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時空魔女マリン嬢の回想日記 セカンド  作者: 南瀬匡躬


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3/3

番外話 野毛番外地-酒飲みねえ! ヤキモチ食いねえ! 野毛ネコ-

 横浜の飲み屋街、繁華街と言えば野毛である。桜木町から日ノ出町の間にある飲み屋街。ショッピングタウンの伊勢佐木町からも近い。

 逢野探偵事務所からは少々距離があって、根岸線で駅ふたつ分離れている。新春飲み比べ大会の始まる野毛に向かって歩く人並み。そんな準備が始まる夕刻ごろ、野毛と日ノ出町の間にある川沿いのイタリアン・バルに急ぐ顎のしゃくれた、ゲジゲジ眉毛の探偵がいた。

「先生!」

「ん?」

 その探偵、逢野安間朗おうのやすまろうは夕暮れの人並み行き交う通りで声をかけられた。ちょうど桜木町のぴおシティというショッピングセンターの前に差し掛かった辺りだ。この道をまっすぐ行けば京急日ノ出町の駅に突き当たる。

 そこにはショールの上からマフラーも巻いたウエーブ髪の女性が立っていた。

「やあ、ユカさん」

 逢野はすぐにその女性が誰なのかが分かった。そう清水ユカ、いかにもセンスの良い清楚系で攻める夜のお仕事の人だ。

「もう、いつ電話してもお留守なんですもの。依頼に行こうとしてもダメだわ。営業時間ぐらい事務所にいてくれないと依頼ができません」

 少しすねたような表情に潤んだ瞳でじっと逢野を見つめるユカ。

「すみません。一人で仕事を回している事務所なもので……」

 ひとり、という言葉に少し機嫌を良くしたように見えるユカ。相変わらず、口元の緩みを除けば、彼の瞳をじっと潤んだ瞳で無言のまま見つめている。

『まずいまずい。この瞳で見つめられたら、すっかりのめり込んでしまう。仕事モードに意識を切り替えるぞ』

 逢野は自制心を自ずから奮い立たせて、気持ちをしっかりさせる殊勝な心持ちをした。だがそれとは裏腹にかなりの美形女性のユカの瞳にやられそうで、目玉がハート型に変わりつつある表情だった。彼は自分がモテないことを自覚している。それ故、お酒に呑まれることはあっても、女で身を崩すことだけはないタイプだ。だがほんの少しだけカワイ子ちゃんには弱いところもある。


「ねえ先生。お時間があればちょっと一杯引っかけに行きません。私、時間もあるし、ご馳走いたしますわ」

 軽く彼の頬をちょんと人差し指で優しく押してみる。そしてふわりとしたスカートを翻し、謎の笑みを浮かべるユカ。夜の女性の魅力的な一面だ。

「ううん……」

 結構歯切れの悪い逢野。今彼の脳裏に浮かんでいるのは、なんと面白いことに青空麻鈴(あおぞらまりん)の顔なのだ。小娘と呼び、じゃじゃ馬と呼び、出しゃばりと呼んでいるあの階下で雑貨店を営む二十代中頃の女店主だ。

 だが彼女に完全に飼い慣らされているとしか思えない、この逢野の思考回路に傍から見れば笑いしかない。このマゾヒスティックなまでの思考回路を自分で自覚してないところが笑えるのだ。


