1話 神仙峯の風致
西の山脈にあると言われた神仙峯は、小型飛行機で8時間かかった。高く美麗な山々を真後ろに控え、すでに標高の高い地点に、駐車場や飛行機の滑走路が設けられ、そこに神仙峯の入り口が置かれていた。
神仙峯へ行くにはここから登山路になるが、それほど険しくはなく、山脈に入る手前の湖周辺に、その目的地はある。湖までの道は徒歩か馬になるが、徒歩で十分行ける距離だ。
リルネとフェリーシアは老師の後について歩いていく。少しすると、畑や果樹園が見え始め、牛や羊、ニワトリも見える。リルネにとっては自分の村を思い出すなつかしい光景だった。
目の前の坂を登りきると、人々の住む居住地が広がっていた。そこは山間の村というよりは近代的な町といった様子だ。建物は一つひとつが大きく、聖堂や教会、寺院を思わせる主要な建造物が立ち、修練所や寮などの大型施設も見られる。畑や果樹園の中に丸太小屋やキャビンがあったり、道沿いに住宅が並んでいたりで、大まかな印象としては、大きな宗教施設と人々の暮らしが自然と共存しているという感じだ。行きかう人々は、老師を見ると軽くお辞儀をした。
老師は舗装された一本道を真っすぐ進む。奥に見える3階建ての大きな聖殿に向かっている。
「老師様、空気が澄んで山も近くてきれいですね」
「そうじゃ、ここは気が澄んでいる。あとで湖に連れて行ってやるでのう、、楽しみにしておくといいぞ」
こんなきれいな自然の中では、どこもきっと美しいのだろう。こんなところで生活できるのは幸せだろうなとリルネは思った。一歩下がったところに、フェリーシアが静かについて来ている。後で感想を聞いてみよう。
大聖殿に入ると、そのまま大きなロビーが広がり、ひんやりとして気持ちがよかった。入口のすぐ横に事務室があり、老師はノックしてドアを開けた。
「お客さんをお連れしたんじゃが、今日は、尊師様はいらっしゃるかのう」
中にいた女性が立ち上がって、こちらを見た。
「あっ、老師様、お帰りなさいませ。えっと、、尊師様は、本日、湖水殿に行かれていますよ」
「そうか、それはそれでちょうど良いかもしれぬ。わしらも湖へ行こうと思っていたでな」
「あの、、そちらがお客様でございますね」
「そうじゃ。紹介しよう。こちらがリルネ、そしてこちらがフェリーシアじゃ」
女性は人懐っこそうにニコリとすると、こちらに寄ってきた。
「ようこそお越しくださいました。私はここの事務をしております、リョンファンと申します。ご来客様のお世話全般を担当しています。何かございましたら、どうぞ遠慮なく言ってくださいね」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
リルネは挨拶をし、フェリーシアもニコリと笑顔で会釈をした。
「老師様、お部屋は一つしか用意しておりませんでしたが、どういたしましょうか、、。明日でしたら、隣同士のお部屋を改めてご用意できますが、、、」
「リルネ、フェリーシア、どうするかのう」
フェリーシアがすぐに反応した。
「私はただの付き添いの者ですから、リルネの部屋を一緒に使かわせていただくのでもかまいません。リルネは、、どうかしら?」
「私も、それでかまいません」
「それでしたら、、二人用のお部屋なら一つすぐに案内できます。そちらでよろしいですか?」
「はい、それでお願いします」
フェリーシアが間髪入れずに言った。
二人はリョンファンに案内されて部屋へ行った。彼女は部屋に入ると、窓を大きく押し開け、空気を入れた。
「ここでは毎日の基本的な日課が決まっています。食事は三食ともこの大聖殿地下階の食堂で頂けます。時間を過ぎると厨房が閉まってしまいますので、気をつけてください。売店や小さな食堂も各宗旨団体の施設についていますが、開いている時間がまちまちですので、食事はここで取るのが便利だと思います。長期滞在の場合は、清掃とボランティア活動が課されます。それはまた後日お話しいたしますね。何かご質問はございますか?」
「私、IDリングを装着していますが、これは今も使用禁止でしょうか」
「あっ、はい、そうです。恐れ入りますが、そちらはお預かりさせてください。また、ご出立の時にお返しいたします」
フェリーシアは腕からリングを外して、彼女に渡した。
「それではごゆっくりお過ごしくださいませ」
そう言って、リョンファンは出て行った。
部屋は小ぎれいで、入口の真向かいに大きな窓があり、左右対称に机とベッドが置かれている。
リルネは、村にいれば町の学校に進学の予定だったから、学寮に入るはずだった。
ここはまるでその学寮のようで、テンションが上がってくる。これではまるでフェリーシアが同室の先輩ではないか。楽しみ~~。いや、浮かれてはいけない。フェリーシアは今、国が大変な中、ここに来ているのだ。少し滞在したらまたエイマリアに戻って、頭の痛い問題が山積みとなって、彼女を待っているのだから。
リルネはここに来て、なぜだか上機嫌になっている。
二人は少ない荷物を置くと、老師の待っているロビーへと戻った。
老師は二人を湖へと案内した。
さっき来た道をそのまま上へと歩いて行く。しばらくすると尾根が現れ、それを越えると湖が見えた。
尾根を越えたあたりから、リルネは身体が軽くなっているのを感じた。不思議な感覚だ。まるで重力の力が減少したような、、ジャンプしたら、数メートルは飛び上がれそうな気がしてくる。
「フェル、何か、体が軽くなった気がしない、、?」
「そう? 私は感じないけれど、、」
フェルには感じないらしい。
老師はかまわず先を歩いている。
湖のほとりに出た。水面は鏡のように、目の前にそびえる山々を湖水に映している。あまりの美しさにリルネもフェリーシアも低く感嘆のため息をもらした。
「どうじゃね、神仙峯の湖は。ここが聖地じゃ。早朝は修行者のみならず、多くの者たちが祈りに来る。精誠に満ちておるじゃろう」
リルネは老師が言う精誠はよくわからなかったが、ただ、身体にエネルギーが充満する感覚と気持ちが弾む実感が、はっきりとあった。
「さて、あそこに見えるのが湖水殿じゃ。尊師様に会いに行くとするかのう」
老師は右手に見える湖水殿に向かい、ゆっくりと歩きだした。




