表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/126

9話 ミスターとリルネ

 夕食を終えて、またいやいや本を読み始めた。本しかない場所では、本を読む事しかできない。ここで騒いだとて、隣の部屋で待機している男たちがまた押さえにくるのだ。

 見張りの女は夕食を台所へ運び片づけると、部屋の真ん中に広げたままになっているテーブルをきれいに拭いた。今晩先生が来るということなので、その準備なのだろう。


 ドアチャイムが鳴った。目の前の女が言った。

「『Mr』が来られたようですね」

 リルネはドキドキして来た。自分を監禁した張本人だと思うと、怒りがこみ上げてくる。

 家には入って来たようだが、途中の部屋で人と話しているのか、リルネのいる奥の部屋までなかなか来なかった。


 ふいに部屋のドアが開いた。そして中肉中背の男が入ってきた。するとその後ろにぞろぞろと3人ほどくっついて人が入ってきた。

 これが『Mr』と呼ばれる男か、、。彼が話しかけてきた。

「はじめまして。君がリルネ君かい。どうだい、本は、少しは読んでみたかい?」

 リルネはなんて馴れ馴れしいんだと思いながら、『Mr』に言った。

「あなたが『Mr』ですね。なぜ私を誘拐して、監禁までするんですか!」

 リルネは彼に飛びかかりたいくらいだったが、彼の後ろには3人座っている。

「なぜって、君、、君のためにしていることを、そんな批判的に言われるのは心外だな。君は人と話すのに、その内容が重要なのではないのかい、、場所が重要なのかい」

「あなたは人と話す時にわざわざ監禁して話をするんですか! これは監禁じゃないですか! 犯罪じゃないですか!」

 リルネは頭に血が上ってきた。

 しかし『Mr』は、そんなリルネを小ばかにしたように言った。

「だいたいこれのどこが監禁なんだい。寝る場所を与え、食事も与え、あんたの世話はここの人たちが全部してくれているじゃないか。あんた、自分でご飯を作ってるの? ただ寝転んで本を読んでいるだけじゃないの。それもほとんど内容が理解できないらしいじゃないか。ずいぶんとぐうたらな生活をしてきたみたいだな、、こりゃ、、、」

 そう言いながら、『Mr』は後ろに座っているメンバーに視線を向けて、彼らと一緒にリルネを馬鹿にしたようにせせら笑った。

 あまりにも無礼なこの男にあきれてしまった。この男もこの男だけど、後ろにいる連中は何なんだ!! こいつの取り巻きか! へらへらおべっか笑いして!! リルネはもう会話をしたくなかった。こんな自己チューな人間とは話ができないと思った。


 急に口答えをしなくなったリルネを見て、『Mr』はたたみかけるように言った。

「君はあの本を読んで、何を感じた? 何か考えることはあったか? もう少し頭を使って自分で考える訓練をしなさい。他の人間たち同様、これじゃ寄生虫状態だよ、、。他人の生産活動に寄生して、そのおこぼれをもらう。頭を使わない寄生虫たちはそんな自覚もなく、楽して暮らして、能力ある者に負ぶさろうとするんだよ」

 リルネは彼が何を言っているのかわからなかった。が、この人と話したくない。

 リルネが口を開かないのを見て、『Mr』は好き勝手に言いたいことを言う。

「だいたい寄生虫を生むのはその親だ。親が寄生虫だと子供もそうなるんだよ」

 おじいさんとおばあさんのことを持ち出されたとたん、リルネは黙っていることができなくなった。

「あなたは、私の両親の何を知っているというの!! 失礼じゃない!!」

 『Mr』はリルネが口を開いたのを逃さず続けて罵倒した。

「君を見れば一目瞭然じゃないか。環境が気に食わないからって話に応じない。場所が気に食わないからって、周りの人間はみんな嫌な奴だって、そう思ってるんだろう。自分が正しいと思うんだったら、それを正々堂々と主張したらいいんだよ。正しいことはどこへ行っても、どんな状況でも正しいんじゃないのかい。そうじゃないのか!」

