26話 二人の結論
リルネが国王の執務室から部屋に戻ってくると、フェリーシアがドアにもたれてリルネが帰ってくるのを待っていた。
フェリーシアが部屋にも入らず待ってるなんて、、いつもだったら中でソファーに座っているのに、、。
いつもと違うフェリーシアの行動が、平静を保っているリルネの気持ちを刺激する。国王はフェリーシアにここに残ってもらいたいし、それが自然な流れでもある、、けれど、、。
「お父様のお話は終わった?」
「うん、終わった」
「そう。どう、これから郊外に出ない。この前、途中で終わってしまったでしょ」
フェリーシアは、ニコっとして言った。
「うん、行きましょう」
二人はこの前と同じ車に乗って、今度はまっすぐ郊外へと向かった。
きれいな家並みを抜け、木々が増え始める。陽ざしが道端の花や木を温かく包み、遠くに森と湖を鮮やかに照らし出している。
フェリーシアはそこに向かっているようだ。
「今朝、ヨハンから私に連絡が来たわ。昨日巡視チームに連絡を入れてたけど、私にも直接伝えたかったみたい。彼は、ロッキーチャック家のことを知っていて、私がその一員だと知った時は、ずいぶんと動揺していたわ。たぶん、私を見る目も変わってたと思う。彼からすれば、両親を悪の道に引きずり込んだ張本人たちだから、当然ね。私にも、それは隠さなかった」
フェリーシアはハンドルに手を置き、前方を見たまま話していた。
「でも私たちと隠遁者たちとでは、同じ血筋だとしても、全く違う考えを持った人間だと理解してくれたみたい。その上で、私を手伝いたいと言ってきたの。彼からすれば、きっと一世一代の決意ね。旧大陸まで逃げるしかなかった彼が、今度は、それに真正面から立ち向かうというのだから」
リルネは、黙って聞いていた。
「でもね、、正直言うと、、私は、ロッキーチャック家の問題と言われても、あまりピンとこないの、、。父祖たちがこの国を支配していた、そしてその片割れが、革命を起こして新しい国を建てた、その人たちが今は新しい国の為政者になっている、、。私には、それはそれだけのことであって、それ以上でもそれ以下でもないの。革命前の国のことについては、今まで考えたこともなかったし、よく知らなかったから、、今さら、その時のことを持ち出されても、、私と関係のある問題として考えることができないのよ。お父様は、自分の責務としてそれを深く憂慮されているわ。自分の問題だとすら考えている、、。ただ、私は、一族の贖罪というより、、この国が脅かされることが許せない、隠遁者と言われる人たちを捕まえたい、、自分たちの欲のために人を傷つける行為が、、ただそれが許せないの。それだけ、、。あなたを、監禁までしたしね。ヨハンもそうね」
リルネはフェリーシアの本音を聞いて少しほっとした。彼女が必要以上に自分に重荷を課すのではないかと、それが心配だったのだ。それがなくて、まずはよかった。
「あなたは、私がそう思うことを、、無責任だと思う?」
フェリーシアは、まだ前だけを見ている。
「いいえ。でも、、厳密に言えば、人によるかな。父祖たちが揃いも揃って悪人で、今もその被害があるのなら、その子孫たちがそれから目を背けるのは、それは違うでしょうと言いたくなると思う。でも、フェルは父祖とか子孫とか関係なく、被害者がいれば、そこに手を差し伸べようとするでしょう。それがフェルの性格だし、あなたの立場だとも思う。だから、そこに、誰々の子孫だからという贖罪意識まで抱くのは、、、なんか、痛々しく感じちゃうかな。私は、フェルにそういうの、、持ってもらいたくないよ。あなたはただでさえ、、自分を犠牲にして国や民を守ろうとするから、、。余計に、、」
リルネも前だけを向いてしゃべった。
「そう、、よかった。あなたにそう言ってもらえて、、。少し、気が楽になるわ」
車は森の小道を抜け、湖のほとりに出て来た。フェリーシアはそこで車を止めた。
