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明智君という名の犬と見習い怪盗小娘と自惚れ初老新米怪盗の私  作者: バスバスキヨキヨ


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無事帰還

 私は鼻歌で子守唄を歌いながら、そっとそっとそっとバックパックの肩紐を持って、ゆっくりゆっくりゆーっくりと傾け、ほんの少しまた少しもう少しとトラゾウを奥までずらすのに成功した。白シカ組の中に、阿部君や明智君のような奴がいなかったのが、一番の勝因だな。

 まだだまだだ、まだ安心してはいけない。緊張感を保ちながら、ゆっくり上蓋を閉じて、がっちり固定した。後は、バックパックの強度に期待するのみだ。トラゾウが暴れないのが一番だけどな。

 時間を無駄にしていられないので、お茶を要求することもなく、私はすぐに帰ることにした。帰ったところで、ノープランだけれど。私一人が犠牲になりよりは、阿部君と明智君も巻き込んだ方が、ダメージが3分の1になる。それだけでも、アジトに戻る意味はあるだろう。

 トラゾウのためにと大量のお土産のお肉を両手に持ち、背中には獰猛な獣が入ったバックパックを背負った。白シカ組の組長を筆頭に組員たち全員が、笑顔で手を振りながら見送っている。その中を、私は一切振り返らずに、静かに立ち去った。

 変なお面を付けたバックパッカーが、両手に大量の荷物を持っている様は、どう見ても怪しい。警察官に出会ったなら、間違いなく職務質問対象だろう。なので、白シカ組から見えない所まで来ると、すぐにお面を外した。これで、怪しさが半減したはず。それでもまだまだ怪しい存在かもしれないが。

 こんな深夜の人通りがほとんどないとはいえ、どこで誰が見ているか分からない。警察官が真面目に巡回している可能性だって否定できない。だから、私は少しでも目立たないように、かつ急いで、アジトへと向かった。密輸入とか関係なく、トラをバックパックに入れている時点で、見つかれば終わりだ。

 私が警察官時代の年下の上司である万年巡査部長なら、昔のよしみプラス巡査部長クラスでは一生食べられないであろうこの高級和牛を賄賂として渡せば、精一杯の虚勢を張りながら受け取り忘れてくれるだろう。しかし、それは、トラゾウのごはんが減ってしまうということだ。そうなると、後々、私か明智君が犠牲になってしまうかもしれない。なので、急ぎながらも警察の巡回ルートだけは通らないように、心がけた。もちろん、バックパックに少しも衝撃を与えないように歩いたのは言うまでもない。

 日頃の行いがいいようで、何事もなくアジトのドアの前に到着した。純粋な心情としては、今回は、阿部君と明智君に対して前回以上の怒りがある。だけど、それを鎮める存在があるので、豪快にドアを開けようとなんて発想もない。阿部君と明智君を大声で罵るのも自重する。

 慎重に物音一つ立てずドアを開けると、まず、肉を焼くいい匂いが私の鼻を刺激してきた。続いて、阿部君と明智君のキャッキャ話す嬉しそうな声が、私の耳に土足で踏み込んでくる。とりあえずは、阿部君はワインを飲んでいないな。一安心だ。飲ませないように、明智君が命がけで頑張っているに違いない。やるじゃないか、明智君。

 明智君は冷蔵庫寄りに座り、阿部君を喜ばせるために、汗をかきながら息継ぎもなしに「ワンワン」離している。明智君をもってすれば、トングを両手で持って阿部君のために肉を焼けるのだろうけど、それは阿部君がさせてないようだ。阿部君はトングを離さず、なんなら箸代わりにして直接食べている。だからといって、ひとり占めなんてするわけもなく、明智君にもきちんと分け与えていた。明らかに阿部君は仕切るのが好きなのだ。

 でも、あの肉や野菜は、いつの間に用意したんだ? 私の冷蔵庫には、今日はたまたま、ワインしか入ってなかったはずだ。そして、お店だって開いている時間ではない。

 もしかしたら、真っ当な商売をしているお肉屋さんから、盗んだのか? それは、ちょっと、私たちの怪盗団は、今のところはそこまで落ちぶれたくないのに。私のポリシーを、あの非人道的な悪魔と強欲犬に話しておくべきだった。悪いのは、私だ。

