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28話 カルレン公の奥の手

 フェリーシアが指定したのは、以前、スコット外相と密談した郊外の聖堂だった。

 今や貴族が馬車を乗り回すにはあまりにも危険なため、カルレン公は商人に変装して、従者を一人だけ連れて馬で来た。


 聖堂の門前には馭者風の男が一人立っており、カルレン公の姿を見ると、裏門へ回るようにと目配せをしてきた。カルレン公はそこで馬を降りて、手綱を引いて裏門へと回り、建物の中へ入って行った。


 フェリーシアはすでに2階の応接室で待っていた。バーグがカルレン公の到着を知らせた。

「フェリーシア様、カルレン公様が従者お一人を連れ、商人のいで立ちで馬でお越しになりました。つけられているご様子はありません」

「そう、ありがとう」


 フェリーシアは、エッジスタートでアルフレットと話し合った後、すぐにバーグと連絡を取り、フレンクランに入ってきた。しかしフレンクラン首都市内は危険なため、郊外の小さな教会に身を潜めている。この聖堂も郊外とはいえ、今や大きな聖堂はいつ民衆の標的となるかわからない危険区域ではあった。


 ドアがノックされ、開かれた。廊下には、カルレン公が髪を後ろに束ね、商人の装いをして立っていた。

 フェリーシアは少し胸が痛んだ。

「どうぞ、お入りください」

 カルレン公は軽く会釈をして部屋の中へと入ってきた。そして、フェリーシアの前に立つと、紳士の挨拶をした。

「姫様、お手紙を頂戴できて、心より感謝しております。あなたからの知らせを一日千秋の思いで待っておりました」

「カルレン公、私はあなたが弁競演会で手を貸してくださったこと、忘れてはいません」

「身に余る光栄です」


 本来なら、もっと余裕綽々で接してくるはずのカルレン公が、こうも平身低頭で接してくるとは、、すでに彼には心も時間も余裕のないことがうかがわれた。

 フェリーシアはこれ以上の挨拶は不要と、カルレン公に椅子をすすめ、先に座して口を開いた。


「それでは本題に入りましょう、カルレン公。今すぐにでも民衆蜂起が起こりそうなこの状況に、あなたはどう対応しようと考えていらっしゃいますか」

 直球だった。何なら、豪速球である。

「はい、少し前でしたら、民衆蜂起直前の機をつかまえて、現王政の放棄と平民主体の立法議会、合同の行政府設置を宣言するつもりでした。ただ、これも準備段階でうまく進まず、頭を抱えておりました」

 カルレン公は用意されていたお茶を一口飲んで、続けた。

「この波のような運動には中心がありません。それらしきリーダーは複数いるようですが、それが乱立状態で一つにまとまっていません。そして彼らは計画的に先を見据えているリーダーではないのです。ですのでシュプレヒコールも人々を煽っての場当たり的なありさまで、民衆の不満を煽るばかり、代案を一切持っていません。これではいつ、どのように暴発するかわからず、その後の始末もどうつくのかまったく見えません」


 カルレン公の見立ては、フェリーシアがバーグたちから聞いていたものとほとんど同じだった。

 これはリーダーも方向性もない人々の不満エネルギーの塊であった。だからと言ってそれが不当なのではなく、奢侈荒唐な現王朝の振る舞いの結果であり、当然の帰結であった。しかしそれでも、武力と暴力で事を動かそうとする手段には手を貸さない、というのがアルフレットの判断だった。彼の信念からすれば、そこにブレはない。


「そうですね、、、そのようですね」

 フェリーシアは、カルレン公の次の言葉を待った。

「貴族たちもすでに国外へ逃亡を始めています。国内にいる貴族は、時勢に疎いものか、王弟に一縷の望みを託して私財を手放せない者だけです。国軍も、もし民衆蜂起が起きてしまえば、それを抑え切ることはできないでしょう。国軍の半分は寝返ると言われています」

 フェリーシアはうなづいた。

「私は、、もう、無血ではこの危機を乗り越えられないと思っています。しかし下手に諸外国と手を組めば、国を危うくする危険があります。ただ、エッジスタートだけは信じられる相手だと思っています。アルフレット国王は立派な信念を持たれている方だ。しかし、民衆蜂起阻止のための軍は動かさないと言われる。今のような状況では、おそらく貴国の軍を動かして民衆を制圧しない方が、犠牲者は膨らむ。このまま勢いに任せて民衆蜂起を勃発させてしまえば、死者犠牲者は数えきれないほどに膨れ上がります」

 カルレン公はフェリーシアの目をじっと見ている。

「どうか、アルフレット国王に軍を出してもらえるよう、お口添えをいただけないだろうか。蜂起が起こってからよりはその前に制した方が、犠牲者はけた違いに抑えられる」

 カルレン公の望みは軍派兵であったか、、とフェリーシアは思った。

「しかし、それはフレンクラン国軍がすべき仕事ではありませんか」

 今、エッジスタートが兵を動かすという事は、完全に他国への侵略行為となるか、もしくは反対に現王権の後見者と内外に示すことになるかの二つに一つである。どちらもアルフレット王の意向に沿わない。

 だが、カルレン公は引かない。

「今、国軍を動かせば、そこから蜂起が始まってしまう可能性が高いのです。軍自体が地雷になってしまっているのです。軍の武器は市民に多く流れ出ています。軍の武器流出を、もう軍自身で止めることができなくなっています。ここまで来てしまうと、エッジスタートの名前と技術力なくしては、この混乱を事前に治めることはできません。我々では無理なのです」

「カルレン公、落ち着いてください。仮に、あなたの言う通りだとしても、今、エッジスタートが動くという事は、本来の意図とは関係なく、現王権を後押しするというサインを国内外に送ってしまいます。私たちができるのは、少なくとも、市民を納得させられる勢力グループのクーデターらしきものがなければ、エッジスタートは手を出すことはできませんよ」

 カルレン公は天井を見上げて、目をつぶる。

「カルレン公、あなたがその役割を担うお気持ちはないのですか」

 フェリーシアは、カルレン公をまっすぐに見つめて言った。

 カルレン公はフェリーシアと目を合わせ、自嘲気味に笑った。

「それを考え、尽力しましたが、今はもうお手上げ状態です。私にそんな力も人望もありません。ずっと王侯側から無視され続けてきた身としては、彼らに未練は一切なく、彼らの私腹を肥やすために使役され続けた民衆を助けてあげたい、、ただその気持ちしかないのです。これが無力な私の、、私なりの愛国心なのです」

 フェリーシアとて、彼の気持ちは痛いほどわかる。


「フェリーシア殿下、、、」

 カルレン公は、フェリーシアの目をじっと見つめ、声を絞り出すように言った。

「私と婚約していただけませんか。そして、今の王朝と決別した、新しい王朝を立ててはいただけませんか」


 フェリーシアはしばらくの間、言葉を発することができなかった。

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