは分かるが、現実を受け入れてくれないか。それに、トラゾウが暴れたとしても、私たち3人が力を合わせれば、赤子の手をひねるよりも少し大変という程度だろ?」

「そ、そうですね。明智君がトラゾウにかじられてる間に、リーダーが首根っこを掴むのを、私が応援すればいいですね」

 私は、今日の祝勝会は楽しくすると頑張っていた明智君を、見れなかった。明智君の犠牲は、ロープ代わりとなった比ではないのは明らかだったからだ。そして、私も明智君も、冷酷な阿部君が有言実行するのを知っている。

「大丈夫だよ」と声をかけるのが精一杯だった。もちろん明智君を見ずにだ。明智君が、力なくでも頷いてくれたような気がした。私も明智君も何の根拠もないのに。『大丈夫』という言葉は、何と便利なのだろうと思っただけだった。

 何がどう大丈夫か具体的な事は何一つ言えないけど、ひとまずこの場の凍りついた空気は、シャーベット状になったかもしれない。ただ、問題は空気ではない。

 いつまでもトラゾウをバックパックの中に入れておくわけにはいかないのだ。今は死んだように眠ってくれているが、起きたら、閉じ込められていると誤解するに決まっている。そうなると、バックパックを破壊して自力で出てくるかもしれない。怒り狂いながら。そんなトラゾウを力づくでおとなしくしようとするなら、明智君は動物病院に半年は入院することになるだろう。

 まあ、阿部君が考えた作戦でも、明智君は1ヶ月ほどの通院治療を必要とする。なので、私が、その作戦をバージョンアップしてあげた。阿部君は納得いかないという感じだ。だけど、明智君は久しぶりに私にすり寄ってくれる。結果、阿部君は、私と明智君の懇願に渋々譲歩してくれた。我々怪盗団の伝統である多数決の効力が大きかったようだな。

 作戦内容を簡単に説明しようか。まずは、眠っているトラゾウを起こさないように、バックパックから引きずり出す。次に、阿部君が明智君を盾にしながら目の前に美味しそうなお肉を並べると同時に、私がトラゾウを優しくマッサージをして優しく起こしてあげるのだ。

 そこまでされたトラゾウは、それなりに機嫌よく目覚めるだろう。結果、私たちに対して好戦的にはならない。私たちを下僕と勘違いして、こき使う恐れはあるが、トラゾウの行き先が決まるまでの我慢だ。明日の朝一番で動物園に電話してやる。万が一暴れることがあっても、阿部君が考えた作戦で、その場しのぎくらいはできるはず。

 いよいよ、決行の時が来た。腹を決めた私たちは、さんざん心の中でブチ切れておいたので、文句はおろか無駄口も叩かず、静かに位置についた。と思ったら、阿部君がしゃしゃり出る。

 私は、阿部君の余裕が信じられなかった。阿部君は、ものすごい大物なのか、果てしなく欲深いのだろう。どちらにしても、阿部君の好きなようにさせるしかないな。

「どうせなら、生肉だけじゃなく、焼いたのも用意しましょうよ。トラゾウが食べなかったとしても、私たちが食べればいいだけだし。私が食べたいわけじゃないですからね。明智君が見つけたお肉より、リーダーが持って帰ってきたお肉の方が高そうではないですよ」

 確かに、明智君が見つけた方は、もともとはトラゾウのために用意してあった肉だ。安物ではないだろうけど、良い肉だとしてもそこそこのレベルだろう。だけど、私が持ってきた方は、組の倉庫に大切に保管してあった白シカ組組長が食べるのが前提の超高級和牛なのだ。さすが、阿部君。ある意味、明智君よりも鼻が利くじゃないか。

 明智君は、残念ながら今までこんな高級和牛なんて、食べる機会がなかったのもある。だけどそれ以上に、トラゾウにかじられるかもしれない恐怖で、それどころではないのだ。阿部君の話も聞いていなかったのか、全然嬉しそうにしないし。無表情で、私がバックパックをそっと床に置くのを手伝ってくれているだけだ。

 明智君は最悪を想定しているのかもしれない。トラゾウが私たちを襲わない保証が全くないのだから。そして、対象は、一番近い自分の可能性が高い。明智君の頭の中は、かじられるなら、どこが一番痛くないかだろう。それとも、前回の150万円ぷらす今回の400万円の使い道だろうか。いや、この前言っていたように、老後の資金に回す予定だ。だけどまだまだ足りないので、この先も私たちと一緒に怪盗活動をしたいのだろう。それで、我慢してかじられることもいとわないのだ。

 明智君が長生きできますように。そして、寿命まで資金が潤沢にありますように。

 阿部君が肉を焼き始めると同時に、横に倒したバックパックの上蓋近くに、私が生肉を置いた。私が手が空いていたのもあるが、阿部君が、バックパックに近づかないと、雰囲気で訴えていたからだ。それから、そのすぐ近くに、阿部君の盾兼トラゾウのかじられ要因の明智君が配置に付き、私はそっと上蓋を開けた。念願どおりに、トラゾウはまだ眠ってくれている。

 私がひとまず安心すると、明智君は私以上の安堵のため息を漏らした。だけど、本当の安心はまだまだだ。寝起きというのは、私はそうだし、明智君だって機嫌が悪いのだから、トラゾウだってそういう可能性は大いにある。

 例え、目の前に美味しそうなお肉が並べられていても、より新鮮な生きている獲物に目がいくかもしれない。それを食べる食べないは別として、寝起きの運動のために、まずは何かで遊ぶのが、猫だ。そうなったら、明智君は無抵抗主義を貫き、トラゾウが気の済むまで、サンドバッグ明智君として耐えるのだろうか。

 このように最悪を想定しておくと、実際に陥った時になんとかなるものだ。それでも、明智君は自分の手がトラゾウの首根っこを持つのに相応しければ、私と役目を交代できたのにと考えているに決まっている。その気持ちは分かるぞ。

 はっきり言って、子トラとはいえ、今回の取り分を明智君と入れ替えてあげると持ちかけられても、私はかじられたくない。私は卑怯者と言われても構わない。言われたところで全く痛くない。

 とりあえず最悪は想定できた。主に明智君にとってだけど。まあ、それはそれとして、ここからは最良に向かって突き進むのみなのだ。でないと、結局、私が一番痛い目に合ってしまうのだ。世の中は理不尽だからな。

 さあ、やる時が来た。眠っているトラゾウをバックパックから出すには……「頭を豪快に引っ張るか」と冗談交じりに言ったなら、明智君は一生私と目を合わしてくれなくなる。なので、今だけはふざけてはいけない。真面目な答えは、トラゾウをバックパックの奥にずらしたのと逆の事をやればいいわけだ。

 簡単簡単。いたってシンプル。要は、トラゾウがいつ起きるかだ。そして、その起きた時に、ご機嫌か不機嫌かだ。さらに、ご機嫌だからゆえに明智君にじゃれるつもりで飛びかかるとか、不機嫌なら否応なしに明智君に八つ当たりするとかだ。何を言いたいのかといえば、この私ですらどうなるか想像できない。ごめんよ、明智君。せめて、トラゾウがバックパックから完全に出るまでは起きないように祈っておいておくれ。言うまでもなく、私は努力するから。

 まあ、努力したからといって、成功するとか限らない。それでも、私たちは最良を目指さないといけないのだ。それだけは断言できる。何を能書きをダラダラたれているんだと、誰にも言わせないからな。やる事はシンプルかもしれないが、だからって簡単にできるとは限らないということが、大抵の人の人生にあっただろ?

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