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34話 それぞれの肯き

 あの奇跡から1ヶ月、フェリーシアとリルネはエンブル郊外にある、森と湖に囲まれた別荘にいた。

 リルネの意識はまだ戻っていなかった。ただ、こけていた頬も今ではふっくらと肉がつき、落ちくぼんだ目も、開きはしないが元気な色を取り戻している。

 薬草を混ぜたお茶を、気管に入らないよう注意深く飲ませ、今では車いすに乗せて散歩もしている。それらは日々のフェリーシアの日課だった。


 先日、神仙峯から老師が訪ねて来てくれた。

「クリストファー王に話を聞いてのう、、、歪の橋を渡るのは苦手なんじゃが、、、まあ、顔を見に来た、というわけじゃ」

 老師もそれなりに心配していたようだ。

「しかし顔色はよいし、肉付きも悪くない。今にも起きそうな様子じゃがのう、、」

 老師の言葉にフェリーシアも笑顔を浮かべた。


 フェリーシアはフレンクランでリルネのしたことを老師に詳しく説明した。

 老師は静かに聞いていたが、納得がいったようにうなづいた。

「フェリーシア、リルネはのう、、おぬしからの伝言を見て、半狂乱のようになってしまったのじゃよ、、おまえさんが死ぬと言ってのう」

 老師は1ヶ月前のことを思い出すように言った。

「リルネには見えていたんじゃ、、おぬしの運命が。正気を取り戻した後、湖の畔で瞑想に入りおった。おぬしの動きをつかまえようとしていたのじゃろう。おぬしを見つけてからは、尊師様に橋の架け方を伝授してもらい、自分で橋を架けおった。まったく大したものじゃよ」

 フェリーシアは、いまだ車いすに座り眠り続けるリルネの顔を見た。本当に、、今にでも起き出しそうなのに、、いつになったら起きてくれるの。


「神仙峯で、リルネが急に修練を激しく始めた時があったじゃろう。わしはてっきり、神仙峯の異質のものたちと対峙するための準備をし始めたんじゃと思った。そんなことを、尊師様とも話していたからのう、、。しかし、そうではなかった。おぬしをその定めから救うためだったのじゃ。おそらく、、リルネ自身にもその自覚はなかったであろう。何しろ、おぬしからの連絡を受けた時のこやつの狼狽ぶりは、常軌を逸していたからのう」

 老師はそう言って「はっはっはっ」と笑う。

 フェリーシアはもう一度リルネの顔を見る。

「おぬしもわかっておるだろうが、リルネのそばを離れてはならんぞ。意識を無くしてから、リルネはずっとおぬしから力を得ているのじゃ。おぬしらはエネルギーが同質だから、そんなことができるのじゃろう、、本来なら、こんな気の荒いところで無理やりあんなことをしたら、身体がボロボロになる。生きてはおれん」

 老師はため息をつき、続ける。

「新大陸、特に神仙峯は大地の気が澄んでおる。繊細でなめらかじゃ。しかし、ここの気脈は雑で荒々しい。それは、この大地自体の成長の跡でもあるのじゃ。それなのに、こやつは、、ここで無理矢理、竜巻を起こしおった」

 老師はやれやれと首を振った。

「おぬしがそばにいてくれて、、リルネも命拾いをしたというものじゃな、まったく、、。もしかしたらこやつは、それが心地よくて、なかなか目覚めぬのかもしれん、、」

 そう言って、老師はまた笑った。


 翌日、老師はせっかく旧大陸まで来たのだからと、そのままふらっと、どこかへ旅立ってしまった。



 今日もフェリーシアは自分の食事を終え、リルネに薬茶を飲ませる。それが終わると、彼女を車いすに乗せ散歩に出た。

 朝方の心地よい日ざしを浴びて車いすを押し始める。すると、向こうから人が近づいて来るのが見えた。近くの村とは反対の方向、、湖の方からその人は歩いて来る。

 近づくにつれ、それが誰だかわかると、フェリーシアは車いすを止め、自分も横にあった切り株に座って彼が来るのを待った。


「リルーネシュバッティンの様子はどうかな」

 尊師は神仙峯で会ったその時と寸分違わぬ格好と声色で聞いてきた。

「はい、ご覧の様子で、なかなか目を覚ましてくれません」

 フェリーシアは苦笑しながら言った。

「この上なく幸せそうな顔をしているぞ」

 尊師はリルネの顔をのぞき込み、笑った。


「これはそなたたちへの礼だ」

 尊師はリルネの額に手をかざし、指で二度、額をはじいた。

「私は、ここ十数年間の束縛から解放された。そなたたち二人のおかげだ。そなたたちはこれから、何をするのだろうかのう」

 フェリーシアは、尊師が何のことを言っているのかさっぱりわからなかった。

「尊師様、、尊師様が束縛から解放されたとは、、いったい何に束縛されていたのでしょうか?」

 尊師が以前より、ずいぶんと近づきやすくなっていることにフェリーシアは気づいていた。

「異質のものの存在に、私は身動きが取れなくなっていたようだ、、。リルーネシュバッティンが言っていた。そなたが幼き頃、夢に見ていたと。フェリーシアがリルーネシュバッティンを覚えていたのだと、彼女は言ったのだ。私は天地がひっくり返るほどびっくりしたぞ」

 そう言って、尊師はフェリーシアを見ながら笑った。

 フェリーシアは、尊師のこの笑いのポイントがどこなのかまったくわからない。が、しかし、こんなに晴れ晴れとした朗らかな笑顔を見るのは初めてだった。


「それで、神仙峯を解散した」

「へぇっ・・・??」

 フェリーシアには話の起承転結が見えない。何がどうつながって、神仙峯を解散したのだろうか、、、。

「聖は俗より出でて、俗も聖より出でる。別に分けることはない。そのため、あの聖地を解散し開放した。もともと誰でも立ち入れる地なのだが、少し聖の気が集まりすぎた、、。これの母も、それを感じていたのかの、、、」

 尊師は遠くを見るように呟いた。


「フェリーシア、リルーネシュバッティンが起きたら、そう伝えておくれ」

 フェリーシアには、やはりこの人の言葉はわかりにくい。早くリルネに起きてもらい、説明をしてもらわないと、、。

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