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7話 それぞれの神仙峯

 明け方、まだ陽がのぼる前に、リルネとフェリーシアは部屋を出た。老師がフェリーシアに言った、楽しいものが見えるから日の出前に来いという言葉に従って、湖に向かっていたのだ。

 足元は暗いが、夜明け前の薄明かりがあたりに広がり、歩くのに不便はない。


 湖に着いてみると、すでに何人かの人々が水辺に立っている。

 朝日は、正面に聳え立つ絶佳の山々に当たる形で、リルネたちの後ろから差し始めるようだ。山の稜線がはっきりし出し、その峻厳さを浮かび上がらせてきた。その光景は息をのむように美しい。


 二人はふと我に返り、山の風景から湖に視線を戻した、、そして、、驚いた。

 水辺にいた人が、一人、もう一人と、湖の中へと歩き出しているのだ。それも水中ではなく水面をだ。湖の上をいとも簡単に人々が歩き始めていたのだ。


 目の前で繰り広げられている光景に、すーっと現実味が失われ、二人はまるで魔法の国にでも来たような錯覚に陥った。

 どうやって、どうやって、、水面を歩いているのだろうか、、。理屈としては、、足裏、もしくは身体全体から気を発散させ、その反発力で水面に立っているのだろうか、、、ああ、いとも簡単に、水面を歩くなんて、、、やっぱり、、これが神仙峯なんだ、、。

 二人は唖然としたまま、目の前の情景に飲まれていた。


 いつの間にか隣に老師が立っていた。

「どうじゃ、おぬしらもやってみたいか」

 すぐに反応したのはリルネだった。

「は、はいっ、、私もしてみたいです」

 気を捉える体操をし始め、フェリーシアに具体的に気の練り方を教えてもらいながら、リルネも気の流れを感じ理解し始めていた。きっとあれはたくさんの気が必要なのだろうと思ったが、訓練すれば自分にもできそうな気がしているのだ。


「あのように歩けるのは、たくさんの気を練って、体外に放出しているからですよね」

「そうじゃな、、そうとも言えるが、そう思っている間は、できそうにもないな」

 リルネはガクッとした。そんな即座にダメ出ししなくても、、、。

「気にはそれぞれの特徴がある。例えば、フェリーシアは気が強い。自分でそれを生み出すことができる。しかしリルネは気が弱い。自分で気を生み出すには限界がある」

 リルネもフェリーシアも真剣な顔で老師を見ている。

「その代わり、そういう者は大地から気を取り入れることに長けている。どうじゃフェリーシア、おぬしとリルネの気の統べ方の違いに気づいておるか」

 リルネはフェリーシアから気を流して込んでもらい、それを練り上げていくのは上手にこなすが、自分だけでそれをさせようとすると、急にできなくなる。フェリーシアにはそれが不思議だった。

「はい、、たぶん、、」

「うむ、、。リルネは気を捉えることに長けている。気脈の強いところにおると、限りなくそれを吸収して増幅させる。一方、フェリーシアは、何もないところでも自らの内に気を増幅させ、周りに流すことができる。これはどっちが優れているという話でなく、生まれ持った特質じゃ」


 老師はどっちが優れているとかの話ではないと言っているが、フェリーシアには、尊師の髪色を見たときから、リルネはここで何らかの期待をされていると思っている。気脈の強いところにいれば限りなく・・・とは、リルネがここにいれば、限りなく彼女本来の力を発揮するということではないか、、。フェリーシアはまだ時期早々とは思ったが、でも、聞かずにはいられなかった。

「老師様、尊師様にお会いした時から、リルネはここに欲せられているのだと思いました、、。あの、、リルネと尊師様は、、血がつながっているのですね」

 ええっ! リルネはびっくりして、フェリーシアを見た。そして老師を見た。

「そうじゃな、、わしは後見人なのだがら、話せる時に伝えておくのがよかろう」

 そう言って近くの木陰に場所を移して、腰を下ろした。

 二人も静かにその隣に座った。


「尊師様には二人のお子がおってのう、、。お子たちが生まれた時には、ここ神仙峯にはすでに異質なものの存在が現れていた。そこで尊師は自分のお子を神仙峯以外で育てることをお命じになったんじゃ。一人はチェン老師、そしてもう一人はわしじゃ。わしは、あずかったお子を一番安全なところで養育しようと思った。それで思いついたのがクリストファー国王じゃ。彼は毎年、年初に神仙峯を訪れて来て、国の安寧を祈願しておった。その縁もあって、わしは彼に頼んだのじゃ。もう察しがついていると思うが、、それがリルネじゃ」

