第1章 〜鉄火の風の出会い〜
鉄火市。その名の通り、熱気を帯びた鉄鋼の煙と、夜な夜などこかで上がる怒号が混ざり合う街。この街の片隅で、司と明はそれぞれの日常を送っていた。
司は、まるで風のように現れて、嵐のように過ぎ去る男だった。喧嘩の才能は天賦の才。相手の動きを瞬時に見抜き、最小限の力で最大の効果を生む。その動きは洗練され、無駄がなく、まるで武道の達人のようだった。街のチンピラたちは、彼の姿を見かけるだけで道を空けた。誰もが、あの鋭い眼光と、一瞬で勝負を決める速さを知っていたからだ。
一方、明はどこにでもいるような普通の若者だった。体格も並、運動神経も平均。喧嘩は決して得意ではなかった。むしろ、できることなら避けて通りたいと思っていた。しかし、正義感だけは人一倍強く、困っている人を見ると、つい首を突っ込んでしまうのが彼の悪い癖だった。そして、その度に痛い目を見るのだが、懲りることはなかった。
ある夜、明はいつものように帰り道を急いでいた。鉄火市の裏路地は暗く、時折聞こえる猫の鳴き声が不気味さを増幅させる。その時、前方から若い男たちの怒鳴り声が聞こえてきた。どうやら、金銭トラブルのようだった。見過ごすことができなかった明は、意を決して声のする方へ近づいた。
「やめろ!」
明の声に、男たちは一斉に振り返った。その中には、明らかに明よりも体格の良い男が数人いた。彼らは明を馬鹿にしたように笑い始めた。
「なんだ、お前は? 関係ねえだろ、引っ込んでろ!」
明は言葉に詰まった。どう考えても勝ち目はない。それでも、助けを求めている様子の男を見捨てることができなかった。
その時だった。背後から、低いけれど、相手を威圧するような声が響いた。
「おい、そいつに手を出すな。」
振り返ると、そこに立っていたのは司だった。黒いジャケットを羽織り、静かに男たちを見据えている。その瞳には、獲物を狙う獣のような鋭い光が宿っていた。
男たちは、司の姿を認めると、明らかに動揺した。先ほどまでの威勢はどこへやら、互いに顔を見合わせ、そそくさとその場を立ち去っていった。
後に残された明は、ただただ呆然と司を見つめていた。司は何も言わず、軽く頷くと、夜の闇の中に消えていった。
「あれが…喧嘩の天才、司か…」
明は、初めて間近で見た司の強さに、言葉を失っていた。そして、自分の無力さを改めて痛感したのだった。