2話 フェリーシアの復帰
朝食後、フェリーシアは国王に呼ばれていた。
「フェリーシア、リルネはもうずいぶん良くなったようだね」
「はい、お父様。本人もすっかり完治したと言っています」
「そうか、それはよかった。それでは、リルネは神仙峯まで行かなくてもよさそうだね」
「さあ、それはどうでしょうか、、。彼女はもともと神仙峯の人ですし、これからのことも考えなければいけませんし、、」
「ん、、それは、どういう意味だ。療養とは別に、リルネは神仙峯に帰りたいと言っているのか?」
「いえ、そこまでは言っていませんが、今は病み上がりで、この先のことをいろいろと考えたいようです」
今はまだ、リルネの朝の言葉は自分の胸の内だけにしまい、彼女が動く時に動きやすいよう選択肢を広げておきたいと思った。
「そうか、、リルネの今後か、、。それも考えないといけないね、、。それでフェリーシア、今朝はまず君のことなんだがね、、。そろそろチームに戻ってくれないかと思っている」
フェリーシアもタイミング的にその話だろうと思った。
「そうですね、、もうそろそろ、戻らないといけませんね、、」
「なんだ、気が進まないのか。どうした、旧大陸に行く直前までは、やる気満々だったではないか」
「いえ、気が進まないわけではないのです。まだ気持ちの切り替えができていないだけで、、」
「何か気になることでもあるのか」
「いいえ、特にありません。リルネの心配はもう終えて、、そろそろ、ベインとも訴訟について話さなければいけないと思っていましたから、、」
フェリーシアも、現場復帰すべきだろうことは承知していた。これ以上先延ばしにするのは無理だろう、、、。
「ああ、そうしてくれると助かる」
国王との対話を終えると、フェリーシアは成り行き上、いったんベインのいる巡視チーム室へ向かった。その廊下を歩いている間じゅう、フェリーシアはヨハンのことをリルネに話すべきかどうか悩んだ。リルネとは、ほぼすべてのことを共有している。その日一日にあったことを夕食後、どちらかの部屋で話すのは、もう二人のルーティンだった。リルネが神仙峯に行ったとしても、それは離れ離れになることではないし、ましてや、二人の人生が別のものだとは今は考えていない。フェリーシアにとって、時空を超えて助けに来てくれたリルネは、何物にも代えられないかけがえのない人であり、物理的に離れていても、気持ちは離れない自信がある。だからある意味安心して、自分の不安や心配も彼女には打ち明けている。しかし、この手の話は、それとはちょっと違うのかなと思ってしまうのだ。リルネは単純にヨハンが好きで、彼の人生を応援したいと思っている。ヨハンもリルネのことを好ましく思っている。そこに波風が立つようなことを、わざわざ話す必要があるのか、、今のいい関係をただ維持していきたい、そう思ってしまうのだ。
フェリーシアは巡視チーム室の前まで来ると、ふーっと大きく息を吐いて、頭の中の考えを追い出した。そしてノックした。
「あいています」
中から珍しくぶっきらぼうなベインの声がした。フェリーシアはドアを開けると、部屋では、空間いっぱいにパネルを広げ、膨大な情報を整理しているベインがいた。
「忙しそうね」
「あっ、お嬢様っ」
入ってきたのがフェリーシアだと気づいてベインは慌てて立ち上がった。
「いいのよ、そのまま座っていて」
「、、知らずに、ご無礼を」
ベインは立ったまま頭を下げた。
「ヨハンがうまくいっていないって、言っていたわ。ずいぶん苦戦しているみたいね」
「はい、、裏帳簿をつけた者たちの起訴はたやすいのですが、隠遁者の指示や連絡手段などを探り出そうとすると、そこで途切れてしまうのです。まるで最初から見透かされていたように、個人レベルの背任罪で、訴訟は終わってしまいます。おそらく、各採掘業者の部署責任者や会計責任者たちの横の関係は、なかったのだと思います。しかしそうなると、それぞれは隠遁者に繋がっていたはずなのに、その形跡が見えないのです。IDリングやらネットサーバー、PCを含む各種タブレット、どれを見ても、ないのです、、彼らの痕跡が出てこないのです」