「リーダー、そんなとこで突っ立ってないで、一緒に食べましょ」

「ああ、うん。ちょっと聞くが、そのお肉はどうしたんだい?」

「ああー。まさか、私たちが街の真面目なお肉屋さんから、盗ったと思ってないでしょうね? これは、白シカ組からの戦利品の一つですからね。私たちは、悪人からしか盗まないようにしましょうよ。少なくとも、生きるのに困らないうちは」

 おおー。やはり私の目に狂いはなかった。阿部君を雇って正解だな。信じていたぞ。

 だけど、おかしいな。白シカ組の組長は、バーベキューでお肉を全部食べてしまったと言っていたような。さては、阿部君は好感度を少しでも上げようと、嘘をついているな。本当は、どこかのキャンプ場で和気あいあいと深夜バーベキューを楽しんでいる中流家庭から、力づくで奪ったんじゃないのか? 血も涙もないじゃないか。

 こうなったら、もう少し詳しく聞いて、ボロを出させるか。その後で優しく説教してから、泣きながらの謝罪を受け入れてあげようじゃないか。そこからは、私の出番だ。

 阿部君に代わって、そのかわいそうな家族に謝りに行こう。そして、私のサインと握手券をプレザントして、ついでに今日の取り分から自腹でお肉を買ってやるか。故意であれ部下のミスは、私の責任なのだ。

「阿部君は逃げる途中で、組長宅の冷蔵庫に寄って帰ったの?」

「そんな危険な事をするわけないでしょ。明智君と私が一緒に表の正門に向かって逃げてる最中に、明智君が急に進路を変えたから仕方なくついて行ったら、バーベキューをやった跡があったんです。明智君は普段から良いものを食べてないから、お肉の残骸でもご馳走だと我を忘れて猪突猛進してるのを見て、止めるなんてかわいそうで。リーダーが白シカ組を足止めしていると心から信じていた私は、2、3秒くらいなら待ってあげてもいいと思ったんです。そんな優しい私の期待に応えようと、明智君は頑張ったんでしょうね。なんと、1秒半くらいで、大きなビニール袋をくわえて戻ってきたんですよ。聞いたら、バーベキューセット4人前が隠してあったと。たぶん、組の誰かが、自分の家族のために持って帰ろうと隠してたんですよ。給料は安そうですもんね。ちょっとはかわいそうと思ったけど、辛い事がたくさんあると、足を洗うきっかけになるでしょ? 何より、強欲な明智君が返すわけないじゃないですか」

 なるほど。そういうことだったのか。信じていたよ、阿部君。そして、明智君は阿部君にも強欲だと認知されていたのだな。なぜか嬉しいぞ。

「想像通りだな。明智君、私も食べていいのかい?」

「ワンッ!」

 いいと言わないと、へそを曲げた私が冷蔵庫からワインを持ってくると思ったのかもしれないが、さすがにそれは私にも甚大な被害があるから、割に合わない。せいぜい、この両手にある高級和牛をひとり占めするくらい……うん? 私はどうして両手に大量のお肉を?

 何かもっと大事な事があったような。でもなぜか今日は体が重いし、楽しくバーベキューでもして疲れを取るか。

「リーダー、よく見ると、バックパックを背負ってるじゃないですか。本当に金銀財宝を見つけたんですね? リーダーならやってくれると信じてましたけど、あんな田舎ヤクザが本当にお宝を持ってたとは驚きですよ」

 バックパック? 年下の上司であった万年巡査部長の間抜け面を思い出して歩いてたら、いつの間にかすっかり忘れていたようだ。それでも体は覚えていたようで、無意識に慎重な行動に徹していた私は、さすがと言っておこう。

 だけど、思い出したはいいが、どうしようか? 阿部君と明智君を交えて、トラゾウの対応を考えようとしていたが、この二人に名案なんて思い浮かぶはずがない。かといって、トラゾウをバックパックの中に入れたままは、かわいそうだし。うーん、当たって砕けるしかないか。

 まずは、正直に話そう。そして全員が心の準備をできたら、トラゾウを出そうじゃないか。我々怪盗団が力を合わせれば、できない事なんて……数えるほどしかないのだ。

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