父王に婚約者を略奪されまして〜愛をもって復讐してみせよう〜
わたしの目の前には女性が一人、骸になって横たわっていた。
琥珀色の髪は乱れ、輝くオレンジ色の瞳からは光が消えていた。
血溜まりの量から既に絶命している。
心臓を一突きだった。
父王の持つ剣からは血が滴り落ちている。
「王よ、ご乱心なされましたか!」
「王妃をなぜお斬りになったのです!これでは王妃の実家であるクルベリア国に何と報告すれば……」
家臣達も動揺を隠せないでいる。
静けさとどよめきが広間を覆った。
「他の男に色目を使うあばずれ女など王妃として不要だ」
今日はわたしが戦場から帰った報告をする場だった。
それがいっきに凄惨な殺人現場となった。
「父上、これはあまりに無体な仕打ちではありませんか」
わたしも思わず発言した。
「片付けておけ。親元には離縁し自害したと伝えろ」
冷たく命じる残虐な父王は玉座の間から退室していった。
わたしは玉座に駆け寄り自分の外套を王妃にかけた。
魂の抜けた青く真っ白な肌からは温もりが消えていく。
わたしは優しく骸を抱きかかえる。
「コーネリアス殿下、穢となります。後のことは我々にお任せを」
近くにいた大臣が駆け寄って哀れみの目を向ける。
「いえ、短い間でしたがわたしの義理の母です。わたしが責任をもって対応致します」
わたしは平静を装いながら、一歩また一歩と玉座の間から退室する。
ざわざわと小声で囁やく声が聞こえる。
「まさか王太子殿下の婚約者様を王妃にした挙げ句、王妃になって二か月で惨殺されようとは」
「王妃様が色目と言われても仕方ない。王太子様とは仲睦まじかったからな」
「王太子様が戦場へご出立されてからの婚約破棄とご結婚だったんですもの、殿下がお可哀想で……」
家臣達の声がわたしの心を蝕んでいく。
憎しみと絶望が自分の感情を支配していった。
***
気づけば城の地下聖堂に祀られた神の像の前にわたしは立ち竦んでいた。亡骸を抱き、あてもなく彷徨ったというのが正しい表現なのかもしれない。
ランタンを片手に聖堂の扉が浮き上がって見えた。
重厚な扉には、天国と地獄のレリーフが刻まれていた。それが一層不気味さを演出していた。
子どもの頃、この地下聖堂に封印された神の使徒がいると聞いた。
『死を司る天使。復讐を遂げる願いを叶えてくれるが、代償は依頼主の幸せを糧にする』
神の使徒であれば平和的に万事許す考えを主張すべきなのだ。
復讐を斡旋するなど愚かな行為であると、神の怒りに触れてこの地に留めおかれたそうだ。
しかし今のわたしにはそんな復讐の代行者と名乗る神の使徒ですら、すがりたい一心だった。
ゆっくりと扉を開けると中は無人のはずなのに、人ともいえぬ気配があった。
光の玉が自分の前にふわふわと浮いているのに気付いた。
それはまるで蛍のような青白い光を放っていた。
「貴殿が復讐の代行者、神の使徒ですか」
わたしは火の玉のようなそれに、話しかけてみる。
神の使徒というには少し無機質な形だった。
青白い丸く光る物体は、わたしの声に反応した。
人の形となり黒い両翼の羽をもつ女性はわたしを見つめた。
背中まで伸びた金色のウェーブの髪に金色の瞳。
あまりにも整いすぎた相貌は人ではないと感じた。
「これはこれは、バルベア国コーネリアス王太子殿下。このような陰気な場所においでとは」
わたしは何と声をかけたものか迷った。
まさか本当に実在するとは……。
「憤怒の形相で如何された」
美しくも妖艶な天使は面白そうな顔をする。
わたしが抱いた骸を一瞥し、したり顔を見せる。
「貴殿は依頼主の幸せを代価にして復讐を果たす堕天使だと伺った」
「堕天使とは言われようだな。わたしの仕事は少々、汚れ仕事が多いだけだ」
神の使徒の美しさに魅入られそうになりながら、必死で懇願する。
「我が復讐に力を貸してほしい。わたしの幸せの全てを貴殿に捧げたい」
「いい覚悟だ。ちょうど退屈していた所だ」
「ご協力頂けるのですか」
「ただし条件がある。エーテルのままでは、この土地に束縛され活動に支障がでる。せっかくだ。その屍が傷まぬ内に受肉してもよいか?」
「亡骸に宿るのですか?」
わたしは言われるがまま、祭壇に亡骸を横たわらせた。
「我が名はリヴァイヴァル。死と再生を司る者ぞ」
その神の使徒はロベリアの亡骸に手をかざした。
亡骸が虹色に輝いたかと思ったその時、ロベリアは立ち上がった。
頬と唇は血色が戻る。先程まで冷たくなった身体に人肌の温もりが戻ってきた。
「わたしの慈悲という名の手心で地獄の道案内をしてご覧にいれよう」
リヴァイヴァルは嬉々とした眼差しでわたしを見つめるのだった。
***
王城に神の使徒が来てから、それは賑やかであり微笑ましい生活が送れた。
