35話 運命共同体だし、ベターハーフでしょ
リルネは気持ちよかった。温かく優しく何かに包まれているようだ。
おや、、トントンと軽く2回たたかれた。誰かが何か言っている。
≪これこれ、もうそろそろ起きたらどうだ。彼女が待っているぞ≫
起きる、、そうか起きる世界があったんだっけ、、。彼女が、、待っている、、。そうだ、、起きる世界で、彼女が、、待っている、、。
何かが聞こえてくる、、耳を澄ます。
「・・・尊師様もふらっとどこかへ行かれたわね」
あ、この声、、フェルの、、声、、。ずっと、、聞いていた声だ、、心地いい、、。起きる世界も、、この、心地いい、、声が、、。
「老師様みたいに、ここを旅されるのかしら、、。神仙峯の方々は、みんな羽でも生えているみたいね」
フェリーシアがふふふと笑った。
あ、フェルが笑ってる、、。リルネは、ゆっくり、目を開けた。
眩しい、、目の前に湖がある、、。ここは、、神仙峯、、では、ないなあ、。どこの湖かな、、。
フェリーシアは車いすのハンドルを持ちながら、リルネがかすかに動いたの感じた。頭上からでは彼女の顔は見えない。ただ少し頭の動いたのがわかった。
リルネの意識が戻ったのだろうか、、。フェリーシアの鼓動が早まった。ドキドキしながら車いすにストッパーをかけ、そして、彼女の正面へと回った。
リルネが目を開けていた。そして前に回り込んできたフェリーシアを見た。
彼女はフェリーシアを見て、ぎこちなくにこっとした。
「リルネッ、、」
フェリーシアは、、涙が溢れてきた。やっと、目を合わすことができたのだ。
車いすの肘掛けに両手を置いて、しゃがみこんだ。リルネはままならない表情筋を動かそうとしながら、笑顔で、頭はそのままに視線だけを動かして、ゆっくりフェリーシアを追っている。
「やっと目を覚ましてくれたわね、、。遅いわよ」
リルネは何も言わず笑顔のまま、じっとフェリーシアを見ている。
フェリーシアは膝をついて身を前に乗り出し、両手でリルネの頬を包んだ。そして顔を近づけ、軽く唇にキスをした。
リルネは膝の上に置かれていた手をもぞもぞと動かした。筋肉の動きはまだ鈍く、うまく動作を起こせない。
フェリーシアはリルネの手をゆっくりと取って、膝から浮かせてあげる。リルネは力を込めて自分の腕を動かした。リルネの手はフェリーシアの手から離れ、顔の方へと向かう。フェリーシアはそのゆっくりとしたリルネの手の動きを、だまって見つめている。
リルネは両手でフェリーシアの頬を触った、、が、指が感覚が定まらず、震えている。
フェリーシアはその手を上から包んで、自分の頬に押し当てた。
リルネは、自由になる親指だけを少し動かして、フェリーシアの涙を拭おうとしている。
「フェル、、。ありがとう」
リルネはそう言って、ひきつった満面の笑みを浮かべた。
フェリーシアはリルネの手を頬に押し当てたまま、溜まっていた思いを吐き出すかのように、涙を止めることをしなかった。
リルネはその日のうちに歩行を始めた。意識や記憶に異常はなく、衰えた筋肉を戻すことが唯一のリハビリだった。
会話も多少舌足らずではあったが、発声もすぐに戻り、普通の会話ができるようになった。
フェリーシアは、リルネが眠っていた1ヶ月の出来事を話して聞かせた。リルネが竜巻を起こした、その直後からの話だ。
フレンクランに革命は起こらなかった。カルレン公は新王朝を立てて、初代国王になった。選挙が実施され立法府が整備された。行政府はまだ整わず、カルレン公が行政を担っているが、法律を制定し、ゆくゆくは立法府のメンバーで行政を担うようにするらしい。
「あなたは、フレンクラン国では奇跡の聖女よ。たぶん、誰も顔は知らないと思うけど、、。人間だとすら思っていないかも」
フェリーシアはそう言って笑った。
二人は休み休み歩いて、湖のほとりに出てきた。木陰に入って座ると、フェリーシアは話を続けた。
「先日、老師様が来られたのよ。あなたの顔を見に」
「老師様、、お元気だった?」
