13話 ヨハンの上陸
超高速艇はすごい速さで波をかき分けて進んだ。おかげで、ジムヨークの港に着いた時には、彼はへとへとになっていた。船は直接港に接岸し、陸に下りると、近くのベンチまでヨタヨタと歩き、座り込んだ。
「ちょっと休ませておくれよ。あんなスピードで走るなんて、、頭の中がずっと揺れているよ」
船から一緒に降りた随伴者は、冷えた水を渡した。
彼は礼を言ってその水をもらうと、まずは額につけて頭を冷やし、そしてふたを開けて一気に飲んだ。
随伴者はそれを見守りながら、リングのパネルを立ち上げ、ヨハンが新大陸に到着したことを伝えた。
同じ時間、ランスはフェリーシアの部屋をノックした。
「フェリーシア様、今、ヨハン様が港に着いたと連絡が入りました」
ランスの言葉を聞いてフェリーシアは喜んだ。
「そう! 着いたのね」
「はい。今からこちらに来るそうです」
賭けではあったが、フェリーシアは祈るような気持ちでその言葉を聞いた。
再びフェリーシアの部屋がノックされた。すでに部屋で待機していたランスが、入口のモニターを確認し、ドアを開けた。
そこには、巡視チームのメンバーに囲まれたヨハンが立っていた。
「どうぞ、中に入って」
フェリーシアは立ち上がって彼らを迎え、そしてヨハンに微笑みながら言った。
「ヨハン、、元気だった?」
ヨハンは少しはにかんだように笑った。
「うん、元気だったよ」
「あら、あの黒コートはもう着てないの? ああ、もう暑いから着てはいられないわね」
「ううん、暑くて着れないんじゃなくて、、、あの弁競演会の後、あのコートを着ているとあちこちで話かけられるんだ。『白バラ十字団の方ではありませんか?』って。だから当分の間、着るのをやめたのさ」
ヨハンは笑いながら言った。
フェリーシアもつられて笑った。そう、そうだった。あの弁競演会で、リルネがあのコートを着て演説したのだった。
「そうだったわね、、。あの時、あなたが偶然、フレンクランの食堂に現れて、リルネはあれを着て弁競演会で話すことになったんだったわね。ずいぶん、昔のことみたいに感じられるわ、、。それに、、まるで私たちに困ったことがあると、あなたは私たちの前に現れてくれるのね」
フェリーシアは少し感傷気味に言うと、ヨハンは思い出したように言った。
「そうだ、どういうことなんだい、。リルネが大変だって、、」
皆がソファに座わると、フェリーシアはヨハンに、リルネが拉致監禁されたいきさつを話した。黒幕と思われる秘密組織のことは話さなかった。ただ『Mr』を中心とした地下組織が、拉致監禁をしながら洗脳をし、この国でクーデターを起こそうとしている、という話だけをした。
ヨハンは真剣に聞いていた。時折つらそうに顔をしかめることがあった。そして最後にフェリーシアは言った。
「私、マークに会った時、あなたを思い出したの。あなたがトーマスの家にいた時、ずっとテーブルの横で寝起きしていたでしょう。狭いところが苦手だって、、。そして、あなたが新大陸の人だってことも知っていたわ。何しろ『気』や『針』を扱う腕前はピカ一だったもの。この若さであれだけ使いこなせるのは、新大陸できちんとした専門教育を受けた人だと思ったわ」
ヨハンはただフェリーシアの顔を見ていた。
「それにエッジスタートに行きたがらないのも、何かわけがあるのだろうと思った。今回リルネが監禁されて、そしてマークと話してから、、もしあなたにも同じような事があったのなら、、と考えたわ。きっと、、あなたも、、監禁されたことがあったんだろうって、、」
ヨハンはうつむきかげんになりながら、フェリーシアの話を聞いた。フェリーシアが話し終えても、ヨハンは顔を上げなかった。その間、誰も、何も、言葉を発さなかった。そして、ヨハンは意を決したように、顔を上げて話し出した。
「フェリーシア、君の言うとおりだよ。ボクはここで生まれてここで育った。そして、ボクはここで、両親に監禁されたよ」
「えっ! 両親に、、、」
フェリーシアはびっくりした。何で、、両親がそんなことをするのか、、。
ヨハンは静かに話し始めた。
「両親は、ボクに自分と同じ考えを持ってほしかったんだ。だけどボクは、彼らの考え方はどうしても受け入れられなかった。すると、ある日突然、場所を変えてじっくり話がしたいと言い出したんだ。ボクは、別にそんな必要ないよって言ったんだけど、これは大事なことだからよく考えないといけないって言って、ボクを無理やり連れ出そうとしたんだ。仕方なくついていくと、あるマンションに連れて行かれた。そしてそこに閉じ込められた」
フェリーシアは、にわかには信じ難かった。親が自分の子供にそんなことするなんて、、。いったい、どうしたら、自分の子供を監禁してまで洗脳しようと思うのだろうか。