 もたついた会話で佇んでいると、そこに通りがかった女性がもう一人。

「あらセンセイ?」

 ショートのボブヘアで快活な女性。バンダナをヘアバンド代わりに巻いてミニスカートで買い物エコバッグをぶら下げている。

「黒駒さん!」

 どうやらこちらもそこそこの美女である。スナック山梨のママだ。

「もう愛佳って呼んで下さいな。いつも言っているでしょう」

 ソフトタッチで彼の肩を撫でる。ちょうどジャケットの襟の返しに反って首筋をだ。

 あわててピョンと跳びはねてその場で立ち位置をずらした逢野。

「もうウブなのねえ」と笑う愛佳。


 その姿を見て面白くないのがユカだ。先に自分が声をかけて誘っていたのに、と言うことだろう。

「ちょっと、そこの()()()()()()()。先生は私と呑みに行くのよ。邪魔しないで頂戴」

「おや、アタシとセンセイの仲を見てヤキモチかい? みっともないね、女の嫉妬は……」

「何言ってんのよ。あんたのやっているのは客引き。あたしのは自由恋愛だよ」とユカ。

「それは私も同じさ。アンタのようなあばずれは馬に蹴られてどっか行っちゃいな!」

 野毛の歓楽街の入口で口論を始めた二人にオドオドする逢野。

「ちょっと二人とも、ここ往来だから」とたしなめる。

「先生は黙っていて。今この女とかたをつけてお店にご案内するから」とユカ。

「そうよ。二人の甘い時間はこのあとで」と逢野に振り返ってウインクする愛佳。


 女二人が血走った目をさせてにらみ合っていると、そっと傍らから逢野の袖を軽く引っ張る者がいた。逢野はそのまま引っ張られて、路地裏に引き込まれる。いつものジャンパスカートに、ヘアバンド姿でニコニコしている。

「麻鈴!」

「しっ」と指一本を逢野の口元に押しつける麻鈴。

 そのままの姿勢で逢野に、「良いところに通りかかったでしょう。危うく飲み屋のいいカモにされるところでしたよ。いつもの居酒屋で、横で私がお酌してあげるから帰りましょう」と笑う麻鈴。

「うん」とすっかり麻鈴に飼い慣らされている逢野。使い魔で飼い猫のサリーとほぼ立場が変わらない。カルカンがお酒に変わっただけのことだ。麻鈴に喉をゴロゴロされていない分だけ、こっちの方が扱いは上である。

「さあ行くわよ。石川町までひとっ飛びね」

 そう言って手に持っていた箒に座ると、逢野も座らせる。彼の手を自分の腰に回させて、しっかりと掴まらせた。

「しっかりと持っていてね」と麻鈴。

 そして「えぃ」とかけ声をかけると箒は真上に、地面と垂直に物凄いスピードで青い空へと舞い上がった。

「うわあ!」と麻鈴にしがみつく逢野。半べそ状態だ。

「うふふ、抱きしめられちゃった」とまんざらでもない麻鈴。

 ほんの数分で事務所の前にやって来ると麻鈴は、間髪入れずに逢野の口に金平糖を放り込んだ。無論魔法の忘れ薬だ。

「ん。オレ何で石川町に戻っているんだ」

「さあ、立って寝てたんじゃない」と知らん顔の麻鈴。

 麻鈴はチャッピー先輩から受け継いだ魔法のバトンをくるりと振って、逢野の背中に貼り紙をした。()()()()()()()はそのまま隣の縄のれんに麻鈴に連れられて入っていった。

「おめでとうございます。今年もご贔屓に!」

 大将の声はいつもながらで、新年も張りのある声だった。

 そしてその麻鈴が魔法で出した逢野の背中に貼った紙には『売約済み 青空麻鈴』と書いてあった。



 一方のユカと愛佳はいなくなった逢野に気付くが、時既に遅し。『逃げられた!』と二人は同時に思った。ため息ひとつで出直しのサインである両者。

 仕方なくユカと愛佳は仲直りして目の前にあった『荒神山』という居酒屋で乾杯していた。そして「くいねえ、くいねえ、寿司食いねえ」とどちらが言うのかは時間の問題であった。

 わっかるかなあ? (笑)と松鶴家千とせばりに次郎長の末裔たちであるこの女性二人にエールを送ったのは、麻鈴においてけぼりをくった黒猫のサリーだった。

「それにしても、あのゲジゲジ眉毛を乗せてオレを置いていくのかよ、麻鈴。これは金色のカルカンで手を打つしかないな」

 お後がよろしいようで。





追記 次回は最終回、「港の見える丘公園三丁目」は春頃になります。本年もよろしくお願いします。     作者

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