19話 真っ向勝負
『Mr』はドアから入ってくる二人をじっと見ていた。一人はドア横のデスクに座り、そしてその後ろから入って来た男は、ドアを閉めると、そのままドア前に立ち尽くしている。
『Mr』は立ち尽くしている青年をじっと見ていたが、、と、急に、彼の口の端に醜く笑みが走った。ヨハンだとわかったのだ。今まで椅子の背にもたれ、脱力気味にしていた体勢を、何を思ったか、背筋を伸ばして座り直した。そしてやや前かがみになって、テーブルにひじをつき、顔の前で手を組み合わせると、そこにあごを乗せてヨハンを見据えた。表情は獲物を見つけた極悪人のようにニヤニヤとし始めた。
「これはこれは、、、なつかしい旧友にお会いできるとは」
『Mr』は、これから楽しい時間が始まるとばかりに、思わせぶりの挨拶をしてきた。
ヨハンはドアの前に立ったまま、無表情でいた。
「どうしたの、こちらへおいでよ」
相変わらず口の端にいやらしい笑みを浮かべ、『Mr』は言った。
それでも、ヨハンはドアの前から動かなかった。ウォルシュも、ずっと横に立っているヨハンが気になっていたが、何食わぬ顔でタブレットをいじっていた。
ヨハンは動揺しているのか、それともわざとそうしているのか、その表情からは読み取れない。
『Mr』は、ヨハンがドアの前につっ立ったままなので、彼もまた様子を見るように沈黙した。だがそのうち、前のめりになっていた姿勢を解き、また椅子の背にもたれ、姿勢をくずし始めた。
「ヨハン君、そんなに怖がることはないだろう。久しぶりの再会だと言うのに、、」
『Mr』はもたれながら横を向き、態度もずうずうしくなっていった。
そこでヨハンは初めて口を開いた。
「あなたは相変わらず監禁を続けていましたね。自分でもいつかは捕まるだろうと予想していただろうに」
ヨハンはそう言うと、ゆっくり机に向かって進んで行った。
横を向いていた『Mr』の顔がヨハンのほうに向けられた。『Mr』はヨハンの言葉には返事をしなかった。ヨハンの表情を読み取ろうとしていた。しかしヨハンは、相変わらず無表情だった。
『Mr』は鼻で「フッ」とバカにしたように笑った。
「きみは逃げ回るのに疲れて、のこのことジムヨークに戻って来たか、、」
ヨハンは、『Mr』の言葉を無視して続けた。
「あのまま監禁をして洗脳活動を続けられると思っていたのなら、少し図に乗りすぎていましたよ。まんまと父に利用されましたね」
ヨハンはそう言うと、机の前にある椅子を引き、そしてそれを横にずらし、そのまま机に片手をついて目の前の『Mr』を見下ろした。
『Mr』は上から見下ろされる形になり、気分を害し、少々挑戦的な目でヨハンを睨んだ。一方、ヨハンは相変わらずの無表情だった。
「あなたはもう少し利口に立ち回るべきでしたよ。なぜ、意味のないことをずっと続けていたんです? やめられなくなってしまいましたか?」
上から見下ろす形でヨハンに言われ、『Mr』も余裕を見せていた今までの態度とは異なり、敵愾心を見せ始めた。
「君もずいぶんと大きな口をきくようになったねえ。ボクと話をしていた時は、びくびく怯えていたのにねえ、、、」
『Mr』はヨハンの神経を逆なでしようとした。
「それはそうですよ。自分に酔いしれている人に閉じ込められるほど、気分の悪いことはないんですよ」
「自分に酔いしれるとは、、心外だな。ボクは自らすすんでそんなこと、したことないんだよ。いつも周りから頼まれてしていたんだから。ボクはもうやめたいくらいだったよ」
『Mr』は軽く責任転嫁して、しらを切った。
「それにしてはお粗末です。監禁が犯罪だという自覚がなかったようで、抜けていましたね。ボクには、あなたが自分の弱みにつけ込まれて、父にいいように利用されていたとしか思えないんですよ」
『Mr』はきっと細い目でヨハンをにらんだ。
「それは笑ってしまうね。ボクに弱みだって、、。ボクに弱みなんてないし、弱みにつけ込まれたこともないよ。もし、何かにつけ込まれていたんだとしたら、それはボクの善意につけ込まれた、、ということだろうね」
ヨハンは畳みかけた。
「あなたはこうやって逮捕されても、まだ利用されたことを認めたくないようだし、自分には弱みはないと強がって見せたいようだけど、そのことにいったい何の意味がありますか? ただの時間稼ぎですか?」
