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29話 堤防決壊す

 バーグはカルレン公を見送った後、すぐさま部屋に戻りフェリーシアに言った。

「お嬢様、真剣にお考えになる必要はありません。フレンクラン現王朝は風前の灯火、そんなところへ行くなどもってのほかです。お考えになっていないと思いますが、念のために申し上げさせていただきます」

「ええ、わかっているわ。派兵を拒む我が国への、カルレン公の捨て身の発言だということはわかっている。でも、、そんなことでフレンクランの民衆蜂起は回避できるのかしら」

 バーグは目をむいた。

「そんなことって、、、いやいや、、お嬢様、それはあり得ませんからね」

 バーグは自分の身分も忘れ、強い口調で念を押した。


 そうは言ったが、フェリーシアは実際のところ頭を抱えた。民衆蜂起を止める案としては、実効性は抜きにして妙案だと思ったし、カルレン公の本音はエッジスタートと姻戚関係を結び、それで盤石な新しい王朝を立てるところにあったのかと思うと、一本取られたという感じが否めない。もちろん自分の感情を抜きにしての感想ではあるが、、。

 しかし民衆の暴発が目前に迫っている中で、現王朝末席の公爵とエッジスタートの姫君との新王朝創設が、民衆の暴発をとどめるに足るものとなるのだろうか。やはりフェリーシアには少々疑問だった。


 一方、バーグは違う見方をしていた。彼はフレンクラン庶民にエッジスタートがどう映っているかをよく知っている。

 エッジスタートは知識人の中では憧れの的であり、技術者や商人にとっては時代の先端を走る進んだ国なのだ。税率は自国より低いにもかかわらず文化水準は高い。ただ、エッジスタートの厳しい入国規制のせいで、それを共有することができない。

 バーグは本国の肝いりでスパイ活動や民衆の扇動を行えば、フレンクランで親エッジスタートの政権を作れるのではないかとさえ思っている。それくらい庶民層にはエッジスタートに対する憧れがある。カルレン公はそれを理解して言っているのだ。

 そういう意味からも、カルレン公の土壇場での提案は理にかなったことであり、現実味のある提案だ。もし叶えばフレンクランはもちろんのこと、エッジスタートにとっても利するものは大きい。フレンクラン新王朝がエッジスタート由来の王朝となれば、今のエッジスタート国王がより上位に君臨することになる。そうなれば、この大陸でエッジスタートの右に出る国はなくなるだろう。別の言い方をすれば、カルレン公は最初からエッジスタートの軍門に下るから、民衆蜂起を止めてくれと言ったのだ。



 フェリーシアたちは仮の住処である小さな教会へ戻って来た。

「バーグ、叔父様はあくまで軍は送らないとおっしゃっているけど、カルレン公の言う通り、このまま放置すれば、フレンクランの国軍も二分され泥沼の戦いになるわね」

「はい、それは避けられないかと、、。しかし、それはフレンクラン国、為政者たちの落ち度であり、どこまでも彼らの責任です。今まで教皇という強力な後ろ盾があったので、彼らは放蕩三昧していたのですよ。その報いです。カルレン公も国を愛すると言ってはいましたが、彼もある意味、今の今まで何もせず距離を置いて見ていた、ただの見物人です」

 バーグは手厳しかった。フェリーシアに、フレンクランに必要以上の思い入れをさせないよう、正論を言って強く押しとどめているのだ。

 フェリーシアもバーグの意図することはわかっていた。

「それはそうなんだけど、、そのしわ寄せが庶民に来るというのは、フェアじゃないわよね」

「それも含め、彼らの落ち度なのです。民衆蜂起で彼らが追い詰められるのは自業自得。また民衆は民衆で、自ら道を拓こうとしているのですから、それは彼らに任せるしかないではありませんか」


