3話 神仙峯担当庁の役人
その頃、リルネはフォーエンを探していた。
今朝、フェリーシアに言ったことは、以前から考えていて、母親のことを調べてみたいと思っていた。そして、もし生きているのなら、会ってみたい。母親がどんな人なのか、、。
今さらではあるが、父や母について気にならなかったのは、ひとえにおじいさんとおばあさんのおかげだった。それだけ自分は大切に育てられ、幸せに暮らしてきたのだ。そこは感謝しかない。二人とも自分の出自については何も話していなかった。今思えば、リルネを寝かしつけるためにベッドでしてくれていた話は、この新大陸や神仙峯の話だったのかもしれない。いつか、二人に会える時に聞いてみよう、いろいろなことを、、。
リルネは、母親探しで再び神仙峯に行くとしても、今回はここで下調べをし、それなりの準備をしてから行こうと思っていた。神仙峯について、尊師について、その家族についてなど、それらを知るためにはどうしたらいいのか、それをフォーエンに聞きたかったのだ。
フォーエンは彼の執務室にいた。
「フォーエンさん、お忙しいところ失礼します。少しご相談したいことがあるんです」
リルネはドアをノックした。
仕事中でも嫌な顔一つせず、フォーエンはリルネを部屋の中へ通し、椅子を用意して真向かいに座った。
「わざわざお越しいただかなくとも、呼んでいただければまいりましたのに。何か、ご不便なことでもございましたか?」
「いいえ、そんなことはありません。とても良くしていただき、おかげさまで元気になりました。本当にありがとうございます」
まずはフォーエンにお礼を言って、本題に移った。
「あの、今日、突然お訪ねしたのは、少々お聞きしたいことがあったからなのです。神仙峯のことなのですが、、」
「はい、何でございましょうか」
彼が、リルネが尊師の娘であることを知っているのかどうかわからなかったので、無難にそこは伏せて、なるべく要点だけを伝えるようにした。
「神仙峯にもう一度行くつもりなのですが、私は、、まだこちらのこと、いわゆる新大陸のことをあまりわかっていなくて、戸惑っています。特に、神仙峯のことを詳しく知りたいのですが、どこでどう調べるのがいいのか、、、それを教えていただきたいと思いまして、、」
「ああ、なるほど、そうでございますか。それはリルネ様の故郷ですから、当然のことでございましょう」
フォーエンはにこやかにそう言うと、しばらくの間考えた。
「そうですね、おそらく、神仙峯担当庁に行かれるのが、一番よいでしょうね、、。歴史的な内容をお知りになりたいのであれば、もちろん王立図書館でお調べになるのがよいでしょうが、、現在の神仙峯のことでしたら、、担当庁に行かれるのがよいでしょう」
「神仙峯担当庁、、、」
「はい。神仙峯は我が国の保護地区という位置づけではございますが、直接行政を敷いているわけではありませんから、行政担当部門はありません。しかし、管理を担当している部署はございます。それが神仙峯担当庁です。ガバナンスは神仙峯自体に任されておりますので、担当庁が直接何かをするということはございません。ただ、保護国としての責任がございますので、きちんと情勢・状況の把握はしておかなければなりません」
「なるほど、なるほど、、」
「少ない人員の部署で、あまり表に出ることはありませんが、リルネ様が行かれると彼らも喜ぶのではないでしょうか」
「はあ、、そうですか、、。そうですと、嬉しいです、、」
リルネは何とも返答に窮し、あやふやな返事をしたが、場所を教えてもらい部屋を出た。
官庁は宮殿横、すなわち議事堂横の大きな建物に入っている。大きいといっても石造りの3階建ての横長の建物で、町の景観にマッチさせている。神仙峯担当庁もそこにあった。
目指す庁室は、1階の廊下の奥にこじんまりとあった。他の庁は複数の部屋を使用して、人の往来も見られるが、神仙峯担当庁の部屋は一つだけだった。それも、とても狭そうだ。
リルネはドアをノックした。
「こんにちは」
中からは何も聞こえず、何の反応も感じられなかった。
「こんにちは。どなたかいらっしゃいますか」
リルネはもう一度ドアをノックして声をかけたが、やはり、何の返答もなかった。おそるおそるドアノブを回し、ドアを押してみた。
するとドアは開き、中に、、静止した人物が二人いた。
二人とも息をしていないかのように、微動だにせず、置物のように椅子に座ったまま、手元の資料を読んでいる。
「あの、、、こんにちは、、、。お仕事中、、申し訳、ありません、、」
リルネは、何か場違いなところに来たようで、恐縮しながら小声で話しかけた。
やっと一人がこっちを見た。
「あ、失礼。考えに集中していて気づきませんでした。ところで、あなたはどちら様ですか?」
リルネは入口で、変わらず小声で、自己紹介をした。
「あ、はい、私はリルネと申します。フェリーシア殿下とともに、エイマリアに来た者です」
リルネを見ている男はしばらく考え、何かを思い出したように急に立ち上がった。
「あ、あなたは、神仙峯のリルネさんですね! ああっ、会いたかったのですよ」
そう言うと、その男は入口まで来てリルネを中へと引き入れた。
「先生! 先生! こちら、あの、以前お話にあった神仙峯のリルネさんです。ご本人が訪ねて来てくださいました」
まだ手元の資料に目を落としているもう一人の男に、彼は半ば興奮気味に話した。
しかし、先生と呼ばれた男はなかなか顔を上げようとしない。
「あ、先生は今、思考の中に没入しておられる。もう少し待っていてくださいね。あと10分で一回目の休憩になりますので、そうすれば、お顔を上げられるでしょう」
