10話 謎のアジェンダ
コロントンでは連邦議会が緊急議会開催の召集をかけていた。議事場は会議の始まる前から大騒ぎだった。議員たちは今回の連続爆破事件は、犯人が捕まってひと段落したと思っていた。そのため安心していたが、滅多にない緊急招集がかけられ、皆、何事かと集まってきたのだ。
議会開会にまだ時間はあったが、議員たちはもう皆議事場に入っており、あちこちで輪になりながら、情報交換をしていた。
ベルが鳴りアナウンスが流れた。皆がそれぞれの席に着席し、国王が入場してきた。今回は国王も参席しての議会開催だった。そして四方のドアが閉められた。
連邦議会議長の開会宣言が手短にされ、議会は始まった。
「まず今回の緊急連邦議会の議題を申し上げます」
議長はいつになく緊張した面持ちで言った。
「昨日、連邦議会宛に一通の書面が送られてきました。それには『アジェンダ』と書かれていました」
議事場がざわつき始めた。
「静粛に願います!!」
議長は大きな声で議員たちを制した。
「これからその内容を読み上げます。驚くべき内容ですが、みなさんどうか最後まで静かに聞いてください。それから簡単に説明を加え、議論に入ります。くれぐれも私語は慎むように」
そう言って議長は『アジェンダ』といわれる書面を読み始めた。
『連邦議会の皆さん、時がやってきました。時とはこの古い体制から新しい体制に移ること指します。昔から多くの予書で言われている最後の時とは、今、この時のことを言います。50年前のコロン革命前夜を最後の時だという者たちがおりますが、そうではありません。あれは、これから起きようとする大転換の前触れに過ぎないのです。まさしく、今の、この時のことをいうのです。これからの新秩序のことを指しているのです。皆さんがわかりやすいように具体的に申し上げましょう。
1、新大陸だけでない旧大陸をも含めた世界統一政府が立ち上がるでしょう。
2、選ばれし者たちがこの政府を治めることになるでしょう。
3、世界の人口は旧大陸も含めて大幅に減ることでしょう。
4、新しい体制の下、作られる世界は地上の楽園となるでしょう。
信じるも信じないもみなさん次第です。皆さんが賢い選択をされることを祈っています』
議事場が怒号に包まれた。
「こんなふざけた書面を送りつけたのはいったい誰だ!」
議長は裏に書かれてある差出人の名前を読み上げた。
「[IFR(国交問題研究所)]と書かれている」
「え、 [IFR(国交問題研究所)]って、昔、革命前にあったシンクタンクのことか?!」
「あれは解体されたのではなかったか、、」
「一体、何者だ!」
また議事場は混乱してきた。しかし古参の議員たちは、さっきからある人物をじっと見ていた。とうとうその一人が挙手して質問した。
「この書面についての国王のご意見をうかがいたい!」
すると、議事場は突然静まった。ただ、国王は表情を一つも変えなかった。
「私も、この書面をどう受け止めてよいのか悩んでいます」
古参議員たちはコロン革命を身をもって体験していた。50年前のコロン革命で、突然、王制が樹立されたこと、、そして、その経緯を詳しく知っている古参議員たちは、国王の返答に満足いかない様子だった。しかし、この議事場で国王を糾弾することは避けた。現国王は国民にとても人気があったし、また、公務にいそしみ築き上げてきた実績もあった。それを公の場で汚すことはできなかった。
結局、収集の着かないまま議会は一時中断されたが、古参議員たちはそれでは納まらない。
IFRの正体と『アジェンダ』への対応方針など、議論と情報共有を一時終えて、議員たちはそれぞれの宿舎へ戻って行ったが、古参議員15名と国王は2階の会議室に集まった。雰囲気は険悪だった。
「国王、50代以下の多くの議員の前で言うにはばかられ、申し上げませんでしたが、我々の言いたいことにはもう察しが着いていらっしゃるはずです。あの『アジェンダ』は、今から60年前、前時代政権の時に送られてきた『アジェンダ』とほぼ同じ内容です。国王もお気づきになられたでしょう」
年老いた議員の一人にそう言われ、国王は答えた。