ヨハンはまだ感情的な表情を見せていない。彼の淡々と話す口調に、『Mr』の方がだんだんと苛立ちを表し始めてきた。
「時間稼ぎなんて言われると困るよ。事実をありのままに言っているだけなんだから。それにしても、、君はずいぶんと大きな口をたたくようになったなあ、、。ボクと二人だけだと怖くて話せないようだけど、後ろに誰かがいてくれれば、安心して無駄話もできるってわけか」
「あなたの言う事実とは、あなたの劣等感を隠すためのただの妄想に聞こえます。ボクの言っている意味がわかりますか?」
「本当に君は饒舌になったね、、。2年前はボクを怖がって、ほとんどろくに話しもできなかったんだよ、、。立場が変わると手の平を返したように態度も変えるとは、、、まあ卑怯者のしそうなことだ。まったく、、」
「ボクの言っていることがただの饒舌に聞こえるのでしたら、まだボクの言っている意味が理解できていませんね」
無表情に繰り出すヨハンの言葉に、『Mr』は一生懸命余裕のあるふりをしようとしていたが、傍目から見ても、イライラし出しているのがよくわかる。
「まず一点目、あなたが監禁を犯罪だと自覚できないほどに、人を閉じ込めて洗脳することに没頭してしまったことです」
『Mr』はヨハンが何を言いたいのか、、彼の顔をじっとにらんだ。
「ご自身では、どうしてそんなに没頭してしまったのだと考えていますか」
ヨハンは相変わらず『Mr』を見据えている。
『Mr』は、睨むだけで何も答えなかった。
「言葉尻を取られたくなくて、返答ができませんか」
「そんなくだらない質問に答える必要はない!」
思ったことを見透かされて、『Mr』は少し声を荒げた。
「あなたは犯罪者なんですよ。ボクはあなたを精神鑑定にかけたいくらいなんです。それほどイカレた事をしているんです。でも、そんな自覚がないでしょう、、。それはあなたが洗脳活動に生きがいを感じているからですよ。そこに自分の存在価値を、見出してしまったからなんですよ」
『Mr』は笑い飛ばしてバカにしようか、それとも嫌味の一つでも言い返そうかと、一瞬悩んだ。その間、何とも間の抜けた数秒間が過ぎたが、お構いなしにヨハンは続けた。
「なぜですか? ぜひ聞いてみたい」
ヨハンはじっと『Mr』を見据えている。
「はあ~~、生きがいって何よ? 別にボクはあの活動に生きがいを感じていたわけではないよ。バカらしい、、頼まれてしていたんだから」
『Mr』は椅子に斜めに座りなおして足を組んだ。
「犯罪を頼まれて、悪いことだと気づかず何年も続けていたなんて、それこそただのバカではないですか。もう少し頭のいいところを見せてください。『Mr』と呼ばれて、持ち上げられて、いい気になって、気づいたら逮捕されていたなんて、目も当てられませんよ」
『Mr』は、今度は腕を組んで壁を見つめ始めた。
「あなたは何にそんなコンプレックスを感じていたんですか? 『Mr』と持ち上げられ忘れてしまいたいほどに、何に劣等感を感じていたんですか?」
ヨハンはテーブルに両手を突いて『Mr』に覆いかぶさるように言った。
「外見ですか? 学歴ですか? それとも自分は頭がよいと思っていたのに、実は思ったほどよくなかったことですか?」
その時、『Mr』が急に机をたたいて立ち上がった。
「無礼なことを言うなっ!! おまえっ、おまえは自分を何様だと思ってやがる! てめえの親なんか能無しのくせにいっぱしの議員なんかになりやがって! 親も親ならガキもガキだっ!!!」
後ろで静かに座っていたウォルシュは、すばやく中央の机まで出てきて『Mr』の肩を抑えて座らせた。しかし彼は、興奮して目がぎらつき体が怒りでわなわな震えている。
「でもあなたは、その能無しのベルフォンヌ議員にうまく使われていたじゃないですか。工場で働いているジェスを事務所で働かせ、うまく教育されていたのがまだわかりませんか」
『Mr』は興奮していた。
「うるせーー!! 教育されたとは何だ、この野郎! いい気になりやがって! てめえの親父なんかな! 結局下っ端じゃねえか! もっと偉いおっさんかと思ったら、上からこき使われる使い走りだよっ!!」
