23話 神仙峯の成り立ち
客間では、国王の会見を見終わった3人が無言で座っていた。
リルネは、自分が監禁されていた間、自身の身の回りが一変してしまったフェリーシアを思った。彼女の心の中までは計りかねたが、ただでさえ責任感の強い彼女に、国王たちが背負ってきた宿命はきっと重荷だろうなと思われ、心配になった。彼女個人には関係ないこと、しかし彼女の立場には大いに関係あること、である。彼女はそれをどう受け止め、どう受容するのだろう。
老師が会見後の識者見解を流し続けるイーエルパネルをオフにして、話し出した。
「ジョージ王は稀代の名君じゃった。彼は、利権と利己主義でがんじがらめになっていたこの国に新風を起こした。宗教界を味方につけて無血革命を成功させた。宗教界も時が来たとばかりに必死じゃった。多くの者は、国の行く末を案じ精誠を尽くすために神仙峯を見出し、そこを聖地に定めてエイマリアの平和を祈った。そうやってエイマリアは穏やかで平和な国に変わっていった。すると小さな周辺諸国からも紛争が消えていき、新大陸全体が変わった」
リルネはコロン革命に神仙峯の人々も参加したんだなと思いつつ、、、しかし今は、話題を変えたくて自分の話に変えた。
「ところで老師様、、私は旧大陸の山の中から呼ばれてここまで来たのですが、、その経緯などを、お教えいただけませんか」
老師は改めてリルネを見た。
「そうじゃった」
老師は少しの間、目をつぶり沈黙した。そして静かに目を開けて話し出した。
「リルネ、おぬしの本当の名は、リルーネシュバッティンという。名の意味は、世の輪廻を超える者、という意味じゃ」
「へっ」
リルネは思わず声を上げてしまった。自分に、そんな、、長い名前があったとは、、。それも何と仰々しい。
「神仙峯ができて50年経つが、エイマリアの安寧だけでなく新大陸全体の安寧のため、わしらは祈り続けてきた。ところが、10数年前から神仙峯に異変が起きてな、、。その萌芽が飛び火して、今回の騒動が起こったと言ってもいいかもしれぬ」
話があちこち行って、、リルネは混乱する。
「あの、、、神仙峯で異変が起きて、それが原因で、ここの隠遁者たちの暗躍や爆破事件が起きた、、ということでしょうか」
「うむ、いかにも」
「え、え~と、、どのような因果関係があるのでしょうか」
リルネだって爆破事件の直接の被害者だ。関係があるなら、それは知らなければいけない。
「直接的関係というよりも、間接的な関係じゃな。見えない世界で起こったもつれが、見える形で出て来たということじゃ」
う~ん、なんか難しい問答をしているようで、すっきりしない。リルネは仕方なくその土俵に乗った。
「すると、神仙峯での異変が解決すれば、エイマリアの隠遁者たちの陰謀も解決できるのですか」
「うむ、いかにも」
うわ~、言いきっちゃった、この人、、と、リルネは思ったが、もちろん声には出さない。
「エッジスタートの国王は、新大陸の歴史の流れが、悪い方向へ行かないよう方向転換させるために、旧大陸に来たと言っていました。新大陸のエイマリアの問題の根は、旧大陸にあるのではないのですか」
素朴な疑問をそのままぶつけた。
「われらの時間軸でのエイマリアの歴史の流れはよかったのじゃ。実際、コロン革命から大地の浄化は勢いを増して進んでおった。しかし、神仙峯の異変以降、大地の浄化は鈍くなり、時々、澱むようになった。そして、、今回の事件じゃ。この事件も何年も前に巣くったものじゃろう。それは、旧大陸というより、同じ時間軸の問題じゃ。我らが旧大陸に人を送ったのは、あくまで神仙峯の異変を止めたかったからじゃ。神仙峯が崩れては、この世界の平和が崩れてしまう」
リルネは理解した。老師の価値観からすると、この世界の中心は神仙峯で、そこに問題が起こり、同じ時間軸ではどうしようもできないので、歴史をさかのぼって解決しようとしている、ということらしい。
「そうしますと、、、その神仙峯の異変というのは、いったい、何でしょうか」
「うむ、、それはまだ、、ある時から崩壊の兆しが見えてきた、、としか言えんのだ。こうして言葉にするにもはばかられること。多くの人や国に不安を与えるのは私の望むところではない。これも二人の胸の中にしまっておいてほしい」
老師はかすかに目を曇らせ、伏せた。
「仮にそれを、[ある時からの兆し]と言うことにしよう。それに対する危機感から我々は、時空のゆがみを作り出し、橋をかけた。神仙峯に芽生え始めた[ある時からの兆し]、それがこの世界だけでなく、時空を超えて広がる可能性があったのじゃ」