きれいな湖だった。人はいなく、小鳥のさえずりと、風が木々を撫でる音しか聞こえない。湖は柔らかい風に水面を揺らしているだけだった。
二人は水辺を歩いた。
リルネは、さっきのフェリーシアの言葉を聞いて、彼女が巡視チームに入る決意をしたんだということを感じていた。
「私は、、私は、こういう時、本当に役立たずだなって思っちゃうの。私に、、もし、フェルみたいな判断力や護身術や危機管理能力や、、そういうのがあったら、、私は少し時間をもらってでも、ここに残りたいって言う。そして、フェルたちの手伝いがしたいって言うわ。でも、、私は、こんなんだから、、捕まっちゃうし、逃げ出すこともできないし、、私は、お荷物になりかねない、、」
フェリーシアは、急にリルネを振り返った。
「な、何を言ってるの! お荷物だなんて、、。捕まったのはあなたのせいではないわ。それを言うなら私のせいよ。だってここは、私のよく知る国で、私があなたを案内していたんだから、、。あなたは、、この国のことを何一つ知らないで、私について来てくれただけなのに、、」
フェリーシアは唇を噛みしめている。
「ありがとう、、フェル。あなたが、、そんなに優しいから、、、」
リルネは言葉が続かなかった。そして、フェリーシアの手を取った。フェリーシアは少し微笑んで、握られた手を軽く握り返し、手をつないだまま前を向いて歩き出した。
「私は、、巡視チームに加わるわ。それは、自分の明確な責務だと思うから。でも、その前に、、あなたを、神仙峯まで送りたい、、。あなたの、、そこでの日常を、見ておきたいの、、、。少しの間で、いいから、、、」
リルネは胸を突きさされるようだった。それでは、、、それでは、、それじゃ、、まるで、さようならと言っているみたいではないか。
「老師様があなたの名前を言ってらっしゃたでしょう。長くて舌を噛みそうな名前、、」
その時のことを思い出したのか、フェリーシアはくすっと笑ったが、すぐ元の表情に戻った。
「輪廻を超える者という意味だって、、。私ね、、あなたを知っていたの、、。昔から、、」
「どこかで、、会ってた、、?」
リルネはフェリーシアを見た。
「いいえ、会ったことも、話したこともないわ。でも、知っていたの」
「、、、、」
「私ね、、幼い時にインスピレーションみたいものを受けたことがあって、、私には、将来、会うべき白馬の王子様がいるって知っていたの。でもそれが、どこの誰だか全然わからなくて、、、。それで、、それで、あちこち一人で回っていたのよ。新大陸を回り、旧大陸まで行ったわ、、その人を探しに、、。会いたかったの、、その人に、、」
「、、、私、、白馬の王子様、ではないけれど、、、」
「そうね。白馬の王子様ではないわね、ふふふ」
フェリーシアは可笑しそうに笑っている。
「山の家で、あなたに初めて会った時、わかったわ。ああ、ここにいたんだって。あの夜は、あまりにびっくりして、朝まで一睡もできなかったのよ」
そう言って、フェリーシアは思い出し笑いをしている。
リルネもその時のことを思い出した、、、私が初めてのお客さんにびっくりしていた時、、、そういえば、彼女も自分を見て驚いていた、、。
「それ、、、やっぱ、違ってた、、なんてないよね、、」
リルネは小さな声で聞いてみた。
フェリーシアはやっぱり笑って、「もしかしたら、あるかもね」と言った。
「、、フェルのいじわる、、」
もし、違っていないんなら、もし、そうであるなら、、、なんで別れなんてあるの、、リルネはそう言いたかった。
二人は手をつないだまま、黙って歩き続けた。
今はただ、二人の時間を静かに過ごしたかった。何にも煩わされず、今、この瞬間だけを感じたかった。
二人とも現実に戻りたくなくて、どちらからも、これからのことを言い出せずにいた。
