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明智君という名の犬と見習い怪盗小娘と自惚れ初老新米怪盗の私  作者: バスバスキヨキヨ


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トラゾウは、今、何を思う

「誰が謝ってくれと言った? あんな奴を泣かせてくれと頼んでも、謝ってくれだなんて、口が裂けても言いたくないぞ」

 ん? 私の早とちりだったか。ふうー。よかったー。

「何か訳ありのようだな。1000万円も頂いたことだし、とっちめるくらいなら、してやってもいいぞ」

 まずい。安心したら、調子に乗ってしまった。なんで私の方から御用聞きをしてやらないといけないんだ。

 白シカ組組長よ、断れ。遠慮しろ。図に乗るな。単なる社交辞令を真に受けるなよ。

「本当か? 頼んでいいか? どっちみち1000万円はワシの手元に残らなかったし、これで悪徳政治家が怒って縁が切れたら万々歳だから、気を使わなくてもよかったのに。でも、せっかくの申し出を断るなんて、人でなしのすることだな」

 ああー、私のバカヤロー。それに、お前は暴力団なんだから、人でなしじゃないか。なんて言って、わざわざ怒らせたくないな。こうなったら、せめて簡単な頼み事にしてくれよ。選挙ポスターの顔写真の鼻の穴に画鋲を刺すとか、演説中に大きなおならをするとかで。

「ああ、遠慮なんてするなよ。トラゾウからお前たちを救ってやった事とか気にしなくていいからな。私がいなかったら、お前たちは体中にトラゾウの歯型ができたかもしれんが。私が……」

「大丈夫だ。ワシの組のモットーは『遠慮するな』だからな」

「……なかなか……豪快だな」

 はあー、どきどきする。こいつ、悪徳政治家と同じ選挙区で、私に立候補してくれと言いそうだぞ。私ならトップ当選間違いないが、今の私は、怪盗にしか興味がないというのに。総理大臣のイスなんて欲しくもない。

「そうだな。それで、頼み事なんだが、悪徳政治家宅から絵を盗んでくれないか?」

「え? 絵を盗む? ……。ただの絵じゃないんだな?」

「さすがだな。実は、その絵は、合法的に手に入れたものではない。5年くらい前に、フランスの超有名美術館が、日本で特別展覧会を開いたんだ。それで、展示会も無事に終わり空港まで絵を運んで行く途中で、ワシの組の若いやつら100人以上で輸送車を取り囲み、一番高価な絵だけを力づくで奪ってやった」

「お、お前たち、なんて事を。ただの田舎ヤクザではないな」

「やった事は確かにすごいが、それほど難しくはなかったぞ。悪徳政治家が自分の立場を利用して、いろいろ情報を集めてたからな。もちろん、そいつ自身が絵が欲しいっていう理由だけのために。結果、それに直接関わったうちの者だけが、全員逮捕されてしまった。元はと言えばそいつのせいなのに、刑期を少しでも短くなるように口利きしてやるから、じゃんじゃん賄賂を持ってこいとまで抜かしやがって。だけど、賄賂をさんざん渡したのに全然短くならないんだ」

「まあ、そんなもんだな。でもなんで、そんな奴の言うことを聞いて絵を盗んだんだ?」

「最初は、ワシらの組があんまり警察に厄介にならないように、口利きをお願いしたところからだな」

「なるほど。ありそうだ」

「それで、要求が段々とエスカレートしてきて、この始末さ」

「まあ、ヤクザに同情はしないが、その政治家はなかなかだな」

「ああ。最後にギャフンと言わせたいし、絵をフランスの美術館に返せば、捕まってる奴らの刑期が短くなるかもしれんしな」

「そういうことか。でも、どうやって美術館に返すんだ? お前が、直接持って行くのか?」

「うーん、そうしたいのは山々だが……。ワシが指示をしたという証拠がなかったから、ワシは捕まらなかったが、絵を拾ったとかなんとか言っても信じてくれないだろ? かといって、悪徳政治家の仕業だったと正直に話したら、外交問題になって、戦争にまで発展しかねないし。だから、匿名で日本の警察に送れば、後はなんとかしてくれるだろ」

「どうだろうな。匿名で送ったとしても、日本の警察は優秀だから、送り主を突き止めかねないぞ」

「そうか。じゃあ、方法は一つだな。お前が、フランスの美術館にこっそり置いてきてくれるよな? ありがとう。助かるよ」

「なーにー! なんでそうなる?」

「あなた様は、困った人を見たら助けないわけにはいかなくなる、お優しい方だからです。だからこそ、お願いを聞いてくれると言ってくれたのですね。ご恩は、忘れないように努力してみせます」

