27話 カルレン公の焦燥
書斎に執事が入ってきた。
「旦那様、ご指示通り、希望する数名を残して、あとは皆、暇を出しました」
「そうか。ありがとう」
カルレン公は窓の外を見つめたまま、執事に言葉を返した。
王権打倒のシュプレヒコールは断続的に続き、警察や軍が出動する中、衝突が起こるたびにそれが大きく広がるのではないかという緊張が漂っていた。民衆蜂起は今やもう時間の問題だった。外国に伝手のある貴族たちは、早々にバカンスを口実に国外に脱出していた。伝手のないものは戦々恐々としながらも楽観主義を気取り、事の推移を見守っている。
カルレン公は、前国王が失脚し王弟が権力を握ってからは精力的に動いていた。国内の商人、知識人、下級貴族、そして非貴族のロッジメンバーたちと頻繁に会っていたが、皆、腹の探り合い、カルレン公の助けになるような者たちはなかなか見つからなかった。
そしてそれと並行して、エッジスタートにも密使を送っていた。しかしフェリーシアの意思を感じさせる返答は、まだ一度ももらっていなかった。
大祝祭の時にはフェリーシアに協力してフレンクランの出兵を止めさせた。このような時のために貸しを作ったつもりだったのに、大事な時に音沙汰なしとはエッジスタートにも失望し始めていた。
「旦那様、ザラトロ様がいらっしゃいました」
「ああ、通してくれ」
ザラトロはいつもと変わらぬ様子で、書斎に入ってきた。
カルレン公も窓際からソファーに移ると、ザラトロはその正面に座った。
「昨日戻ってまいりました」
「そうか。それで、トーボルクは元気か」
「はい、ネイザン国のご自分の商会にいらっしゃいますが、何かあればすぐに戻るとのことでした」
「何を今さら、、言い訳じみたことを言わなくてもいい。身の危険を感じて逃げ出しただけではないか。それより、私の提案をどう受け取ったのだ」
「はい、そのことでございますが、カルレン公爵様が実権を握ったあかつきには、是非お手伝いさせてほしいとのことでございます」
「そんなことではなく、その前段階の話についてだ。私につく気はあるのかどうかだ」
「はい、王弟陛下が反古にしてしまわれた武器工場建設費の支払いが、きちんと履行されれば、お手伝いさせていただきたいとのことでございます」
カルレン公は舌打ちをした。実権を持ってもいない自分に履行を迫るなど現実的な話ではない。トーボルクは今の状況で自分につくことはないと言っているのである。
「このまま平民や商人たちが中心となって革命が起これば、あいつの財産など、宮殿や教会の財産と一緒に没収されるということが、まだわからないのか」
イライラした様子で、カルレン公は言葉を荒げた。
「トーボルク様は、財産を国外に分散して移しておられます。フレンクラン国内での没収にはすでに対処されているようでございます」
「フレンクラン国王の横で私腹を肥やしていた豪商が、国外でその財産を守れるとでも思っているのか。愚かな奴め。トーボルクが生き延びる道は、フレンクラン王権の健在しかないということが、どうして理解できない。今まで散々利用してきた王権の後ろ盾を、あいつは軽く見すぎている。ザラトロ、お前もトーボルクと同じ考えか」
カルレン公は、ザラトロを睨みつけながら言った。
「さあ、私には先のことなどわかりませんが、トーボルク様の命運もそこまでとなれば、それだけのこと。それよりも私は、この国で起ろうとしている民衆蜂起の方に関心があります」
「ふん、まったくおまえも変わり身の早い男よ。だが民衆が力を持った時には、おまえがトーボルクに仕えていたことは彼らの敵にあたる行為で、弾劾される身なのだぞ。自身の意に反して強要されていたとでも言うのか。もしそうなら、、おまえは、おまえ自身でトーボルクを打つという考えにはならんのか」
ザラトロは薄ら笑いを浮かべている。
「公爵様、正直に申しますと、私は今のこの状況が面白くて仕方ないのですよ。それを誰かの側について当事者になってしまうなんてもったいない。それでは見物を楽しむことができないではありませんか」
「おまえは反貴族ではなかったか。トーボルクにも、金目当てでスパイをかって出ていたのだろう。おまえの考えと今のシュプレヒコールは、同じように聞こえるがな」
「いいえ、公爵様、私はあんな下品な、知性のかけらも感じられないような平民を支持しませんよ。それなら、金持ちのスパイをしている方が数倍楽しい」
「おまえはそれでうまく自分の身を処しているように思っているかもしれんが、市民たちが暴徒化すれば、その矛先はありとあらゆるところに向かう。もし、おまえに主義も信念もないんであれば、今すぐこの街から出て行きなさい。命を落とすぞ」
ザラトロはそう言われても、うすら笑いを浮かべるだけだった。
ザラトロが帰って行くと、再び執事が入ってきた。
「旦那様、エッジスタートから手紙が届きました。ただ今、使者が下でお待ちでございます」
カルレン公はすぐに手紙を受け取り、封を開けた。
手紙はフェリーシアからのものだった。
――カルレン公爵、ご無沙汰しております。先日まで遠く旅に出ておりまして、貴国の緊迫した状況に寡聞にて、詳細を存じませんでした。頂戴した書面に目を通しました。近日中に直接お会いしたく、ご同意いただけるようでしたら、こちらから日時場所を指定いたします――
「よし!」
カルレン公は思わず声を上げた。
「使者に、申し出お受けすると言え。そして、すぐにでもご指定いただければと伝えろ」
執事は「はい」と短く返事をして、すぐに部屋を出て行った。
カルレン公は、やっと運が回ってきたと思った。