 『Mr』はふてぶてしくそう言った。そして周りの取り巻きたちも、リルネを憐れそうに見た。

 リルネはだんだんと力が抜けていくようだった。この人は何でもすべて、自分の都合のいいようにとるんだ、、、それに、この取り巻きたちは、、この男を崇拝しているように見える。


「それで君は、今、その本のどこらへんまで読んだんだ。テーブルの上に本を載せてごらん!」  

 『Mr』はリルネを見下したように言った。

 リルネは言われたことにどう反応しようか迷ったが、こんな監禁されている状態で、いくら抵抗したところで全く意味のないことだと感じ、より気分が重くなった。

 力の抜けているリルネを見て、また『Mr』は言った。

「おい、こら! 人の話を聞いているのか! おまえは思ったより相当ボンクラだなっ!」

 そう言って、また取り巻き連中と一緒に薄ら笑いを浮かべている。

 リルネはその屈辱的な言葉を受け、ぼーとしていた意識が、また目の前の現実に戻された。リルネは『Mr』の顔を見ずに横に置いてあった本をテーブルに載せた。

「どら、、、ほう、、一応、3分の1くらいは読んでいるじゃないか、、。最初の数ページしか進んでいないのかと思ったら、、。君はもともとは、頭が働くお利口さんだったのかな、、」

 『Mr』はお世辞か、急に口調を柔らかくした。

「これなら、ずいぶんと望みはありそうだな、、、」

 『Mr』のおだてに、リルネは少し気分が丸くなるのを感じた。こんな奴にほめられても嬉しくないと思いつつ、激しくけなされた後では、やはり少しでも認めてもらえるのは、、悪い気はしない。もちろんそんな表情はおくびにも出さない。


「いいかい。この本はこの新大陸がまだ個人の自由を尊重していた時代のベストセラーだった本だ。若者たちはこぞってこれを読んだ。既成概念や偽善的道徳からの解放を願った若者たちは、これを読んでどれだけ生きる自信を持ったことか、、」

 リルネはこの本がそんなに有名な本だということが信じられなかった。こんなつまらない本、、と思っていた。

 『Mr』は一通りこの本の価値について話した。リルネは相変わらず下を向いて話を聞いていた。

 どれくらい話を聞いていたのだろうか、、

「リルネ、君はとてもいいチャンスをつかんでいるんだよ。この機会を無駄にしてはいけない。もっと貪欲に学びなさい。学ぶことに無駄はないんだから。わかったかい?」

 『Mr』はこちらが素直にしていると、それなりの礼儀は守るようだ。

「今日はもうそろそろおいとまするよ。明日の晩また来るから、この本をもっと理解するように読んでごらん。君はバカではなさそうだから、ここに書いてあることを理解できると思うよ」

 そう言って「よっこらしょっ」と立ち上がり、取り巻きたちと一緒に部屋を出て行った。


 リルネは相変わらず下を向いていたが、彼らが完全に部屋を出ると、緊張がほどけていった。手にはうっすら汗がにじんでいた。

 その晩はそのまま布団をしいて寝てしまった。見張りの女も、『Mr』との初対面に緊張したのだろうと、何も言わずそのまま寝させてくれた。


 翌朝、リルネは目を覚ました。

 ああ、そうだ、、私は部屋に閉じ込められていたんだ、、。朝、目を覚まして、現実に戻るとやりきれない気持ちにおそわれた。

 フェリーシアたちは私を助けに来てくれるだろうか? ここがどこだか自分でもわからないのに、、私を探し出せるだろうか、、。リルネはだんだんと心細くなってきた。

 自分はいつまでここにいなければいけないんだろう、、。きっとあの本を読んで利己主義とやらを私が理解したと、彼らが満足するまで続けるんだろうな、、ああ、何でこんなことになったんだろう、、。