「もちろん気づいています。以前の『アジェンダ』のことも承知しています」
「それでは、今回のこの『アジェンダ』は、どういうことなのですか! 正直なところをお答えください! これはあなたの一族に関する問題ではありませんか!」
古参議員は、ものすごい剣幕で迫ってきた。
だが、国王は落ち着いていた。
「私は嘘はつきません。この『アジェンダ』について知るところがないのです。ただ、半年前、ある噂が出始めました。それはこの国に地下組織があるらしいという噂です。私は秘密裏に調査を始めました。それは今も続けています。しかし、まだしっかりとした証拠も何もつかめないままです。3週間前より始まった連続爆破事件は、この地下組織が絡んでいると見て、巡視チームを現地で合流させ、爆破事件と共に、この地下組織の正体を暴くために捜査をしています。そんな時に、いきなりこの『アジェンダ』が届いたのです。私も大変困惑しています」
国王は苦悩の面持ちで古参議員たちに答えた。彼らは、それだけの説明では到底納得できないという様子であったが、同時に、彼らも、日ごろの国王の献身的な働きや誠実な人柄を知っていた。また先々代王のこの国に対する功労もよく知っている。
「それでは、この国に地下組織があり、彼らはクーデターを計画している、、ということなのですな」
一人の議員が声を抑えて聞いた。
「私もこの『アジェンダ』が届くまでは、地下組織といっても、それほど組織だったものとは考えていませんでした。私の巡視チームの調査で暴けるだろうと高を括っていました。しかし、『アジェンダ』の差出人とその内容を見て、今は、相当根が深いと考えを改めています。もう一度調査方針を立て直そうと思っています」
今度は違う議員が尋ねた。
「今は、国王直属の部署が動いているようですが、これは国家の存続に関わる問題です。連邦政府下に権限を移して調査されてはいかがですかな」
他の議員たちも賛同の意を示している。そこには「国王がこの件についての調査権限を持つことはよろしくない」という非難が込められていた。
国王はできれば内輪で、事を大げさにしないで解決したかった。しかし、これほど大きくなってしまっては、自分の手だけで収めるのは難しい、、。しかし、IFR問題を連邦政府で取り扱いたくはなかった。
「ジムヨーク州警察局では、今、連続爆破事件の実行犯を尋問しています。現在捜査は、ジムヨーク州警察局と巡視チーム共同でうまく動いています。もう少しこのまま捜査を続けさせてください。変に体制を変えて現場に混乱を招きたくないのです」
議員たちも考え込んでしまった。それも一理ある。国王は続けた。
「みなさんが、私をお疑いになるのは理解できます。しかし、私もみなさんと同じようにこの国にクーデターなど起こさせたくないのです。そのために最善の努力をしています」
国王の言葉に、議員たちも少しずつ態度を軟化させた。
「国王、ずいぶんと無礼なことを申して、礼をいっしました。ただ60年前の『アジェンダ』を知り、その10年後のコロン革命を知るものとしては、どうしも国王を疑わざるを得なかったのです」
「みなさんのお気持ちはよくわかります。私は、今回の問題をこの身を呈して阻止する覚悟です。ですので、どうか私を信じてください。私はこの国を、国民を愛しているのです」
古参議員たちもここまで言う国王に、意見を無理強いすることはできない。
「わかりました。私たちは国王を信じましょう。ただ、これは年寄りの戯言だと思って胸の隅にでも置いておいてください。60年前、『アジェンダ』を送りつけ、影でこの国を支配していたのはIFRです。そしてそのIFRを作ったのがロッキーチャック家でした。彼らがこの国を、ずっと裏から動かしていました。そして、あなたは「クリストファー・R.C.」と呼ばれますが、実のところ「クリストファー・ロッキーチャック」。それを意識する人は、もうずいぶんいなくなりましたが、それは隠しようのない事実です」
国王は議員たちをまっすぐに見て言った。
「わかっております。私は自分に課せられた宿命を一日も忘れたことがありません。胸に深く刻ざみ込まれています」




