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17話 ヨハンの挑戦

 入口に二人の警護がついているだけで、病室は静かだった。窓際にあるベッドに近づくと、カーテン越しに薄く朝日を受けながらリルネが寝ていた。腕に点滴を受けている。

 フェリーシアはベッド際まで行き、リルネの顔を覗きこんだ。心なしか頬の肉が落ち、目がくぼんでいるように見える。点滴に睡眠導入剤が入れられ静かに眠っている。寝息すら聞こえないように思えた。

 10日間に渡る監禁と洗脳からの救出だった。もっと早く助け出してあげたかった。それでも無事に救出されてよかった。フェリーシアはリルネの手を取って握った。温かいリルネのぬくもりがあった。フェリーシアは、おでこにかかっているリルネの前髪を優しくかき上げた。そして、そのまま側頭部、耳、頬と、手のひらでゆっくりとリルネに触れて、彼女の無事と存在を感じ取り、心の波を沈めた。


 その様子をヨハンは少し離れたところから見ていた。彼らに罪はない。悪いのはあのグループたちで、彼女たちではない。ある意味、フェリーシアも被害者なのかもしれなかった。


 フェリーシアはこのままリルネが目を覚ますまでここにいたかったが、やるべきことをしなければいけないと、心を奮い立たせた。

「ヨハン、私は捜査本部の方へ行くけど、あなたはどうする?」

「ボクも行くよ」

 ヨハンの返事は早かった。

 フェリーシアとヨハンは病室を出ると、ランスと共に捜査本部へ向った。


 建物に入り、合同捜査本部のある6階まで上がると、人々の動きはせわしく緊張感が漂っていた。その表情は一様に厳しい。『Mr』が逮捕されほっとしているのかと思いきや、捜査本部の面々も、これからが本番ということをよく理解しているのだ。特に、何日か前のベルフォンヌ議員の報告は、緊張を与えるには十分すぎる効果があった。しかし捜査本部のメンバーは、まだ隠遁者の存在については知らない。ベルフォンヌ議員もジムヨーク知事についても、今だ自分たちのボスだと思っている。しかし、ある意味それは巡視チームも同じだった。まだ物的証拠がなく、今のところヨハンの話のみである。そしてその内容はまだ捜査本部には伝えていない。

 隠遁者、及びベルフォンヌ議員やジムヨーク知事については、『Mr』から供述をしっかりと取らないといけない。その意味で彼の取り調べは、事件の一つの山だった。


 フェリーシアたちはいったん、同じ6階に設置されている巡視チーム室に入った。そこには何人かのメンバーが作業をしていたが、3人が部屋に入ると、皆が一斉に立ち上がり礼を執った。ヨハンとフェリーシアは突然のことで驚いた。彼らはヨハンの勇気ある現場検証と証言に対し、そしてそれを引き出したフェリーシアに対して、深謝の思いを込めてしたのだった。ランスが素早くその旨を二人に伝えると、ヨハンは初めて笑みを浮かべた。

 その中の一人が一歩前に出て、ウォルシュと名乗り、『Mr』の取り調べについて現状報告すると言い、3人をカフェへと案内した。


 席に着き飲み物を頼むと、ウォルシュは話し出した。

「ヨハン様、そしてフェリーシア様、無事『Mr』を逮捕することができました。大変感謝しております。ただ今、取調室で『Mr』の事情聴取が行われています。ただ、少し難航しています。モニターで逐一見ておりますが、、これがどうも、、まともに調書が取れておりません。というのも、わざと話をそらしているのか、それが元よりの性格なのか、きちんとした会話ができていないのです。、、何とも掴みどころのない人物です」