「その[ある時からの兆し]は、他の時代に影響を与える危険性があるということですか」
「そうじゃ。並行世界はそれぞれに干渉し合っている」
老師は再び目をつぶり、静かに数回呼吸をすると、目を閉じたまま話し出した。
「おおよそ人間が考え、想像する概念や世界は、違う時間軸にある並行世界からのインスピレーションやひらめきであったりすることが多い。人間の潜在意識は、時空を超えて弱く干渉し合っている。それは良くも悪くもじゃ。肯定的で明るい並行世界が増えれば、宇宙全体はそちらの方に引っ張られていく。反対に否定的で暗い並行世界が増えれば、それも然りじゃ。そういう意味では、コロン革命は大きな金字塔じゃった。そこから神仙峯が生まれたと言っても過言ではない。そして神仙峯は、この自然や大地と共に生きてきた奇跡の空間だとも言える。そこで不穏な兆しが起これば、他の並行世界にも影響が出ないわけがないのじゃ。我々がここでそれを食い止めなければ、この大地に申し訳が立たない」
最後、老師は目を開け、宙を見ながら言葉を吐いた。
「そうですか、、、」
そうとしか返答ができなかった。話が壮大すぎてうまく理解できないが、今までに考えたことのない規模でこの人はものを考えている。自分個人の問題ではなく、この世界、この世、この宇宙規模で考えて、この人は行動しているのだ。ある意味滑稽ではあるが、感嘆せずにはいられない。リルネは今までこんな人に会ったことがないのだから。
隣で聞いていたフェリーシアは、少し神仙峯に対する免疫があったのか、リルネほど驚いている様子はなかった。
「私は歪の橋を何度も行き来しています。この橋を通れるのは、その身に歪の刻印がある者だけと聞いています。それは神仙峯の方々、そして王族、すなわちロッキーチャック家の者たち、、。どうして歪の刻印は、この二系統の人たちだけにしかないのでしょうか」
老師は再び目をつぶった。
「歪の刻印は、目に見える形で押された刻印ではなく、魂に刻まれている刻印じゃ。神仙峯の存在意義は、この世界、もっと言えば宇宙を豊かにするための精誠を尽くすところにある。精誠を尽くせば大地が喜ぶ、すなわち気脈がきれいになり勢いを増す。世界全体が豊かに進化していくのじゃ。そういう精誠が尽くされた魂を持つ者に歪の刻印が現れる。これは人為的にできるものではなく、生まれつきのものなのじゃ。だから遺伝する。しかし、神仙峯の者でも、道を踏み外せば、刻印は消える」
老師はここで深くため息をついた。
「ロッキーチャック家は、先々代の王ジョージ・ロッキーチャックに、刻印が発生したのじゃよ。これは大地が彼を聖者と認めたということじゃ。神仙峯で修行し、精誠を尽くす者たちと同等だという意味がある。だからその子孫は自然とその恩恵を受けている。しかし、、そうだのう、、ライアンはもう、何年も前から刻印は消えてしまっていたじゃろう、、」
恐る恐るリルネも聞いた。
「あの、、そうすると私にも、その歪の刻印があるのですね」
「もちろんじゃよ。はっはっはっ、、なくては困るぞ」
「私も、フェリーシアと一緒に来ましたが、、もしなかったら、どうなっていたのですか」
「おぬしらは、船で行き来しているんじゃったな。ならば、そうじゃな、、橋の前で海に放り出されるじゃろうな」
「え、え~と、、時間を超えられなくて、同じ世界の、その場所にとどまるということですか」
「そうじゃ、船だけが橋を渡り、その者はその場にその身一つで取り残されるであろう」
リルネはここで、あれっと思い、フェリーシアに向かって言った。
「あの、、ヨハンもここから旧大陸に行って、そしてまた、新大陸に戻ってきたよね」
「ええ、そうよ」
「ということは、ヨハンも王族の一人なの、、」
「私も、、それに関してはわからないわ。アルフレット叔父様は何も知らない様子だったから、おそらく神仙峯の人だと思うわ」
今度は老師に向って聞いた。
「あの、私は旧大陸でヨハンという青年に会い、そして、こちらでまた再会しました。彼は神仙峯の人なのですか」
「ヨハン、、さあ、その名は知らんが、、その可能性はあるじゃろうな。その青年はいくつくらいかのう」
「私より上で、、フェリーシアと同じくらいだと思います」
老師は考え込んでいたが、おもむろに微笑み出した。
「そうか、そうか、その青年も、縁あれば、きっと会えるじゃろう」
今まで淡々としていた老師の表情が、急に明るくなり、喜んでいるように見えた。