「ええ、相変わらず、、。あなたが元気そうなのを見て安心したのか、、旧大陸を旅して回るとおっしゃって、出発されたわ」
リルネは、老師らしいと思って笑った。
「今朝は、尊師様がいらしたわよ。尊師様がきっと寝坊助のあなたを起こしてくれたのね。おでこを小突いていたもの」
「ああ、尊師様だったのね、、。そうなの、起こされたの。もう起きなさいって」
フェリーシアも笑っていた。
「ああ、そうそう、、尊師様がね、神仙峯を解散したんですって」
「えっ、解散」
「そう、解散って言っていたわよ。ご本人も解放されたっておっしゃってた」
フェリーシアは尊師の語ったことをリルネに伝えた。
リルネは尊師が言ったという言葉を何度か反芻した。そして聞いた。
「私を起こしたのが、私たちへのお礼だって?」
「そう、そう言っていたわ」
「そう、そうね。尊師様は、特に、フェルには心から感謝していると思う。あなたが私を覚えていてくれたから。私を白馬の王子として幼いころ夢に見ていたでしょ。尊師様は、聖と俗を分けて考えていらっしゃって、聖が俗を浄化する存在だと思っていらっしゃったの。聖の存在が社会を導く上での土台になると考えていらっしゃったのね。だからきっと、血筋的に私を聖、あなたを俗と捉えていたんだと思う。でも聖の私はあなたを覚えていなくて、俗のあなたは私を覚えていたの。それは私たちの意思を超えた宇宙の意思だわ。尊師様は宇宙の意思に聖俗の別はないという思いに至ったのね。だから聖の象徴たる神仙峯を解散したんだわ」
フェリーシアは少し心配になった。
「でも神仙峯って、結構重要な位置を占めていたのよ。お父様だってとても頼りにしていたし、他の国々も権威や価値の拠り所にしていたはずよ」
「そうね、、そうかもね」
「それに、、神仙峯自体にも、何か問題をはらんでいたんじゃなかったの」
そうだ、そうだった。おそらく神仙峯は、まだ何一つ問題は解決されていないはず。それ以前に、それを問題とすら感じていない人がほとんどだった。
ただ、尊師にとっては、、彼にとっては、大地がそれをどう捉えているのかが問題であり、悩みだった。そしてその理解が彼にとっては答えであり、求めていたものだったのだ。彼にとっては問題はもうない。そう、、彼の世界の範疇では、、。
「そうね。問題はあった、、というか問題の萌芽があったの。でも尊師様はその萌芽の捉え方がわからず、大地の様子を見ていたのよ。そして彼は答えを得た」
リルネは、にこっとしながら続けた。
「もし、その萌芽が何か問題を起こしたら、そしたら、その時はフェリーシアに頼むしかないわね。解決はあなたみたいな人がするのよ」
そう言ってリルネは笑った。尊師が見せた朗らかな笑顔のように、心から笑っているのがわかった。
フェリーシアは気持ちよく笑うリルネを見て言った。
「私だって少し休みたいわ。だって、あなたを山間の村で見つけてからずっと走り続けているんですもの」
フェリーシアは両の手を組んで、空へ大きく伸びをした。
リルネはフェリーシアの顔をのぞき込んだ。
「あなたに何かあれば、また、私は駆けつけるわ、、。ううん、その前に、あなたに張り付いてきっと離れない。だって、あなたと私はもう運命共同体だし、ベターハーフでしょ、、。でも、そうね、、フェルの言う通り、少し休みましょう」
そう言って、まだ力の戻らない腕でフェリーシアの肩をつかんで、後ろに押し倒そうとした。しかしあまりのリルネの力のなさに、フェリーシアはどうしたらいいのか一瞬迷ったが、自分から後ろに倒れていった。それを追うように一呼吸遅れて、リルネがゆっくりと覆いかぶさった。リルネは「ありがとう」と言って、唇を重ねた。
描きたいことがいろいろ広がりまして、広げた風呂敷をまだ全部は畳みきれていませんが、タイトルは回収できたと思いますので、ここで一段落、終わりとさせていただきます。
あとは、追々、ぼちぼちと続きを書いてみたいと思います。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。