「彼は、『Mr』は、監禁した理由は何だと言っているの?」

 フェリーシアが聞いた。

「はい、あれは監禁ではなく保護だと言っています」

「何からの保護なのかしら?」

「この世の中の悪い価値観からの保護だという事です」

「はぁ、、この世の中、、からの、、」

 フェリーシアもその返答には閉口してしまった。

「彼には、独自の理論体系があり、それに沿って返答しているので、通常の会話が成り立たないのです」

「仲間や背後の存在については何か言っている?」

「いいえ、それに関しても、何も言っていないに等しいです。詭弁でごまかしています」

「そう」

 フェリーシアはこれは時間がかかりそうだと思った。消耗戦になると予想して、次の手を打たなければならない。

 するとヨハンが唐突に言った。

「あの、ボクに彼の事情聴取をさせてくれませんか?」


(「えっ」)。


 誰も声には出さなかったが、3人とも驚いた。

「あの、事情聴取にはそれなりのテクニックがございまして、、初めての方には難しいかと思うのですが、、」

 相手から有益な情報を引き出すために、それなりに訓練を受けている者が事情聴取を行っている。それを物ともせずに居直っているのが『Mr』なのだ。彼らが舌を巻いている人物相手に、全くのド素人が事情聴取をしたところで、足をすくわれ、痛い目を見て終わってしまうと危惧される。

「ボクは彼のことを知っているし、彼もボクのことを知っています。見え透いた嘘は言わないはずです」

 ヨハンは本気だった。しかし3人とも、彼に事情聴取をさせていいものかどうか、、、悩んだ。


 ウォルシュが言った。

「ヨハン様、我々が事情聴取する様子を別室でご覧になられながら、お話したい時、部屋にお入りになり、お聞きになるのはいかがでしょうか?」

 彼にダメージを与えないように、最小限の接触で終わらせたいのだ。

 しかし、ヨハンはそれを断った。

「いや、それでは、彼は何も言わないと思うよ。ただボクをひと目見て、無視して終わるか、相手にするとしても、ほとんど実のあることは話さないと思う。ボクと一対一でないと、、。高い彼のプライドを、挫くくらいのことをしないと、、彼は本気を出さないよ」

 ヨハンの言葉に、フェリーシアもウォルシュもランスも、黙り込んでしまった。一か八かやってみるのもありか、、、でも大丈夫だろうか、、。

 

 そんな中、意を決するようにウォルシュが言った。

「それでしたら、私が午後に、2時間ほど事情聴取をする手続きをいたします。その枠をヨハン様に提供します。しかし責任上、私も同席いたします。ただ、私は何も口出ししないようにしますので、ヨハン様がその時間を自由にお使いになって結構です」

 ヨハンは少し考え、、そして彼に言った。

「それでしたら、申し訳ないのですが、大きい部屋で事情聴取を行うことはできませんか。そして、あなたには入口近くに座っていただきたいのです。二人の会話が直接聞こえない距離を取っていただきたいのです。会話は、ボクに小型マイクでもつけてください。それで調書は取れるようにしていただければと思います。要は、彼に、、、ボクを、バカにさせる機会を与えたいのです」

 ヨハンの話を聞いて彼の作戦がだんだんと見えてきた。『Mr』を油断させて、思っていることを言わせ、吐かせてしまおうという事らしい。しかし、頭の切れる『Mr』がその手に乗るのるだろうか、、。


「わかりました。狭い部屋で二人きりにするよりは、そのほうがまだましです。部屋にレコーダーが設置されてはいますが、一応、極小マイクを用意しましょう。しかし、『Mr』という男はなかなか手ごわいですよ」

 ヨハンは提案を受け入れてくれたウォルシュに感謝し、そして言った。

「彼は、この期に及んで父に義理立てするような人間ではありません。もちろん自分を育ててくれた恩人だとは思っているでしょうが、、自分を犠牲にしてまで守るものではないと思っているはずです。黒幕についても、もちろんそう簡単に話さないでしょうが、、でも彼には、、自分より価値あるものなんてないんです。それが誰であろうと、、」

「わかりました、ヨハン様。それでは、私の方で事情聴取の時間を押えますので、時間が決まり次第、ご連絡いたします」

ウォルシュも心を決めたようだった。これだけヨハンが言うのだ、彼に任せてみよう。


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