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大怪盗の私に負けは似合わない

 なんということだ。誰もいないぞ。組長は、阿部君と明智君にやられた時に頭でもぶつけて、時間差でおかしくなったのかもしれない。これは、私が助かる可能性が上がった……とは言えないな。普通の殺人鬼が、異常な殺人鬼になっただけのような気がする。これは、まずい。

 さっきは外したとはいえ、即死させないために私の足元を狙うだけの心の余裕があった。だけど、錯乱している組長は、私から阿部君と明智君の情報を聞き出すなんて考えはないだろう。ということは、闇雲にぶっ放すだけだ。こういう時の鉄則は、少しでも見を低くするだな。隙をついて逃げることも考えて、ひれ伏すまではしないで、しゃがむだけにしよう。私は後ろ向きのまま、クラウチングスタートのポーズをとった。

「貴様―、権兵衛を盾にするなんて、人間の面をした鬼なのか? いや、今は変なロボットのお面だけど……ややこしいな。そんな事はどうでもいいー。許さんぞー。いや、許してやるから、権兵衛を返してくれ」

 組長の奴め、いよいよ末期症状だな。もういつ撃ってきてもおかしくない。今度こそ、みなさんとサヨナラだ。たまには……いや、年に12回くらいは、この伝説の大怪盗の事を思い出しておくれ。

 …………。……。あれ? 撃ってこないな。もしかしたら、確実に命中させるために近づいてきているのか? 錯乱している割には冷静じゃないか。誤算だ。どうする? 逃げるか? いや、もう手遅れだ。いや、近づいてきたら、それは私にとってチャンスじゃないか。

 よし、引きつけるだけ引きつけて、ぎりぎりでアリキックを……アリキックは平成や令和生まれの人たちにも認知されているのだろうか? 説明してあげたいところだけど、そこまでの余裕がないので、検索して調べておくれ。しばし待ってやる。

 待っている間に、音もなく気配も感じないが、そろそろ私のすぐ後ろまで詰めてきたな。私はイチかバチかで一世一代で初めてのアリキック……のマネごとをしてしまった。焦ったようだ。見事に空振りだ。万事休すというやつは、怪盗の日常茶飯事なのか。

 もうこうなったら、最後の悪あがきをしてやろうじゃないか。

 よーし……ビビらせてやる。それとも、命乞いの方がいいだろうか。

 どうしよう? この選択は、私の将来を左右するぞ。

 決めた。生きてさえいたら、怪盗を続けていける。その結果、阿部君と明智君を組長に引き渡さないといけないにしても。

 阿部君明智君、ごめん。白イノシシ会で一生下働きだって、そんな悪い世界ではないぞ。全く知らないが、そう説得してやる。一年に一回は最高級ドッグフードと老舗和菓子店のみたらし団子を差し入れしてあげるからね。天気が良ければだけれど。阿部君はみたらし団子が好きだろうか。いらないなら、私が食べればいいか。

 腹が決まったところで、私は訴えるような上目遣いで組長の方に目を向けた。お面を付けているので、意味がないのかもしれない。だけど、こういうのは気持ちが大事なのだ。

 それはさておき、組長の様子が何かおかしい。すでに散弾銃は手放していて、ひざまずき両手を握りしめ、私に何か訴えている。神頼みをするような敬虔な奴なわけがないので、おそらく、私に対してだ。どういうことなのだろうか。

 うーん……なるほど。私のアリキックは空振りしたのかもしれない。かもしれないではなく、したと正直に言おう。ただ、そのとてつもない衝撃波がヒットしたのだろう。それで恐れおののき負けを認め、命乞いしてるのだな。分かる分かる。やはり最後は命乞いと、相場が決まっている。

「よし、私も鬼ではない。許してやろう。さらばだ」

 決まった。このかっこいい姿を、命よりも大事な阿部君と明智君に見せてあげたかったな。後で、臨場感たっぷりに話してやるか。子どものような純粋な目でもっともっとと何度もせがむ二人の顔を思い浮かべて、私は速攻で逃げ去ろうとした。組長が急に態度を変えて、私に襲いかからないとも限らないし。

