その目はきっと誤魔化せない
わたくしがあの……何と言ったかしら。
まあ、婚約者が入れあげているとある令嬢をいじめている?とかいう、くだらない噂がひっそり出回るようになって三か月。
粛々と授業を受け、帰宅してからは課題をこなしていたのだけれど、両親から呼び出しを受けた。
「失礼いたします。マチルダお嬢様をお連れしました」
「入れ」
執事に扉を開けてもらって、応接室に入る。
座りなさい、と示されたので、両親が座るのとは対面のソファへ腰掛ける。
さて、「どの話」かしら。
「お前の婚約者が浮ついた行動をしている、という報告を受けた。
どこまでお前が把握していて、どこまで行動し、どこまで行動していないかを確認したい」
「どこまで?うふふ、面白いことを仰いますのね。全て知っております。
その上でわたくしは「何も」しておりませんわ。
ええ、何も。指先一つお二人のためには動かしておりません」
「そうか。ならいい」
お父様は事情を全てご存じの様子。
お母さまはうっすら理解しておいでだけど、わたくしの心を案じて下さっているのがよく分かるわ。
なので、軽く微笑んでみせた。
「問題ありませんわ、お母さま。
これも貴族令嬢としての務めです」
「でも、ねえ。手紙の一つもないだなんて」
「それもまた必要なことですわ」
そう、必要なのだ。
少なくとも婚約者――ガレオンとの間には。
どこから見ても不和である現実が必要だったのだ。
明けて翌週。
学園には激震が走っていた。
あの、何某言う令嬢――いえ、ペントラゴン子爵令嬢の家が、麻薬の密売で財を成していたというニュースと、一族まとめて逮捕され投獄されたというニュースでどこも話は持ち切り。
ならばガレオンも噂になるわけで。
そこで誰もが思い出すのだ。
ガレオンの家がどんな家かを。
ガレオンの家の「本家」を。
アウル公爵家を本家に持つオウル伯爵家は、本家の持つ役割を分担している。
具体的には、司法の実権を担っている。
そこで必要となるのは諜報やら何やら、とにかく秘密の多い貴族家の裏を探る手段だ。
けれど社交で親しくなったら全てが分かるわけではない。
複雑に絡み合う関係を紐解いていき、可能な限り裏を知る。
それがオウル伯爵家の役目。
だからガレオンは、親の指示で動いた。
わたくしはそう見ていた。
ガレオンの目はどこまでも冷静だった。
端から見れば情熱的にペントラゴン子爵令嬢を口説いていたかもしれないけれど、その芯はひどく無感情だった。
だからわたくしは不安に思わなかった。
だって、そういうこともあると聞いていたから。
それに、お互いの本家が動かないならそういうこと。
わたくしたちの婚約は、お互いが結び付くことによる利益を考えてのもの。
平民のように、恋愛を経てだとかそういったものではない。
だからこそ、本家や親は、予定外が起これば動く。
けれど誰も動かなかった。
ガレオンの行動を是としたのだ。
ならばわたくしも是として予定通りにすべきだった。
ここで我を通すほど幼いとなれば、その時点でガレオンの妻になどなれない。
……わたくしとて、寂しい思いはしたわ。
でも、仕事だと分かっているのに、嘴を突っ込むなんてみっともない。
それにガレオンだってしたくもないことをしているのに。
わたくしがそこで堪えきれないと行動してしまったら何もかもが終わりだわ。
計算が崩れてしまうじゃない。
そういった計算を分かっている家がそれなりにいたから「いじめのうわさ」は密やかだったというわけ。
子爵令嬢が流している噂だとは知っていたわ。
そうすればよりガレオンの寵愛を得られると思っていたのね。
実際には欠片ほどの愛もなかったわけだけれど。
子爵令嬢を見つめる目は多かったのじゃないかしら。
敢えてああいった行動の対象にされているということは何かある、じゃあ何がある?という好奇心。
その好奇心を悟られまいと感情を殺した瞳が幾対も彼女を見ていたことでしょう。
それを、物語の主人公を羨む視線だと彼女は勘違いしたのでしょうね。
おめでたいこと。
今頃は尋問官の尋問に泣き叫んでいるところかしら。
彼女は大した情報を持ち合わせていないでしょうけれど、まあ、分からないものだものね。
絞れる情報は最後まで。
オリーブの油だって、最後の一滴まできっちり絞られるものよ。
「マチルダ」
低く、穏やかな声が私の耳を心地よく刺激した。
「ガレオン」
「今日、きみの屋敷に、三か月分の手紙が届く。
もし届いたら何の花でもいいから一輪だけ送ってくれ」
「まあ。返事も待てませんの?」
「ああ。不本意な時間のご褒美が欲しい」
わたくしを見つめるガレオンの瞳はどこか熱を持っている。
そう、この眼差しだけはあの三か月でも変わらなかった。変われなかった。
その瞳だけは嘘をつかないから全て信じて任せたのよ。
ねえ?愛しい婚約者さん。