「わたしを誰だと思っている。人類誕生の時からいる神の使徒だぞ」
「ですから、敬い奉っているではありませんか」
「これは敬っているのではない。介護だ。食事くらい自分で食べられる」
スープをすくった匙を口元に当てた時だ。
パシリと手を払いのけられた。
「人類誕生の時から存在されているんですから、十分年齢相応ではありませんか。食事のお手伝いくらいせねば」
「それだけではない。馬車の乗り降りする時のエスコートは百歩譲って良しとしよう。だが歩けるのに横抱きにする、本は読み聞かせる、座っていればずっと傍にいるのは鬱陶しい」
「亡骸であった身体には日常の営みは酷なのではと思い。脳にダメージがあれば、すぐにお手伝いするべく」
ロベリアが生き返ったことは国王には内密にされていた。
事件があってすぐだ。
父王は皆の前で王妃惨殺と離婚を告げたのだ。
今、ロベリアと対面させるわけにいかないと誰もが思っていた。
ロベリアの蘇生は高名な医者により奇跡の生還を果たしたことになっている。
魂こそ別物だが、傍からみたらロベリアは生きており、それを世話する元婚約者ととれるだろう。
「甲斐甲斐しいにも程がある。この数週間、わたしには拷問だ」
「わたしの幸せを代償に復讐に助力して頂けるのでしょう?あなたのお世話がわたしの幸せなのです。さぁわたしの幸せを存分に糧にして頂きたい」
「既に胸焼けの域だ。大体、わたしは人形ではない!!構いすぎだ!!妙齢の肉体に不要だろう。我が天恵により身体のダメージはリセットした。あまりにしつこいと復讐を果たす前にお前を殺すぞ」
「あなたの手で殺してくれるなら本望です」
あぁ言えばこぅ言うという問答を毎日繰り広げていた。
わたしはなかなか張り合いがあって楽しい。
「お前というやつは!!」
「わたしにとってあなたはかけがえのない存在なのです」
「それはリヴァイヴァルとして?この身体の持ち主、ロベリア嬢として?」
「何でそんなことを聞くんです?」
「お前といると調子が狂う。このままではわたしがどうにかなってしまう!!」
「わたしの幸せを代償に復讐を手伝ってくれるのでは?」
リヴァイヴァルはわたしを睨みつける。
「リヴァイヴァル様はわたしの元婚約者に受肉した。それだけでも幸せだ。わたしの命が尽きるまで、ずっと傍にいてくれるのかと思ったのですが」
「貴様、既に復讐する気は失せているだろう。こんな甘ったるい生活を何年もしてたまるか!!」
「それは困ります。神の使徒と名乗るのですから、約束は守って頂かないと。せめて復讐が終わるその時までお付き合い頂きたいのですが」
「父親の寿命が尽きるまで、待とうと思っていないか?」
「まさか!」
あははっと笑ってみせるが……。
「図星だろう」
なかなか鋭い。
「くそっ!!このままでは、わたしの心が囚われてしまう」
「どういうことです?」
「黙れ!!付き合いきれんと言っている!!」
神の使徒だというのに、感情の起伏があって見ていて楽しい。
何とかして構いたくなってしまうのだから。
***
リヴァイヴァルはわたしの目の前に二度と姿をみせなくなった。
リヴァイヴァルが消えた日、父王は心臓発作で急逝した。
リヴァイヴァルの仕業であると察しがついた。
ロベリアの心臓を貫いた父王は報いを受けたのだ。
思えば父王も可哀想な人なのだ。
愛しかたが分からない不器用な人だった。
我が亡き母とは政略結婚だった。
仲は完全に冷えていた。
故にわたしとロベリアの仲の良さに嫉妬したのだろう。わたしが遠征中に婚約破棄し、結婚してしまったのだから。
わたしと同じ愛情、温かい眼差しを自分に向けてくれると思ったのだろう。
この世は因果応報だ。
報いは自分にかえってくる。
父王はリヴァイヴァルに地獄へと案内されたのだろうか。
わたしは自分の手を汚さず、家臣の心情を逆撫でせずノーリスクで我が復讐を全うしようとしただけなのだ。
リヴァイヴァルが婚約者であるロベリアに受肉し、本当に生き返ったのだから驚きだ。
これはわたしにとって予定外だった。
父王を殺す気でいた復讐心はいっきに冷めた。
わたしは仲睦まじい様子を噂だけでも時間をかけて父王の耳に入れば良いと思ったのだ。
わたしにとって、幸せである様子を見せつけるのが復讐だったのだが。
こんなことで匙を投げるとは。
忍耐力に欠ける神の使徒様だった。
リヴァイヴァルは約束を途中放棄した代償に、ロベリアの魂を肉体に吹き込んでくれた。
おかげでロベリアは生き返り、晴れて我が王妃にとなったわけだが。
リヴァイヴァルはわたしが死んだ時も、地獄の道案内をしてくれるだろうか。
もし会えたなら、リヴァイヴァルに出会えた感謝の礼をしなければ。
***