苦恋【第1話】
あれは僕が24歳のころ。
僕はいつも通り、今日も憂鬱で退屈な1日が始まる。
そう思いながら歩いて会社に向かっていた。
会社に行くには大きな交差点を渡る必要があった。
しっかり左右確認し、歩行者信号が青になったのも
認識したので、いつも通り渡ろうとした。
だが、僕はそこで大型トラックにはねられた。
はねられる直前、今までの思い出が走馬灯のように
僕の目の前をスクリーンに映し出した映画みたく
駆け抜けていった。
僕は走馬灯とはこういうことか、と思った直後
生きていて1番の激痛を味わった。
ザラザラしたアスファルトでのたうちまわった。
力を振り絞り目をかすかにあけてみた。
その光景は今でもしっかり覚えている。
フロントガラスが全て割れ、大破した大型トラック。
地面に流れる僕の大量の血液。
とても衝撃的な光景だった。
その後周りの人たちの「誰が救急車呼べよ!」や
「きゃー!」「すごい事故だなぁ…。」といった
ざわめく声が聞こえてきた。
それを聞いた直後、僕は意識を失った。
目を覚ますと、病院のベッドの上だった。
冷たい白のシーツの感覚を今でも覚えている。
それと同時に自分は今生きているのか。
それとも、ここが死後の世界なのかと
自分の生死もまだ理解が追いついていなかった。
内心あたふたしていると先生がやってきた。
「佐藤さんですね。ようやく目を覚ましましたか。」
男の先生でメガネをかけ髭が濃くて大きい人だった。
「あ、はい、あの、僕は生きているんですか?」
僕はそう先生に問いかけた。
「はい、あの事故の後なんとか一命をとりとめました。ですが…」
先生は視線を床に落とし、表情も少し暗くなった。
「ですが、な、なんでしょうか?」
僕はとにかく先生の様子が心配になり問いかけた。
すると、先生から衝撃的なひと言を言われた。
「下半身がこれから先、一生使えなくなりました。」
僕は一瞬、頭の中が真っ白になった。
そしてその後下半身を動かしてみるが
麻痺しているのか、不思議な感覚で全く動かない。
どうやらあの事故で、命は助かったが下半身の機能が
なくなってしまったというのだ。
不安そうな僕の顔に視線を移して先生はこう言った。
「これからは車椅子生活になります。不安もたくさんだと思いますが、リハビリなどをして少しでも動かせるように頑張っていきましょう。」
そう言った後の先生の少し微笑んだ顔に
僕は安心して、少し不安がなくなった気がした。
「はい。わかりました。ありがとうございました。」
そう僕が言うと先生は病室から出ていった。
下半身が使えなくなるという絶望はあったが
命が助かった、という希望がとても大きかった。
その後半年入院して、退院した。
あの事故の処理などもなんとか終えた。
そして半年ぶりに出社した。
社内はもちろんすぐ僕の話題になった。
仲のいい同僚からの「大丈夫だったか?」や
「助かってよかったな!」などの心配の声。
「車椅子生活かぁ…我々も支えていくから、お互い頑張ろうね。」といった上司からの声があった。
しばらくは僕の話題で持ちきりだった。
そしてそのとき、僕は独身でよかったと思った。
もしあのとき妻がいたら、高確率で離婚を
切り出されていたり、これからの生活で数多くの
迷惑や負担をかけていたかもしれない。
だからこそ、独身で救われたと思った。
だが僕には結婚願望も少なからずあった。
だけど、今は完全に車椅子生活になってしまった。
今更、僕を好きになる相手が現れる可能性は低い。
そう思い、僕は仕事にとりかかった。
その数ヶ月後、4月になり入社式になった。
そこでひとりの21歳の女性が入ってきた。
名前は所川さん。
少し長い髪で身長は僕より少し小さく美脚な人。
僕は、ほんの少しだけ気になっていた。
そしてまさかの僕の隣の席になった。
それから僕と所川さんはよく話すようになり
お互い、ショッピングや旅行などの共通の趣味なども
見つかり、僕は完全に所川さんに好意を抱いていた。
だが、所川さんが入社して2ヶ月、6月のこと。
突然、会社に所川さんが来なくなった。
体調不良かなと僕は思っていた。
だが、1週間、1ヶ月、3ヶ月、年が明けても
また入社式があっても、所川さんは来なかった。
僕は所川さんを心配していたが、仕事が忙しく
詳しいことがわからぬまま日々を過ごしていった。
そして6月、所川さんがいなくなって1年が経ったとき
突然、所川さんが出社してきた。
周りは所川さんの1年ぶりの出社のことでざわついた。
席が隣だった僕は、思い切って聞いてみた。
「所川さん、久々だね。丸1年会社に来ないなんて。きっと理由があるんでしょ?言えたらでいいんだ。どうして1年も会社に来なかったのかな?」
僕は勇気を振り絞って聞いてみた。
そしたら驚きの答えが返ってきた。
「心配かけてごめんなさい。実は私、肺がんで余命があと半年しかないんです。だけどなんとか薬で誤魔化して残りを退院して普通に病院の外で過ごせるみたいで、なので死ぬまでに普通に日常を過ごしたいなって。」
僕は、気がついたら涙をこぼしていた。