33話 奇跡とは
ふと、フェリーシアは目を覚ました。ここは、、どこだろうか、私は、何で寝ていたのだったっけ、、。
そうだ! リルネ! 私はリルネを追っていた、そしてリルネを湖でつかまえた!
「リルネ!」
フェリーシアは叫び声と共に飛び起きた。
フェリーシアの周りには何人もの人がいて、こちらを心配そうに見ている。
バーグがほっとした顔でフェリーシアを見た。
「お嬢様、リルネ様もご無事です。まだ意識は戻っておりませんが、息はしっかりしております」
そう言ってバーグは身をずらし、隣のベッドで寝ているリルネを見せた。
湖から助け出されてずいぶん経ったのだろうか、、髪は乾いている。久しぶりに見るリルネの顔は、ほっそりして、、いやほっそりなんてものじゃない、げっそりとやつれている。頬骨が浮き上がり、目もくぼみ、髪の色も明るい赤朽葉色であったのが、、、今は、ほとんど白に近い色に変わっていた。
フェリーシアがベッドから起き上がり、リルネを助け出す一連の出来事を何となく思い返していると、バーグが温かいお茶を持ってきてくれた。
「お嬢様、気分を落ち着かせるお茶でございます。お飲みくださいませ」
フェリーシアは、手に持たされたカップを握り、それを口に運んだ。少しの苦みとハーブの香りが口と鼻孔に広がり、飲んだことのある気付け茶であることを思い出す。
少しずつ現実の感覚が戻り、今の状況を認識し始め、そして、、周りに集まっている人々の顔を見回した。
バーグにヒースロック、近衛の3人、顔見知りの間者メンバーたち、、、皆、まだ多少不安げな顔をしながら、フェリーシアを見ていた。
「私、そう、助けられたのね、、途中で気を失ってしまったのね」
そう言えば、身体中に走っていた軋む痛みも、今は噓のようになくなっている。そうか、、リルネの状態が安定しているんだ。
フェリーシアは、先ほどの身体の異常がリルネのもので、今のこの気分の安定もリルネの体調であることを、なぜか本能的にわかっていた。
「街は、、暴動は、どうなったかしら、、あ、カルレン公は、、」
フェリーシアは自分たちの置かれていた状況を思い出した。
「はい、街は今、静まっています。ここは湖近くの宿屋ですが、メンバーからの報告ですと、市内では騒がしかった銃声音も破壊音、人々の怒号も、、今は何も聞こえないそうです。教会に人が集まったり、王宮の様子を見に行ったりと、数時間前とは打って変わって、市民は落ち着いた様子です。カルレン公は私の店に保護されております」
バーグはそう言った。
「よかった」
フェリーシアはまだ少しぼーっとしている意識を奮い立たせながら、バーグとヒースロックたちに指示を出した。
彼女の指示は先を達見していた。
リルネの着ていた服を聖衣としてカルレン公に持たせ、彼に自分が聖女の啓示を受け、新たな王朝を開くと宣言させること。そして、その後ろ盾は明後日到着するエッジスタート軍、すなわちエッジスタート国王である、としなさいと言った。
「叔父様にはもうこの件の報告は行っているのでしょう。私が目を覚まし、そう指示していると伝えて。そして、エッジスタート国王にもカルレン公を後押ししてあげるよう、聖女の啓示が下りていたとも言っていると伝えて。叔父様は、今日あった出来事がそのまま伝わっていれば、納得されるから、、」
そこにいる者は皆、ただ、「はい」とうなづくだけしかできなかった。皆、リルネが、なぜ空に突如出現したのか、なぜ急にあんな大きな竜巻が起こったのか、彼女は聖女なのか、、何もわからなかった。なぜ、フェリーシアはこんなにも落ち着いているのか、、なぜ、国王も報告を聞けば納得されるのか、、、。彼らには疑問だらけであった。
しかし、この場でそれらのことを聞こうとは誰も思わなかった。あれほどの奇跡を目の当たりにし、人知を超えた出来事に接すると、人は、畏敬の念に満たされ、科学的な裏付けなど一切必要なくなるのだ。
2日後、フレンクランに到着した先遣隊は何の衝突もなく、静かにフレンクラン市街中心部に入った。その5日後、デュバイン師団隊をバックに、市内で一番大きな大聖堂でカルレン公の戴冠式が行われた。
フェリーシアの指示通り、彼は聖女の衣を持って新たな王朝の成立を宣言し、以前から考えていた政体への移行を宣言した。
これでフレンクランは革命の泥沼を回避し、王朝を保持した強力な立法議会を持つ、立憲君主制の国となった。
フェリーシアは近衛兵たちと一緒に、リルネをエッジスタートへゆっくりと連れて帰った。リルネはまだ意識が戻っていない。水分を取らせているのみで、ずっと眠り続けている。ただフェリーシアは、リルネが徐々に生命力を取り戻してきているのを感じていた。エッジスタートでしばらくの間療養させて、体力の回復をみて、神仙峯まで連れて帰りたいが、それまでにどれくらい時間がかかるのかはわからない。
でも生きて、こうして再び会えたことに、フェリーシアは喜びでいっぱいだった。死ぬだろうと思ったあの瞬間、リルネがどうやってあの渦巻の中から現れたのかはわからない。しかし、神仙峯での彼女の様子を見ていれば、それほど不思議がることでもなかった。何しろ彼女は、時空に橋をかけてしまう、あの尊師の娘なのだから。




