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5話 ヨハンの話

 ヨハンは自分のデスクに戻り、フェリーシアはその向かいのデスクに座った。二人にウォルシュがお茶を持ってきてくれた。

「ごめんなさい。ここ、あなたの席でしょ」

「いえいえ、お気になさらず、お使いください。他にも空いたデスクはありますから、、。あの、、私はここにいても、かまわないでしょうか」

「もちろんよ、私がここに押しかけて来ているのだから」

「フェリーシア様のお席を、こちらにもご用意しないといけませんね。ベイン室長はずっと巡視チーム室にいらっしゃるので、、チーム長の席が、、ないのです」

「私も行ったり来たりだと思うから、、ここに空いたデスクがあるのなら、ここでもいいのよ。特別に作る必要はないわ」

 ウォルシュは恐縮しつつお茶を置くと、少し離れたデスクに資料を持って行って座った。


「さて、ヨハン、、少しあなたの昔話を聞きたいのだけれど、、、いいかしら」

「ああ、もちろんだよ。何が役に立つかわからないからね、、。でも今のところ、役に立ちそうなことは、、なかったよ」

 ヨハンは残念そうな表情で言った。

 ヨハンの表情とは裏腹にフェリーシアは、今はヨハンが過去を振り返って話せることに、少しホッとしていた。以前の彼からすれば隔世の差だ。フェリーシアはゆっくりと質問を始めた。

「まず、あなたの生まれは、どこなのかしら?」

 フェリーシアとしては結構ド・ストレートな質問だった。というのも、ヨハンはもともと、神仙峯の人間ではないかと思っているからだ。歪の橋を行き来できているのもそうだが、それよりもずっと以前から、フェリーシアの中で引っかかっていることがあった。それは、彼の髪色だった。デュッセルン村のシモンの家で初めて彼に会った時、リルネと同じ珍しい色だなあと思った。その時はそれだけだったが、その後神仙峯で尊師様に会った時に、あの赤朽葉色の髪は遺伝なんだと知った。そして今、目の前にいるヨハンも、リルネより少し淡い色ではあるが、彼女と同じ赤朽葉色の髪を持っている。そして、老師様の話では、尊師様には二人子どもがいたという。

「ボクの生まれはジムヨーク州の郊外だよ。ジムヨーク州でも南部のほうでね、。南部は森が多くて自然に囲まれている。その中の、フォートルという町だよ。ボクはその町で生まれ育ったんだ」

 ヨハンはフェリーシアが考えていたのとは違う答えを返してきたが、それも想定内とフェリーシアは冷静に聞いていた。そしてヨハンの認識が事実かどうかは、まだわからないと思っている。が、まずはヨハンにとっての真実を聞かなくては、話は始まらない。

「あなたはベルフォンヌ氏の一人息子だったの?」

「うん。あ、、たぶんね。ずっとひとりっ子として育てられてきたから、そうだと思っていたけど、両親に確かめたことはないよ。そうだね、、流産、、とか、あったのかもしれない。年齢がいってからの子どもだったから」

「ベルフォンヌ夫妻は、ずっとフォートルにいらっしゃったの?」

「うん、そこで結婚したんだよ。父はフォートル出身で、母はジムヨーク州の違う町から来た人。大学で知り合ったって言ったかな、、」

 フェリーシアはヨハンの認識を理解しようと、話を進めた。

「あなたが初めて隠遁者と思われる人物を見たのは、いくつぐらいの時?」

「フォートルを出て今の選挙区に移る直前くらいだから、、ボクが小学生の時だと思う。ここから先はベイン室長にも話した話だから、文章にもなっているよ」

「そうね、私がまだきちんと目を通していなくて、、二度聞きになるけど、許してね」

「ああ、それはかまわないよ」

「以前、、あれは、あなたが解放された後、レストランで話をした時かしら、、、ベルフォンヌ氏が隠遁者グループと接触し始めてから、夜、帰りが遅くなったと言っていたわね、、」

「うん、そうだね。引越しは選挙のためだったし、政治家になるために、立候補前提で活動していたみたいだったから、帰りは毎日のように遅かったけど、、。えーと、、彼らを見たのは、父を車で何回か送ってきた時なんだ。黒塗の車で、気分よさげに酔っぱらった父を家まで送ってきた。彼らの家で飲んだらしいんだ。それは家に入ってから母にそう言っていた。それから、ライアン前知事が一緒に乗っていたことも数回あった。彼が知事になる前だから、、ずいぶん前から親しかったみたい」