そう言うと、その男は窓際のソファにリルネを通し、お茶を出してくれた。そして小声で話し始めた。
「私はエッヒフと申します。あちらにいる方はトナック先生と言いまして、私の大学の大先輩にあたります。最近先生は、歪の橋のメカニズムを解析し、理論的にそれを立証しようとしていらっしゃいまして、ずっとあの様子で、今までの歪の橋が架けられた時間や月の位置や星の位置、太陽との距離など、、諸々のデータを集めて、宇宙空間での任意の座標軸を計算していらっしゃるのです」
リルネは彼が何を言っているのかさっぱりわからなかった。どこかサックセンの修道院にも似た静謐な空気を感じるが、それとは別にアカデミックな雰囲気がこの二人には漂っている。
「あの、、こちらは、神仙峯について、、どのようなお仕事を、されていらっしゃるのですか、、」
リルネも自然、背筋を伸ばし、いく分強張りながら質問する。
「わが神仙峯担当庁は、神仙峯が架ける歪の橋の記録処と言ったところでしょうか。大きな仕事は月一回行われる歪の橋の架橋の記録、船の運航記録、人員も含めたインフラ管理といったところです。昨今では、尊師様の神仙峯開放宣言がございましたので、それに伴い、神仙峯のガバナンスの状況推移も観察しているところではあります」
リルネは、大学ってこういうところなのだろうかと、何とも見当違いな感想を持ちながら話を聞いていた。
「神仙峯の統治機関は現地にありますから、行政に関する権利はこちらには一切ありません。それをオブザーバー的に観察、記録するだけでございます。当庁は行政府内に配置されている官公庁ではありますが、長官もいなく、先生が事務局長、そして私が事務次長でして、予算請求も我々でしております。何と言いますか、、二人でも回せる、そう忙しい部署でもないのです。現地の歪の橋を架ける師範たちは、それはそれは正確に、微塵の乱れもなく任務を遂行されていますので、私たちはそれを見守り、港の管理をするだけです」
「あの、、、神仙峯と連絡を取り合ったりはするのでしょうか」
「もちろん、していますよ。もっぱら私たちは、神仙峯の総務局と連絡を取ります。最近、国王陛下は国定公園にして統治権をはっきりこちらに移譲させてはどうかとおっしゃるのですが、私は、あのように自律性の高い合目的な共同体を、平凡な統治システムの下に組み入れてしまうなんて反対なのです。私たちも、まだこうしてあの土地を見守っていたいのですよ」
その時、小さな鐘がなった。時間を示しているようだった。それとほぼ同時に、机にいた先生が顔をあげた。
「先生、こちら、以前神仙峯の老師様からお招きの要請があったリルネさんです。我々を訪ねて来てくださいました」
エッヒフ次長は、顔を上げたトナック先生に言った。
先生はゆっくりとリルネの方を見て、彼女の存在を脳に焼き付けるかのように観察した。そしてこちらの応接セットの方に来ると、エッヒフ次長の隣に座った。そして、おもむろにしゃべり出した。
「神仙峯は興味深い聖地です。この世界、聖地といわれるところ数々ありますが、あそこほど従来の思想を覆してくれるところはありません。理性はすべてを観察できると考える私に、予想もしない法則をぶつけて来ては、受容を迫ってきます。だから私はあの中の真実を覗いてみたい」
リルネはもうお手上げだった。ダメだ、、、この人たちの言うことは、さっぱり、、何を言っているのかわからない。会話という形でなく、もうこちらから聞きたいことを聞いていくしかない。
「あの、私は、また神仙峯に行くつもりなのですが、尊師様について、教えていただけないでしょうか」
ストレートに聞いた。
「神仙峯について、、まずは尊師様に興味を持たれたのですね」
エッヒフ次長の方が反応した。よかった、先生じゃなくて、、。まだ次長のほうが話しやすい。
「尊師様はあのポジションにつかれて20年は経つでしょう。我々がここで記録を取り始めた時にはもう、歪の橋を架けていらした。彼は歪の刻印を発見し定義づけ、次元超越の資格を意味する仕様にした、謎多き人物です」
う~ん、そう言われると、自分も持っているとはいえ、歪の刻印も不可思議なものに聞こえてくる。しかし、リルネが聞きたいのはそういうことではない。
「あの、、尊師様には、ご家族は、いらっしゃるのでしょうか」
なんとも素っ頓狂な声になってしまったが、リルネはバカだと思われてもいいから、聞きたいことを聞こうとした。
「ご家族、、。はて、考えたことがなかったですね」
一言で終わってしまった。
聖地のリーダーの家族の話など、世俗的な話題は、ここにはそぐわない。はなから興味がないのだ。これでは自分の知りたい情報を得ることはできなさそうだ。
「あ、あの、それでは、神仙峯に行く手配の仕方を教えてくれませんか」
もう下調べはやめた。直接向こうで聞こう。リルネは一般の人が行く方法で、今回は神仙峯に入ろうと思っていた。
「神仙峯訪問ですね。聖地巡礼として旅行会社で定期的に飛行機が出ます。しかしリルネさんでしたら、陛下が飛行機を出してくれるでしょう」
「あ、できましたら、一般の方々が行かれるような方法で行きたいのです、、。公式的な訪問ではなく、私の個人的な訪問でして、、、」
何ともここで母親探しとは、言いづらい。
「しかし、リルネさんは神仙峯では公的なお方かと思いますよ、老師様の招待を受けていた方なのですから。では、私の方から公務用の飛行機をチャーターしましょう。それから、神仙峯総務局のほうへ、宿泊の予約をしておきます」
「ありがとうございます。大変助かります」
リルネは感謝を述べて、早々に部屋を後にした。