風が水面を優しくなでる。湖が小さな波をたゆたわせて応える。なんて穏やかな時間なんだろう。このまま時が止まってしまえばいいのに、、。
新大陸に来てから、リルネは目まぐるしい時間を過ごした。まだ目的地に着いていないけど、、、もうここで終わりにしたい、、、。
次に進めば、、次の段階に進んでしまえば、、、彼女を失ってしまいそうで、、不安だった、、。後戻りしたくても、、もう、できなくなりそうで、、嫌だった、、。
二人の住む世界は違う。ただ違うというだけならまだしも、、それがどんどん正反対の方向へと進んでいく、、、まるで重力でも発生したかのように、二人をそれぞれの世界へと引っ張っていく、、。
目に見えない力が二人の間を引き裂こうとするかのように、それぞれを引っ張っているように感じた。
真っ白な鳥が湖の上を旋回していた。二人とも立ち止まって、それを見上げた。鳥はきれいな曲線を描いて降下してきた。音もたてずに水面に美しい線を引いて着水した。
美しい、な、、。リルネはそう思った、、そう感じた、、と、、すると、突然、むくむくとお腹の底から力が湧き上がってくるのを感じた。そして、頭の中で何かがバチンと弾けた。
「これは別れじゃない、これは別れとは違う。フェル、、私は神仙峯に行くけれど、、それは旅の目的でもあるし、私のルーツでもあるから。あなたは、国と民のために、エイマリア、もしかしたらエッジスタートにいるのかもしれないわね。でも、私はあなたをあきらめない。絶対、あきらめない、重力なんて関係ない」
フェリーシアは静かに聞いている。
「私はそれが二人を分かつものだとは考えない。私たちはこの世界を超えているのよね。フェルは、私を旧大陸まで行って探し出してくれた。私も私の名の通り輪廻を超えるのなら、私はこの世界の縛りを超えて、私は、あなたを選択する」
それは抽象的で何らの拘束力もないけれど、今の時点で言える、リルネの愛の告白だった。
「私はあなたが好き。あなたと一緒に生きていきたい。あなたと一緒に人生を楽しみたい。だからあなたと生きていく。その舞台は神仙峯であり、新大陸でもあり、旧大陸でもあるわ」
リルネは目を輝かせて、フェリーシアを見つめている。
フェリーシアは吸い込まれるようにリルネを見ていた。
彼女の目は、強い意志のきらめきを放って自分を見つめている。でも、それが現実を変えてくれるわけではない。
「リルネ、、私は、、不安。あなたはいつも、前を向いているけれど、、でも、私は、、私は、そうじゃない、、そうは思えない」
「もし、フェルが不安なら、それは私のせいだわ、、。あなたは私をずっと昔から知っていた、白馬の王子様って言ってくれた。でも、それは私も同じ。あなたは文字通り、、いつも私を助けてくれる、、白馬の王子様だわ」
リルネは声に力を込めた。
「決めた! 私が国王にフェルを少しの間貸してくださいってお願いする。今度は私があなたを連れて行くの。私の意思であなたを神仙峯に連れて行くの。実はね、、老師様に聞いてみたの。老師様は、フェルも来たければ来たらいいって言ってくれたわ。その後のことは、、その時に考えましょう。でも、今日の誓いは、、変わらない誓い」
フェリーシアはふいに涙があふれてきた。悲しいのか嬉しいのか、、判断のつかないままに涙があふれてきた。リルネは、フェリーシアの涙が彼女の目の端から落ちる前に、指のこうでやさしく拭った。そして少し背伸びして、頬にやさしくキスをした。
フェリーシアは、リルネの服の袖口を掴んでうつむいた。涙がとめどなくあふれる。地面に涙の粒が落ちていった。
リルネは、きつく袖口を掴むフェリーシアの手を、反対の手で包み込んだ。
フェリーシアは袖口をぎゅっと掴んだまま離さない。そしてリルネも、その手を優しく包んだまま離さなかった。
フェリーシアは、だから彼女が好きなんだと思う。リルネは追い込まれても、跳躍する。飛ぶことをやめない。でも、私は、、私は、、。