 リルネはそんなこと、、まだ、、思い巡らしていなかったので、少なからずショックだった。思わず隣にいるフェリーシアの手を握った。フェリーシアは優しくリルネの手を握り返している。

「リルネのお母様は、こちらにはいらっしゃらないのですか」

 フェリーシアは聞ける時に聞くのが、与えられたタイミングだと思っている。と同時に、それはリルネが一番に知っておくべきことだ。


「うむ。ここにはおらん」

 老師は遠くを見るような、何かを思い出しているような、、柔らかい視線を宙に上げた。

「リルネの母は、全てに優れた、、賢い人じゃった、、。リルネを神仙峯で生んだ後、ここを出て行かれた、、旅立ってしまわれたのじゃ」

「どこにですか」

「西の国じゃ。新大陸でない、、はるか西の国、、」


 リルネは、ここが自分の故郷ということなのだから、ここに実の父母がいて当然ではあるのだが、しかし存命かどうかまでは、、まだ、知らぬこと、、、それが、あの尊師様が実の父だという、、そして母もここではないが、生きているらしい、、。

 リルネはよくわからない感情でいっぱいになった。フェリーシアの手を握り、自分を落ち着ける。今まで自分の両親はおじいさんとおばあさんで十分だと思っていたが、実の両親が生きていると知ると、不思議と会いたくなるし、愛着も湧いてくる。

 胸の高鳴りが収まって来ると、リルネは意識を二人の会話へ戻し始めた。

 フェリーシアは、神仙峯はリルネをどうしたいのか、、というようなことを聞いている。


「尊師様は流れに任せて生きられる方じゃ。本人の欲さないことをさせることはしない。すべてはリルネ次第じゃよ」

 フェリーシアにとっては、ある意味予想通りの答えだった。表立って何かを強制することはない。しかし、リルネは自ら何事かを自分の使命として捉えていくことになるだろう、、。


「大聖殿の地下に書庫がある」

 急に老師は別のことを言いだした。

「そこにはここで集められた昔の書物が眠っておる。もし、興味があれば見てみるとよい。確か、、、双の巡り、じゃったか、、双の合わせじゃったか、、不思議な、時の流れを超える者のことが書かれておる、、。どの書物かは忘れてしまったがのう、、」

 いったい老師は何のことを言っているのだろうと、フェリーシアは思った。


 老師は目をつぶりながら思い出し思い出し、言葉を発している。

「・・・絆を持ちし者に、記憶はあらず、引き寄せが、生じる。違う世界に生まれても、時空を超えて、絆は、二つの存在を結び付ける。違う空間に生まれ出ても、その魂の・・・何がしか、、、新しい空間で対になって誕生する。それゆえ宇宙の理を、超えてしまう存在といえる、、」

 老師は静かに目を開けた。

「これはわしが読んだ時の、、その記憶の意訳じゃ。原文は覚えておらん」

 フェリーシアは真剣に聞き入っている。

「本来、輪廻とは、最終的にはその魂を業のくびきから解き放つためにある。解き放たれた魂は宇宙と同化する。自由じゃ。しかし、絆を持ちし者に、業とは違う絆が生じる、、」

 老師は一息ついた。

「わしから言えるのはこれくらいかのう、、。あとは覚えておらん」

 フェリーシアは即座に聞き返した。

「老師様、それ、今言われた言葉は、、誰だかわからない、二つの存在の絆ということですよね。どうしてそれを、、私たちにお話しされたのですか」

「ふむ、、、。なぜかのう、、。おぬしら二人は、魂のエネルギーが似ているのじゃ、、。ここまで同質な者を、わしは今まで見たことがないのでのう、、ふと思い出したのじゃ、、。わしもよくわからん、、はっはっはっ、、」

 老師は、最後は豪快に笑い飛ばした。


 フェリーシアは、大聖殿の書庫にあるという、書名も分からない本を探してみようと心に決めた。

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