「ま、待てー!」

 え? ほ、本当に急変しやがった。それとも計算ずくなのか。わざと私を安心させておいてから、奈落の底に落として、その様を見て楽しみたかったのだな。やっぱり、なんて陰険な奴なんだ。どうしようか。聞こえなかったふりをして、走り出そうか。それしかないな。どうせ、こんな陰険な奴には命乞いなんて通じない。

 私が、右足から出すか左足から出すか考えていると、組長が邪魔をした。まったくもー。いったい私に何の恨みがあるというんだ。ないこともないか。

「権兵衛を連れていかないでくれー!」

 え? ゴンベエ? さっきから、ゴンベエゴンベエと……。そういうことか。そうだったのか。私のお尻にぶら下がりアクセサリーと化している犬のことを言っているのだな。離れる素振りが全くないから、アジトに戻ってから明智君の手を借り外そうと思っていたが、この組長なら取れるじゃないか。

 良かった。これで、明智君に手伝ってもらうために全身マッサージをしなくて済んだぞ。それも、全身マッサージをした後でないと、お願いを聞いてくれないから、なかなかの苦行になっていただろうし。

 ただここで下手に出ては、形勢が逆転する微妙な状態だ。あくまでも、上から目線で臨むぞ。すぐ近くに阿部君という良い見本がいて助かったぞ。ありがとう、阿部君。何か腑に落ちないが、今に集中しよう。

「いいだろう。ゴンベエとやらを返してやろう。取りに来い。散弾銃はそこに置いておけよ! あと何か怪しい動きをしたら、ゴンベエを……うん、よく見たら、これは警察犬に多いシェパードじゃないか。よし、変な動きをしたら、ゴンベエを警察犬訓練学校に入学させるからな」

「そ、それだけはやめてくれー。お前の言う通りにするから」

 ゴンベエにしたら警察犬になった方が幸せかもしれないが、組長の様子からして溺愛されているのだろう。後は、ゴンベエの判断に任せるか。

「よし。私は両手を上げて後ろを向いていてやるから、ゆっくり近づいてきて、そっとゴンベエを持っていけ。そっとだぞ。そっとっ!」

「ああ、分かった」

 組長が来ても私から離れないなら、ゴンベエはきっと警察犬になるのを選んだということだろう。その時は、このまま強引に帰らないといけないぞ。組長は納得しないだろうけど、ゴンベエの気持ちを最優先に考えろとか言って必死に説得するのみだ。上手く説得できないと、組長は力づくでゴンベエを引っ張り、私の臀部に犬の一口大の凹みができてしまう。私の話術があれば……うん、組長とゴンベエの絆を信じよう。

 私は恐怖でとても顔色が悪いのを、組長に気づかれていないだろうか。一気に形勢が逆転する恐れもあるので、決して悟られてもいけない。幸いにも、再びこの安物のふざけたお面が守ってくれているので、悔しいが阿部君に感謝しようではないか。でもやっぱり腑に落ちないのは、どうしてだろう? 考えてはいけない。集中集中。

 私が一人問答をしている間に、組長は寄り道一つせずに、私の背後にやって来た。組長が私をやっつける気になれば簡単だ。しかし組長はそんな卑怯なマネはしないと、私は断言できる。なぜなら組長は大事なゴンベエを取り戻す事しか考えていないのだ。

 もし私が同じ状況になって明智君を取り戻したいなら……ほんの小さなリスクすらも冒したくない。一瞬迷ったが、明智君にバレなければ問題ないだろう。一応罪滅ぼしとして、明日の朝ごはんを3パーセント増しにしてあげようかな。夢の中で検討してあげるか。今は、もっと大事な事に集中する時なのだから。

 ゴンベエは組長の愛情に応えてくれるのだろうか。大丈夫かな。私ですら、明智君に何度も裏切られているからな。

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