フェリーシアは、ベインの向かいの席に座り、ベインにも座るよう合図した。
「おかしいわね。そんなことって、あり得るのかしら、、」
フェリーシアはさっきまでのどんよりした気持ちを切り替え、今目の前にある課題に気持ちをフォーカスした。
「そうね、、それでは、逆から考えてみて、、隠遁者たちが彼らと連絡を取りたい時、もしくは重要な話をしたい時、どういうふうに意思伝達をしたのかしら、、。いきなり、会いに行ったのかしら」
「そうですね、、最初から跡を残さないことを前提に接しているのだとしたら、、ネットを使うのは危険ですから、記録の残らない方法、何処かの場所で、直接会うのが安全でしょうね」
「それでも、いつどこで落ち合うのかは事前に伝えておかなくてはいけないわよね。何か暗号を使って、日時と場所を伝えているとか」
「はい、それは私たちも考えました。暗号化されているかもしれない文章や数字、画像など、それらしきものはすべて分析班に回しているのですが、どれも空振りでした。そのため、まずは糸口がほしいと思い、任意で一人の容疑者に絞り、集中的に身辺調査と証拠の再検証をしています」
「なるほど、、いいやり方ね。ところで、サイバー班はもう解散してしまったの?」
「いいえ、緊急事態宣言時のような大人数ではありませんが、まだ数名、証拠固めの作業に残ってもらっています。PC等での消されたデータの復旧をしてもらっていますが、今のところそこからも、何も出て来ていません。ちょうどオンタイムで、サイバー班と繋がっていますが、何かお話しされますか?」
「そうね、、、少し話してみようかしら、、」
ベインは目の前に浮いているパネルの一つを、フェリーシアの前に人差し指でスライドさせた。
「サイバー班主任のアシータです。申し訳ございません、繋いだままにしていましたので、お話をそのまま聞いておりました、、、」
「いいのよ、アシータ。手間が省けてちょうどいいわ。ところで、さっきの話の続きだけれど、、もしあなたが隠遁者の立場で、痕跡を残さずにネットを通して連絡を取ろうとした場合、、あなたならどうする?」
「そうですね、、、まず、一般的には、メールを情報保護設定にして、有効期限が過ぎたものは消去されるようにします。そうすればコピー等はもちろん出来ません、、が、、画面を違うタブレットで、画像保存されたら、、残ってしまいます、、、」
「それでは、、撮影できないよう画面処理しているタブレットだったら、、どうかしら、、」
「はい、、光線反射処理がされている画面でしたら、無理でしょうね、、でも、、」
「でも、、何、続けてちょうだい」
「それよりも、、例えば、最初から時限ウィルス付きのメールを送る。ええ、、と、、メールが開かれることがトリガーとなって、ウィルスが発動し、それが自分の通った経路を後戻りして、なおかつ自分の痕跡を消していくものだったら、、、う~ん、昔、そんなウィルスあったような、、」
「アシータ、いいわよ、その調子よ。あなたたちでそういう可能性を、見つけていってくれないかしら」
「え、あ、しかし、ただ今、削除データの復旧作業を鋭意進めているところでございますが、、」
フェリーシアは、優先順位確認のためにベインの顔を見た。
「そうですね、、今の状況でしたらば、、おっしゃる通り、違う角度から見直すのが良策かと思います」
「横からいきなり口を出してごめんなさいね、ベイン」
ベインはなぜか笑顔を浮かべている。
「いいえ、とんでもございません。これがフェリーシア様の現場復帰と考えてよろしいのでございますね」
ああ、そういうことね、、。フェリーシアは、少々複雑な笑みを浮かべながらうなずき、そして、アシータに指示を出した。