「おまえー、きったないぞ。よくもまあ、そんな心にもない事を、スラスラと。涙目で訴えるな。気持ち悪いだけだぞ。お願いだからやめてくれ。頼む。分かった。分かったよ。私がフランスの美術館に直接返してきてやるから、その気持ち悪い顔だけは、やめてくれー」

「頼んだぞ。おっ、ちょうど虎造のごはんが到着したみたいだ。ついでだから、虎造も生まれ故郷に帰してやってくれるよな? 当たり前か。方法は任せてやるぞ」

「おーい、なんでそうなる? 何がついでなんだ? 調子に乗りやがって。どこか近所の手頃な動物園に引き取ってもらえばいいじゃないか」

「まあ、それでもいいが、虎造の意思を第一に尊重してやってくれよ。虎造は被害者なんだから」

「よくもまあ、ぬけぬけとそんな事を言えるな。加害者の分際で」

「ワシは天下の白シカ組組長なんだぞ。ハッハッハッー」

 あの1000万円がなかったなら、ついうっかりトラゾウをこいつの前に連れていって、100万回くらい甘噛みさせてやるのに。近い将来に、こいつに不幸が訪れるように祈るに留めておくか。

「分かったから、まずはトラゾウにごはんをあげてくれ。それと、最後にトラゾウに謝れよ」

 トラゾウがいくら人に慣れているとはいえ、獣が食事をしている時は、離れて見守るべきだ。なので、トラゾウの首根っこを掴んでいる命綱でもある、この右手を離さないといけない。離した途端に、トラゾウは私に襲いかからないだろうか。うん、大丈夫だ。

 言いたくはないが、不気味と言っていいほどの今の私の見た目の恐ろしさだけでも、十分だ。その上、トラゾウ自身も弱点だと知っている首根っことはいえ、右腕一本で押さえつけている想像を絶する腕力を目の当たりにしているのだ。そんなトラゾウなら、少なくとも私にだけは襲いかからない。と期待するしかないな。

 とはいえ、今の私は、一時的に人間不信と犬不信に陥っている最中だ。万が一に備えて、頭の中で模擬訓練をして、トラゾウに勝つ方法を30個試して、やっと離す決心がついた。

 まずは、組長に謝らせた。それから、私の疲れて震えてきた右手をトラゾウの首根っこから離すと同時に、組長がてんこ盛りのお肉を差し出す。すると、トラゾウは一瞬だけ振り返り私を見て「ガガガオー」と言ってすぐに、お肉にかぶりついてくれた。

 きっと私にお礼を言ったのだ。間違っても「この肉を平らげたら、次はお前を食ってやる」とは言ってないだろう。字数的にも、ない、と信じよう。信じてはいるが、いつでもすぐに逃げられるように、阿部君と明智君が出ていった襖の所まで避難して見守ることにした。

 よほど空腹だったのだろう。トラゾウは、私だったら食べるのに一週間はかかるくらいのお肉を、ほんの数分で平らげた。と思ったら、すぐに睡魔が襲ったようで、なんと、私のバックパックに自ら律儀にもお尻から潜り込み寝てしまったのだ。大幅に手間が省けて、驚きよりも喜びが増す。ただ、所詮は猫だと思いつつも、敵が来たらすぐに対応できるように頭を出している知的さには、感心してしまった。

 しかし、このまま背負って帰るのはあまりに危険だ。なんとしてでも上蓋を閉めないといけない。そうしないと、簡単に逃げ出される恐れがあるのもあるが、それ以上に、私の頭のすぐ後ろにトラゾウの顔が来ることになってしまう。そんな事ができる勇気なら、私はいらない。いや、それを勇気とは言わないな。

 想定では、頭から入れるつもりでいたから、蓋を閉めるのも容易いと考えていた。完全に収まっていなくても、お尻が噛んでくるわけないのだから、楽に押せるだろう。

 だけど、顔を押すのは……うん、かわいそうじゃないか。押してだめなら引いてみなの応用で、地球の重力に手伝わせ、滑るように奥にずらせないだろうか。それしかないな。でも、一応確認だけはしてみよう。

「トラゾウは、一度寝たら、簡単には起きないのだろ? 起きないと言え! そうすれば、私は勇気が湧く」

「私に嘘をつけと? あっ、じゃなくて、簡単には起きないと、何も考えずに言えばいいんだな? 分かった。がんばれ」

 聞かずにやった方が、まだ良かったような気がしてきた。恐い。でも、こいつらの前でビビっているのは見せられないし。所詮はヤクザだからな。弱みを見せると、一気に立場が逆転しかねない。やるしかない。

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