 バーグは新大陸の存在もアルフレットやフェリーシアの出自も知らない。それらを知っているのはエッジスタート上層部のほんの一部のみだ。新大陸の民主主義を知るフェリーシアからすれば、この不平等感の否めない戦い、もしくは、血を流すことでしか体制を変えることのできない社会システム自体が、もどかしくて仕方ないのだ。 

 その時、メンバーから市内で小規模な衝突が起きたという連絡が入った。バーグはすぐさま衝突の規模と波及具合の確認に入った。

 フェリーシアは窓から遠く離れた市街地の方向を眺めながら、バーグの情報収集の様子に耳をすませていた。


「フェリーシア様、宮殿の警備兵が門を揺らす庶民に発砲したそうです。今は宮殿前に人々が集まり、大規模なシュプレヒコールが巻き起こっているらしいです」

「もう、、今は、何が引き金になるかわからないわね、、、。叔父様は、内乱が起こっても兵は出さないお考えなのよね」

「はい。そのお考えは変わらないようです」

 バーグは入ってくる情報を逐一本国へ無線信号で送っている。旧大陸で無線信号を使っているのはまだエッジスタートだけだ。



 時同じくして、カルレン公は街道を馬で飛ばし、市街地に入ろうとしていた。しかし先ほどからその市街地より、商人の早馬が道を駆け出て来ていた。


「おーい! 失礼! 先ほどどこぞの商会の早馬がすごい勢いで走って行きましたが、市街地で何か起きましたか」

 前方から来る早馬が、カーブで速度を緩めるタイミングを捉えて、カルレン公は大声で聞いた。

「おまえさん、これから市街地に入るのか。気をつけて行きなよ。宮殿前でデモと警備隊とで衝突が始まっちまったよ。教会もいくつか襲撃を受けている。うちの旦那も各地に連絡を送っているところよ」

 そう言って、早馬はまた速度を上げて走り去って行った。

 カルレン公は従者に「急ぐぞ」と声をかけると、自分の屋敷へと馬を飛ばした。


 宮殿前の緊張状態は続いていた。

 カルレン公は、自分の屋敷に着くとすぐに残りの者たちを集めて、それぞれの故郷へ戻るよう言った。しかし彼らは皆、ここに残る決心をして残っている者たちだ。誰一人として動こうとしなかった。

「旦那様、我々は旦那様のお傍におります。旦那様は、我々の味方ではないですか。私たちは何を怖がる必要がありますか」

「何を言っている。いったん民衆蜂起が起きてしまえば、すべての貴族が標的になる。その時、おまえたちも標的にされる可能性があるんだぞ。ここにいては危険なんだよ」

 カルレン公は集まっている5人の使用人に言って聞かせた。

「私たちは、一ヶ月分ほどの食料は備蓄していますし、まだ街で食料を調達することもできます。しかし旦那様だけではそれもご無理ではありませんか。私たちは、常日頃とてもよくしていただいている旦那様に、こういう時にでもご恩をお返ししたいと思っているのです。それが奉公人の務めだと思っています」

 侍従以下この5名の者たちは、すでに覚悟を決めているようで、誰もその場を離れようとしなかった。

「そうか、、そうか、、。私も、、最後まであきらめてはいけないのだったな、、」

 カルレン公は、溢れ出そうになる涙をこらえながら、自分に言い聞かせた。


 フェリーシアとの密談は不発に終わった。エッジスタートへの派兵要請をかわされ、婚姻話も相手の食指を動かすことはできなかった。今となってはもう打つ手はない。しかし、それでも、ここで終わらせてはいけないのだ。

 カルレン公は自分を奮い立たせるように、こぶしを握りしめた。



 市街地の中心を大きな河が流れていた。そのほとりは一等地として豪商や上級商人の店が立ち並んでいる。その晩、そこで市民による略奪が起こった。店は壊され、宝飾品や食料品、雑貨など、金目の物はすべて奪われた。これを皮切りに、市街地の治安は一気に悪化していった。

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