 なるほど、ここの裏付けが取れないということなのか、、とフェリーシアは思った。おそらくここは掘り下げても、新しいことは出てこないだろう。少し質問を変えた。

「そういえば、中学の時と言ったかしら、針の先生に弟子入りしたって、、」

 フェリーシアは、その人物が神仙峯の人間ではないかとみている。ヨハンがして見せた針治療の腕は大したものだった。ここエイマリアでも、十分通用する腕前だ。

「ああ、チェン先生、、。チェン先生は、、何だろう、、、ボクの育ての親みたいな存在かな。ボクに大切なことをいろいろ教えてくれた人なんだ」

 フェリーシアの中に緊張が走った。チェン先生、、どこかで聞いたことのある名前だ。姓だけでは何とも言えないが、確かに、以前、どこかで聞いている、、。

「チェン先生って、どういう方なの?」

「そうだな、、、何でも知っている博識な人だよ、、。ボクは小さい頃身体が弱くて、よく風邪を引いて寝込んでいたんだ。そんな時、薬を処方してくれたのが、チェン先生。医者だけど、ちょっと変わっていて、自分でクリニックを開かず、、いやそれどころか、町にすら住まないで森で生活しているんだ。自分で野菜を作って暮らしている。薬草の知識もあって、薬を調合することもできるし、もちろん針で治療もするし、、。だからボクはいつもチェン先生に診てもらっていたんだよ。幼い頃はチェン先生に憧れて、医者になりたいとも思っていた」

 ヨハンはさっきとはうって変わって、表情がやわらかく楽しそうに話している。

「それはフォートルでのこと?」

「うん、、チェン先生はフォートルの森に住んでいるから」

 ヨハンはなつかしそうに言う。

「チェン先生って、、、もしかして、、あなたを、旧大陸に送った人、、?」

 ヨハンのなつかしげな目線が急に止まった。フェリーシアはヨハンの返答を待ったが、返事に逡巡している様子が見て取れた。

「それは、、、チェン先生に、、そのことは誰にも話してはいけないと言われていたんだけど、、。でも、、君とは向こうで会っているんだから、、、、今さらだよね、、。隠しても意味がないね、、」

「ちょっと待って、場所を変えましょう」

 そう言ってフェリーシアは、ヨハンを伴って隣の応接室へと入って行った。小さな声は隣に響かないというが、念のためだ。

 歪の橋のことは、エイマリアではごく一部の人間しか知らない。ウォルシュも含め、巡視チームのベテランたちは知っている。しかし巡視チーム内でも他の者は知らない。それくらいの機密事項なのだから、外部においてはなおさらだ。

 それは神仙峯でも同じで、峯の住民たち皆が知っているわけではない。歪の橋、それに関わっている者たちには守秘義務が課せられている。それは橋を行き来する者の安全を守るためでもあり、また、時空を超え歴史に干渉するという厳然たる事実に対する覚悟、そういう共通認識があった。

「あなたはどうやって旧大陸へ行ったの」

 応接室に入るや否やフェリーシアは聞いた。

 ヨハンはほんの一瞬ためらったが、意を決したようにボソボソと話し出した。

「チェン先生は、ボクが精神的に追い詰められた時、それをひどく心配して、遠い所へ逃がしてあげるから、自分を試すと思って頑張って来てごらんって言って、ボクをある港から船に乗せたんだ。チェン先生はその時ボクにこう言った。『この船は、一部の人たちの間で旧大陸と呼ばれる場所に向かう船だよ。向かう先は、時間の橋を超えるから過去の土地になる。私は君に生きる力を授け教えてきたつもりだ。君は聡く優しく、そして、芯は強い。初めての土地でも生きていけるはずだ。何でもしたいことをしてみなさい。医者になりたければ医者でもいい。人を治療するのもいいし薬草を育てるのもいい。知識を与える仕事、教授にだってなれるだろう、、。今の君なら、あそこでは何でもできるはずだ。君の生きる力を存分に発揮してきなさい』、、、チェン先生はそう言ってボクを船に乗せて送り出した、、」