「しかし、あなたはその正体すら知らないでしょう? その使い走りを動かしている、裏の人物の、、。あなたは体よく、彼らにうまいこと利用されていたことに気づきましたか?」
ヨハンは興奮している『Mr』を前に、全く顔色を変えずに話している。
「イルミナティだかなんだか知らねえが、どうせ頭のいかれた野郎どもの集まりだろうよお! オレはそんなのとは違うんだよ!! オレはオレが正しいと判断して動いているんだ!! 誰かに指図されて動いているんじゃねぇ!!」
「そんなに無理することはないんですよ。知らなければ知らないでいいんです。イルミナティなんて、宣伝用に使っているただの名称ですよ。彼らに会ったことすらないでしょ」
「ふんっ!! イルミナティが何だってんだ! オレはそんなのとは全く関係なく動いているんだよ。オレがやつらと会う必要がどこにあるんだよ!!」
「もちろん、あなたにはその必要はありません。というより機会すらなかったと思いますよ。だって彼らからすれば、あなたに会う必要なんてこれっぽちもないんですから。ベルフォンヌ議員にうまく踊らされて、洗脳活動をしていてくれれば、それでよかったんです」
「ベルフォンヌ、ベルフォンヌって! やつだってただの下っ端じゃねえか! やつはいつもオレに命令ばかりしやがって! あいつだって、こき使われていたんだ!!」
「あなたはベルフォンヌ議員が命令されていたところを、見たこともないだろうに、ずいぶん下っ端下っ端と、、決め付けていますね」
ヨハンに図星を突かれ続け、『Mr』も返答ができないでいる。先ほどまで、怒りの頂点に達してワナワナと震わせていた体も、だんだんと力が抜けてきてしまっている。もう気勢をはる気力も萎えてきたのか。
「あいつはここ最近、いつも機嫌が悪いんだよ! 何かヘマでもやらかしたんだろうが、それをオレのせいにしやがる! くそっ! オレが何をしたっていうんだ、、」
「あなたが洗脳活動をしすぎたんですよ。それで足がついたと、トップは怒っているんです」
「だってあいつがどんどん教育活動をしろって指示したんじゃねえかっ!」
「けれど、爆破事件まで起こせとは言ってないでしょう」
「あれだって、教育活動の一環だ! あれで利己主義の宣伝をすれば、一人一人に時間をかけるより早いじゃねぇか! ベルフォンヌだって好きにやっていいって言ったくせによぉ! 何だよ、、支援はたっぷりしてやるからって! 最初は喜んでいたくせに、マークが捕まったとたん、自分は知らぬ存ぜぬだとか言いやがって!ったく、ちきしょう! どいつもこいつも、全くちきしょう野郎だ!」
『Mr』、、いや、ジェスもだんだんと観念してきたようだった。汚い言葉を吐きながら本音をさらけ出し始めている。
ジェスの横に立っていたウォルシュは、ヨハンに優しく目くばせした。そして、ドアの横にある椅子を机の前に持ってきて、そこにどかっと座った。あとは、自分が詳しく供述を取るので横で休んでいてください、ということだった。
「ジェス! さあ、さっさと終わらせようぜ!」
ウォルシュは強い口調で言った。
ヨハンは、自分の役割は終わったと思った。あとはジェスが、このまま素直に供述するよう、彼らの横でただ椅子に座っているだけでよかった。
隣の部屋でフェリーシアとランスはずっとはらはらしながら見ていた。フェリーシアは胃が痛くなったし、いつも無表情のランスも気が高ぶり顔に赤みがさしていた。
ヨハンとウォルシュが取調室から出てくると、フェリーシアは廊下で二人を迎えた。
「ヨハン、よくやったわね、、。あなた、本当に立派だったわ」
フェリーシアがそう言うと、ヨハンはようやく緊張をほどいた。
「そうだね、、。本当だね、、。自分でも、そう思うよ」
緊張がほどけるのと同時に、ヨハンは高揚感におそわれた。そして、胸の奥から喜びがじわじわと湧き上がってくるのを感じた。彼は目の前の犯罪者から供述を引き出しただけでなく、自身に対しても、過去の呪縛から自分を解放させることが出来たのだった。
午後はそのまま、『Mr』の事情聴取が続けられた。ヨハンが彼を落としてくれたため、その後はスムーズに進んだ。
その日の内に、ベルフォンヌ議員に逮捕状が出て、身柄が拘束された。




