8話 新しい拉致監禁
リルネは目を覚ました。一瞬、ここがどこだか思い出せなかったが、すぐに自分が、今マンションの一室に閉じ込められていることを思い出した。
6メートル四方ほどの狭い部屋に、自分ともう一人見張りの女性が寝ていた。彼女はリルネが目を覚ましたことに気づくと、すぐに起き上がり布団を片付け始めた。リルネは彼女が布団を片付けるのを見て、自分もゆっくりと起き上がった。そして昨日のことを思い出した。
リルネはフェリーシアがレストルームに行った後、ぼんやりと日中あった出来事を思い出していた。コロントンでは尻切れトンボで終わってしまった彼女のガイドも、ここでは心行くまで一緒に観光を楽しめた。国王が倒れたが、それも軽い過労でよかった。
そんなことを考えていると、いつの間にかテーブルの横に一人の男性が立っていた。彼はリルネに言った。
「リルネ様でございますね。国王陛下がまたお倒れになりました。すぐご案内しますので外にご用意しているお車にお乗りください」
その男がそう言うので、リルネはびっくりした。
「えっ! また倒れられたのですか!」
「はい、まだ、回復されていらっしゃらなかったご様子です」
リルネはすぐ行かなければと思ったが、まだフェリーシアがレストルームから戻ってきていない。
「今、フェリーシアがレストルームに行っています。彼女が戻るまでちょっと待っててください」
「はい、もちろんです。フェリーシア様も来られましたら、すぐにお車に乗っていただきます。私がお待ちしていますので、リルネ様は先にお車に乗って、お待ちになっていてください」
リルネはうなづくと、立ち上がった。
その男はフェリーシアを待つと言いながらも、リルネをまず車に案内すると言って、一緒に外へ出てきた。道の向こうに止めてある黒塗りのワゴン車に案内すると、後部座席のドアを開け、リルネを乗せた。
すると、急にその男はリルネを中へ押し入れ、自分も無理矢理リルネの横に乗り込み、座り込んだ。そして車のドアが閉められた。
「えっ、あなたはフェリーシアを待つんではないんですか!??」
彼はそれに答えなかった。そして、リルネはこの車の中の異様な雰囲気に気づいた。
急に緊張し出した。自分の周りを囲むように見知らぬ人たちが座席に座っている。気づかないうちに車は発進していた。
「ちょ、ちょっと! あなたたちはいったい誰ですか? なんでフェリーシアを待たないんですか!」
リルネが強い口調で言うのを聞いて隣の男が口を開いた。
「申し訳ありません。実は、あなたとお話ししたいことがあります。それで、これからその話し合いの場へ、あなたをお連れしようと思うのです」
リルネは彼の言っていることがわからない。
「あなたの言っていることがよくわかりません。何で私をだまして連れていくんですか。堂々と言ったらいいじゃないですか? フェリーシアも私が急にいなくなったら心配します。彼女に伝えてください。私の行く所を」
リルネは彼らの目的がまったくわからなかったが、強引なやり方に腹が立ってきた。
「それはできません。他の人に邪魔をされてはゆっくりお話ができないのです」
隣の男はそう言った。
リルネはどうにか逃げ出せないだろうかと、周りを確認するが、自分の右横には女性が、後ろの座席には男性が一人、前には運転手と助手席には女性が座り、こちらを見ていた。
リルネは、自分が誘拐されたことに気づいた。私はだまされたんだ。この一味は私を誘拐して、どうするつもりなのか、、。国王やフェリーシアに身代金か何かを要求するのだろうか、、。
「なぜ私を誘拐するんですか? あなたたちはいったい誰なんです!」
「いいえ、これは誘拐ではありません。ただの話し合いなのです。ですから話し合いが終われば、またあなたを家までお送りします」
「話し合いだったらわざわざ私を誘拐する必要はないじゃないですか! これは誘拐ですよ!!」
「いいえ、あなたを利用して何かをしようというのではないのです。ただ静かな所に行って、あなたに重要なことについて考えてもらいたいのです。そのための場所に向かっているのです」
リルネはその男が言い終わる前に、男の向こう側にあるドアに手をかけた。しかし、男はすぐにリルネの手を掴み上げた。後ろにいる男性も前の座席に乗り出して、リルネを座席に押さえつけた。右側の女性にも腕を掴まれ、三人に押さえつけられながらリルネは声を上げた。
「助けて!!! 助けて!!」
誰かがリルネの口をふさいだ。足をばたつかせようとしたが、誰かが両足を押さえ込んでいる。リルネは息をするのも苦しいほどに押さえつけられていた。全身に力が入ったが、その何倍もの力で押さえつけられている。もう、どうすることもできないとを悟った。そして全身の力を抜いた。
「騒いでも無駄ですよ。逃げることはできません。おとなしく私たちと一緒に行くしかありません」
三人はリルネが静かになったのを十分確認してから、力を抜き、後ろからリルネに猿ぐつわをはめた。リルネは何もしゃべれなくなった。
車は半時間ほど走って止まった。止まったのはどこかの地下駐車場らしい。車のドアが開くと、リルネは両脇から抱えられるように車から出された。そして周りを囲まれながら地下駐車場を抜け、建物の中に入った。リルネは猿ぐつわをかまされているので、声を発することができない。