 ヨハンはつい昨日のことかのように話した。

 フェリーシアはヨハンの話を聞きながら、確信した。チェン先生は神仙峯の人、それも相当地位のある人、、そう思い出した、以前、老師様が話されていた、、。

「でも、あなたはエッジスタートでは誰にも知られていなかったみたいだけど、、向こうに着いた後、どうしていたの、、?」

「それは先生に注意を受けていたんだ、、。本来なら、渡航の手続きを取らないといけないらしいけど、ボクは、緊急事態なので密航という形を取ると、、。それで、到着するところは今より200年以上昔のエッジスタート国だと、、。ただ、国王はエイマリアから派遣されている人物だから、旧大陸でボクが命の危険にさらされ、どうしても自分で対応しきれない時のみ、彼に保護を求めなさいと言っていた。だた、ボクの存在が国にばれてしまえば、即刻エイマリアに送り返されることになるだろう、、って。だからボクは向こうに着いてから、人目につかないよう船を出て、そのまま、一人で旅を始めたのさ」

 目の前にいるヨハンとデュッセルン村で出会ったヨハンが、徐々に重なってきた。あの時は、ずいぶんか弱そうに見える青年だと思った。しかし治療の腕や薬草の知識など、当時では考えられない技術や情報を持っていた。

「それから旅を始めて、、私たちと出会ったのね、、、」

「うん、そうだね、、。あの村で会った時は、まさかこっちの人だとは思わなかったよ。でも、エッジスタートの人だろうと思っていたから、、ボクのことはあまり知られたくなかったんだ。でも、君からの密使だというエッジスタートの使いが来て、びっくりしたよ、、。君たちにはばれていたんだなと思った」

「そうね、、あの時は、私も一か八かの賭けでエッジスタートに使いを送ったのよ、、確信はなかったわ」

 フェリーシアも当時のことを思い出すと、少々胸が痛む、、が、しかし、、。やはり重大な事実が出て来た。フェリーシアが漠然と思っていた、、勘は、当たっていた。

「それで、その、チェン先生なのだけれど、、その方はフォートルの方なの、、?」

「うう~ん、それはどうだろう、、聞いたことがなかったな、、。ずっとフォートルの森に住んでいる人かと思っていたけど、、。それはわからないな」

「今も同じところにお住まいなのかしら?」

「いや、いなかったよ、、。リルネが無事に戻って来てから、ボクはフォートルに行っていたんだ、先生を訪ねて、、。でも先生は、いなかった、、。ただ、丸太小屋は生活できるようにきちんと整理されていたし、畑も雑草だらけだったけど、まだ使える状態だったよ、、。ボクは数日、そこで過ごしていたんだ、、。だから、先生もまた戻って来ると思うよ」

 フェリーシアは、そのチェン先生なる人物に会わなければいけないと思った。今の自分の任務から見ても、彼に会うことは必要だろう。ベルフォンヌ氏とヨハンとの関わり、なぜヨハンをあそこまで仲間に引き入れようとしていたのか。

 それによくよく考えてみれば、隠遁者たちはヨハンだけでなく、リルネも監禁し洗脳しようとしていた、、。実行犯はジェス・ファーガストンというイカれた中年男だったけれど、それはライアンが情報を流し、ベルフォンヌ氏がジェスをたきつけたからだ。ヨハンに関しても、ベルフォンヌ氏はヨハンが神仙峯生まれだと知り、それを隠遁者たちに伝え、彼を狙った可能性がある。そうだとすると、、その情報元はチェン先生と考えるのが妥当だ。

 ヨハンに、チェン先生と隠遁者たちに何かつながりがあると思うかと、一瞬聞こうとしたが、さすがにそれはやめた。ヨハンを旧大陸に逃がしてくれたチェン先生が、裏で隠遁者たちと繋がっていたなんて、万が一にもそんなことがあったら、ヨハンはまたひどく落ち込むだろう。何の関係もないと思っているからこそ、こうしてチェン先生を慕わしく語っているのだ。

「ヨハン、ありがとう、、。隠遁者たちに迫る視点を変えてみようと思って、いろいろ聞いてみたけれど、、、一度、ベルフォンヌ氏にも会ってみるわ。彼が黙秘しているとしても、こちらの疑問をぶつけてみようと思うの」

「本題からずいぶんそれてしまったみたいだけど、、これでよかったのかな?」

「ええ、今のところは十分よ。また聞きたいことが出てきたら、声をかけるわね」

 フェリーシアはヨハンとともに応接室を出た。


 フェリーシアはヨハンと別れた後、今の任務とは違うことで気持ちがせいだが、深呼吸しつつ気持ちを落ち着かせ、先にしなければならないことを片付けようとした。

 まず、ベインが取ったヨハンの証言書を読み、そして、ベルフォンヌ氏の面会許可を取った。


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