ヨハンは、いろいろなことを思い出しているようだった。それをなかなか言葉にできないでいる。だんだんとヨハンの肩が震えてきた。
フェリーシアはヨハンの横に移り、肩に手を置いた。
「いいのよ、、話したくなければ、今は話さなくてもいいのよ、、」
フェリーシアはヨハンが痛々しかった。彼は両親に監禁されていたのだ。そこまでして、自分の子どもを地下組織の一員にしたいのだろうか、、。フェリーシアには理解できなかった。
フェリーシアはヨハンの様子を見ながら、少しずつ話を切り出した。
「リルネが、今、監禁されてしまったんだけど、、どこにいるのかわからないの。彼らの仲間を、ずっと見張っているんだけど、、なかなか尻尾を出さないのよ。それで、あなたが監禁されていた場所を、教えてもらいたいんだけど、、、覚えているかしら、、」
フェリーシアはそう言いながら、ヨハンの顔を見ていたが、、、ヨハンは冷静に答えた。
「うん、覚えているよ、、案内しよう」
「そう、、ありがとう、、助かるわ」
フェリーシアは、ヨハンに疲労がたまっているのはわかっていたが、何しろ早く監禁場所を特定したかった。
フェリーシア、ヨハン、ランス、もう一人で、ヨハンの案内するとおりに車を走らせた。監禁場所はやはりジムヨーク市内だった。
ヨハンはよく覚えていた。監禁から2年がたっていたが、それくらいでは心の傷はいえないのだろう。
ヨハンが案内した場所は、ジムヨークのオフィス街を少し離れたところだった。たくさんのマンションが立ち並ぶ、その端にある30階立てのマンションだった。その前で車は止まった。
「ボクがいたのはこのマンションだよ。ここの最上階、、」
双眼鏡で見た限りでは、中に人がいるのかどうかもわからなかった。窓はすべて閉められ、何かセロハンのようなもので中が見えないようにされていた。
「外からは中が見えないように、中からは外が見えないようになっている。窓も鍵が二重になっていて開けることはできないよ。セロハンが貼ってあるなら、まだ監禁部屋として使っているかもしれないね」
ヨハンはそう説明してくれた。
「わかったわ。ありがとう、、。ランス、捜査本部にここのことを知らせて」
フェリーシアはもっと細かく、いろいろな指示をしたかった。リルネがここにいるとは限らない。ヨハンに逃げられているのだから、場所を新しくしつらえているだろう。ドローンの張り込みはもちろん、部屋の権利者、マンションの所有者、そしてその権利者と所有者の別の物件を調べなければいけない。しかし、ヨハンの前でそういう指示はしたくなかった。それにランスならば、いや巡視チームであれば、そのくらいはするだろう。いくら事件が少ないからといっても、捜査本部だって、今はそれが本職なのだから、、。
ランスが外で通話を終え車に戻ってくると、車は発進した。
「ヨハン、あなたお腹すいているんじゃないの? 食事、まだしていないでしょう?」
「ああ、そういえば、今日は朝から何も食べていなかった、、、」
「えっ、、それはごめんなさい。さあ、何か食べに行きましょう! 食べたいものはある?」
「そうだな、、、何か軽いものでいいんだけど、、。ボク、ずっと船酔いしていたんだよ、、いくら高速艇だっていっても、上限速度お構いなしに、すごいスピードで進むものだから、ずっと頭がクラクラしていたんだ」
「それなら、確かに軽いものがよさそうね」
フェリーシアは笑いながら言った。
彼らはレストランの並ぶ小じゃれた通りまで来ると、めぼしいレストランを見つけて入った。
リルネは昼食が終わると少し横になった。だんだんと気力の萎えていっているのがわかる。自分の居場所を伝える手段もなく、誰も助けに来てくれないという絶望感、ここから逃げ出せないならば、出られる方法は一つしかない。それは、『Mr』の言うとおりに自分の考えを変えることだ。考えを変えたと偽装を試みても、向こうはプロだからすぐばれてしまう。
リルネは、もう利己主義でも利他主義でも、そんなこと考えたくなかった。狭い部屋の中、殺傷与奪の権利を持った彼らに、どう対抗すればいいのかわからない。リルネはだんだんと思考停止が始まっていた。考えたくないものを無理やり考えようとすると、自分でも知らずに頭が動かなくなる。感情が無意識に頭の働きをストップさせてしまうのだ。しかし、『Mr』は監禁下で説得を受けている者が、そのような状態に陥ることを十分に承知している。リルネが思考停止になると、決まっておじいさんとおばあさんの悪口を言い出した。するとリルネは怒りが込み上げてくる。怒りが湧き上がるということは、同時に頭が動き出す、考え始めるということだ。それを狙ってまた考えろと迫る。
リルネは、洗脳は薬や暴力を使わなくても可能なのだということを知った。