すぐ目の前にあったエレベーターに乗り、8階まで上がって行った。エレベーターが止まりドアが開くと、目の前は小さな踊り場になっており、部屋のドアは2つしかなかった。エレベーターのすぐ横のドアを静かにノックすると、中からカチャカチャと鍵の開く音がして、ドアが開いた。中から見知らぬ女が出てきて、リルネは中に入れられ、そして一番奥の部屋へと連れて行かれた。
リルネは昨日のことを思い出すと、今でも泣きたくなるほど怒りが込みあげてくる。しかしこうなったものはしかたない。どうにかこの現状を乗り越えていくしかない。
布団をたたんで後ろのクローゼットにしまうと、壁を背にして座った。自分を連れて来た男が部屋に入ってきた。
「よく眠れましたか?」
男は優しげに聞いてきたが、リルネは何も答えなかった。
「これから朝食を取ろうと思います。すいませんが、そこの折りたたみ式のテーブルを広げてください」
男はまるで、今まで一緒に生活していたかのように、自然に用を言いつけてきた。リルネは反発したい気持ちでいっぱいだったが、反発したところでどうなるわけでもない。言われるままに、折りたたみ式のテーブルを広げて部屋の真ん中に置いた。
一緒に寝ていた女が朝食を運んできた。ドアの向こうは小さな台所になっていて、その向こうにまた小さな部屋があった。そして玄関はその向こうだ。まるでこの部屋の作りは、人を監禁するために作られたような長細い作りになっていた。
台所まで5、6歩でいけるこの空間に、リルネとリーダーのような男、そして付き添いの女、向こうの小さな部屋にも、昨日リルネを拉致した者たちがいるようだ。しかし、ここからはよく見えない。
部屋は朝から電気がついていた。窓は壁二面についているが、片方の窓はカーテンがしめられ、窓の外に何か覆いをしているのだろう、全く明かりが入らないようになっている。そしてリルネが座った正面の窓は、ガラスにセロハンが貼られており、外の景色が見えないようになっている。明かりは入ってくるが、その明かりだけでは部屋の中は暗い。
部屋には布団を入れるクローゼットのほかに、小さな3段式のボックスしかなかった。あとは何もない。
壁には何か落書きをした跡があったが、消されていた。じゅうたんにも生地の破れやほころびが何箇所もあった。おそらく、今まで何人もの人をここに監禁し、そして彼らが助けを求めて、騒いだり暴れたり大声を出した跡なのだろうと思われた。それを思うとリルネはいっそう気が滅入った。
テーブルにトーストと野菜サラダとコーヒーの朝食が並べられると、二人も一緒に座り食事を始めた。
「どうぞあなたも食べてください。別に毒が入っているわけではありませんから、安心してください」
男はそう言ったが、リルネはどうも食欲がわかない。しかし、こんなところで力をそいではいけない。何かあった時のためにも体力は維持しておかなければならない。悔しいながらもトーストに手を伸ばした。
朝食が終わると、男はリルネに何冊かの本を与えた。
「今日は、先生はまだ来られないので、先生が来られるまでその本を読んでいてください。これからあなたが勉強し、先生といろいろ話し合う内容が書かれています」
リルネは渡された本を見た。「肩をいからしたアトラス」、「水原」、「利己主義の価値」。見たことのない本だった。どれも厚い本ばかりだったが、この部屋にいて他にやることはない。何もない部屋に本だけ置かれれば、それを読むしかなかった。
リルネは壁にもたれかかり、本を開いた。
もう少しで日が暮れるようだ。一日中部屋の中にいると時間の感覚がなくなってしまう。身体を動かすわけでもないので、お腹もそんなにすかない。
朝から本を読んでいるが、さっぱりおもしろくなかった。言いたいこともよくわからないし、何しろ共感できる部分がなくて、だんだんと読むのが苦痛になってきた。
リルネはずっと部屋で一緒にいる女に聞いた。
「他に本はないんですか?」
「まだ全部読んでいないですよね? 全部読んだら新しい本を持ってきます」
「でもこれ、ぜんぜん面白くないんですけど」
「これは勉強のための本ですから、面白い面白くないは関係ありません」
女はリルネの言葉を無視して、自分の本を読んだ。
リルネはため息をつくと、横になった。すると女が口を開いた。
「今は本を読む時間です。寝る時間ではありません」
「だってこんなつまらない本、読めませんよ」
「それはまだ、あなたが啓発されていないからですよ。頭が働いていない証拠です。人々に依存した生活をすると自分で考えるということをしなくなります。思考停止状態です。あなたはまさしく人に依存した生活をしてきたのですね」
リルネはより一層嫌な気分になってきた。別に人に依存して生きてきたつもりはない。
「私、そんな風に生きてきたつもりはありませんけど」
すると、ここぞとばかりに女は言った。
「人に依存している人ほど、自分の依存癖を認めたがらないんです。認めたがらないというより、依存している自覚自体がないのです。あなたはもっと自分の頭で考える訓練をしないといけませんよ。『Mr』が来たときに、これではとても会話になりません」
「何でそんなこと、あなたが、勝手に決め付けるんですか」
リルネはホント嫌な人と思いながら言った。
「それで、その先生はいつ来るんですか。」
「ええ、急遽、今晩来るそうですよ。あなたは幸運ですね」
そう、女は言った。
リルネはその先生とやらに文句を言ってやろうと思った。どうして自分を誘拐して監禁までするのか、、。