 リルネは憂鬱な1日を、また始めなければならなかった。


 夕食を終えると、昨日と同じようにドアチャイムがなった。急に音がするので、その音に心臓がどきっとする。そして、また嫌な緊張が始まった。

 『Mr』は昨日と同じように、なかなか奥の部屋まで来なかった。おそらく手前の部屋でリルネの一日の報告を聞いているのだろう。

 ドアチャイムが鳴り5分くらいしてから部屋のドアが開いた。そして昨日と同じように、取り巻きたちを連れている。昨日来た者もいれば、はじめて見る顔もあった。


「こんばんは。今日は、一生懸命本を読んだかな」

 『Mr』は相変わらず馴れ馴れしかった。リルネはそれには答えなかった。

「何だい、、、だんまりか? 君が話したくなければ話さなくてもいいんだよ。いつまでも、好きなだけここにいればいい。ボクらはなんら困ることはないからね。時間は十分にある」

 『Mr』はリルネを脅すように言った。

 やはり自分が満足するまで私をここから出さないつもりなんだ。リルネは余計憂鬱になってきた。


「利己主義というと自己中心的だとして、不道徳の項目に入れがちだか、そんなことはない。それはみんな利他主義という偽善を見抜けないからそう思うだけなのさ。後ろにいるケイ君なんかは、最初、『ボクはこんな自分勝手な思想は不愉快です! こんなの受け入れられません!』なんてイキがっていたんだよ。恥ずかしげもなく、『ボクは人のために生きたいんです!』なんて言うから笑ってしまったよ。なあ、そうだったよな、、」

 『Mr』はそう言うと、後ろに座っているケイ君を見た。その青年はバツの悪そうな顔をして答えた。

「本当ですよ、、へへ、、。よくそんなこと言ったものだと思います。その時は、思考が完全に止まっていて、利己主義や利他主義について何もわかっていなかったんですよ」

 ケイ君はそう言いながら頭をかいた。

「最初はみんなバカなのさ。それは仕方ないんだよ。だって世間がそうなんだから。だから、バカはバカだとさっさと認めて、新しくやり直したらいいのさ。変な自尊心やプライドは、真実を探求するにあたっては邪魔になるだけだ」

 『Mr』がそう言うと、後ろのメンバーも大きくうなずき、そして「君も間違いを早く認めてしまえ」と言わんばかりにリルネをじっと見つめた。

「この主人公はね、実力も能力もある人間が、『人のために生きよ』とか『奉仕の精神が大切だ』とか言った利他主義をかかげて、搾取していく人間から独立しようと必死なのさ。自分の夢をかなえるために、自分に投資することのどこが利己主義なんだい? より努力してすばらしい技術や製品を作るために競争することのどこがいけないのさ。競争は自己の欲望がなければ生まれてこないんだよ。自分の夢をかなえようとする欲望は、美しいものだよ。自己実現しようと努力する姿は賞賛されるべきなんだ。その結実を能力のない者たちは利他主義をかかげて、ただで持っていこうとする。こんな理不尽なことはないんじゃないか?」

 リルネは『Mr』の言うこともわかるが、でも何か違うような気がする。思わず口を開いた。

「しかし、、これは、、能力のある人は働き者で、能力のない人はただの寄生虫で、彼らの邪魔ばかりしているように書いてあるけど、そんなことばかりではないと思う。この本は、、何か、全体的に前提がおかしい、、」

 リルネはどこがおかしいのかうまく言えないまま、思ったことを言った。

 すると『Mr』は笑い出した。

「はっはっはっ、、おまえさんは本当にまだガキだね。君はまだ何らの生産活動をしていないじゃないか。ここで言っているのは自己実現というもっと高尚なことだよ」

 そう言って、また例の取り巻き連中と顔を見合わせながらバカにしたように笑い出した。

 リルネは言わなければよかったと思った。しかし何か言わないと、彼らの言っていることを全部肯定しているようでしゃくにさわる。でも言えばまたバカにされる。それも嫌だった。二進も三進もいかず、ただ彼らの意のままに進むしかなかった。


 リルネは、早くここから出たい、こんな人たちと一緒にいたくないと思った。しかし囚われの身だ。自力で逃げ出すことができない。

 早くこの人たちに帰ってほしかった。早く布団に入って寝てしまい、、、そして一瞬、、、そのまま朝が来なければいいと思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