7話 マークという青年
翌朝、昨日来た2人のうち、一言もしゃべらなかった男性、ランスと一緒に犯人が取調べを受けている警察局の建物に車で向かった。彼がフェリーシアのSPのようだ。
フェリーシアは、頭は冴え冴えとしているが、心の中は怒りの熱でいっぱいだった。冷静であることを意識しないと、熱が頭にまで回ってきそうだった。怒りは、、、自分に対する怒り。一番近くにいて、リルネを守れなかった。どうしてもっと、危険を予知していなかったのか、、。どうしてもっと、彼女をしっかり見ていなかったのか、、。しかし、、、自分の知る国と、今のこの国が、ここまで違っているなんて、、瞬時に気づけと言われても、生まれ育った体験と記憶を、そう簡単に上書きすることはできない、、。でも、危機管理くらいはできるだろう、、。自分を責める感情と、現実的に無理だと判断する理性がせめぎ合う。そんな不毛な思考が、気を許すと頭の中を駆け巡る。
フェリーシアは心の中の鬱屈をどうすることもできずに、持て余していた。
警察局の前は、連日、取材ドローンでごった返していた。それを横目に、ランスは裏手の地下駐車場に入って行った。
1階のエントランスには州庁舎と同じように、危険物探知機が置かれ、二人はそれをくぐって中に入り、6階まで上がった。
「フェリーシア様、少々、ここでお待ちいただけませんか。私は合同捜査本部の事務室に挨拶に行って、取調室の入室を知らせてまいります。すぐに入室できますが、その前に、少しお時間を持ちますか」
「いいえ、すぐに会うわ」
ランスはうなづくと、エレベーターホールにフェリーシアを残し、廊下を右手に歩いて行った。
たくさんの人が行き来している。いつもは忙しくない警察局だ、さぞかし仰天したことだろう。
ランスはすぐに戻って来た。そして、フェリーシアを取調室に案内した。しかし彼は「取調室」とプレートのあるドアを通りすぎた。
「あら、取調室はここではないの?」
「はい、本来取調室はそこなのですが、彼の場合は特別で、別の部屋で事情聴取をしています」
廊下の先に、警護官の立っているドアがあった。
「捕まった当初はずいぶん興奮気味で、支離滅裂なことを言っていたのですが、最近は少し落ち着いたようで、静かになり、聞いたことには素直に答えます」
警護官のいるドアに近づくと、ランスは警護官に話しかけ、ドアの鍵を開けてもらった。
ランスはノックをして、ドアを開けた。中は結構広く、窓の大きな開放的な部屋だった。想像していた取調室とは真逆の雰囲気であった。
「おはよう。よく眠れたかい、マーク」
マークは疲れた目をしてこちらを見た。簡易ベッドが、開閉できない窓の横に置かれており、布団はベッドの上にきれいにたたまれていた。そして、彼はもうすでに椅子に座っていた。目の下には大きなクマができており、明らかに、よく眠れていない様子だった。
フェリーシアはランスの後に続いて入った。
「こちらは新しい捜査員の人だ。君に会いたいというので連れて来たよ」
マークはフェリーシアの顔を見た。
フェリーシアは彼に話しかけた。いたって普通に、、。
「おはよう、マーク。あなたのお名前、親近感のわく、いい名前ね。でも、その顔は、あまりいただけないわ、、。まだ、起きたばっかりですっ、ていう顔をしているわよ。顔を、洗っていらっしゃいな、、」
フェリーシアがゆっくりそう言うと、マークは何か考え、そして無表情のままベッドの横にあるシャワー室に入って行き、顔を洗った。しかしドアは開けっ放しで、水の流れる音がそのまま聞こえている。彼が顔をタオルで拭き、また椅子に戻るまで、フェリーシアはずっと彼を見ていた。
マークはタオルを握ったまま椅子に座った。
「私はフェリーシアよ。あなたと、お話ができて、うれしいわ。マークは、顔を洗うのに、シャワー室のドアを閉めなかったけど、シャワーをするときも、ドアは閉めないの?」
フェリーシアはゆっくりと質問する。マークはフェリーシアを見て、目が少し動いた。頭が動き出しているようだ。
「ボクは、、狭いところが、だめなんだ。シャワーも、開けっ放しでする、、」
「そうなのね。それで、あなたの宿所は、こんなに広いのね。どう、これくらいの広さだったら、大丈夫?」
マークはまたフェリーシアの顔を見た。
「ああ、これくらいあれば、、大丈夫」
「あなたは、何ヶ月くらい、狭い部屋にいたの?」
フェリーシアは、いきなり直接的な質問をした。
今まで聞かれたことのない質問に、マークはびっくりし、少し顔をゆがめた。落ち着きなく目があちこち動いた。タオルをぎゅっとつかんでいる。
「話したくなければ、話さなくても、いいのよ。でもね、あなたみたいに、苦しい思いをしている人が、今もいるのよ。あなたのように、狭い部屋に閉じ込められている人が、いるの。私たちは、その人たちを、救い出したいのよ」
ランスは、フェリーシアが何を根拠に彼がずっと狭い部屋に閉じ込められていたと判断したのか、考えた。おそらくシャワー室のドアを開け放しにしていた行為や、広い部屋の方が取調べが順調だったということから、そう判断したのだろうが、、。フェリーシアが考えているとおり、マークは閉所恐怖症だった。しかし、ランスはまだそのことをフェリーシアには伝えていない。それは悪意あってではなく、その事象が洗脳前からなのか洗脳後からなのか、捜査本部では判断できていなかったからだ。しかしフェリーシアは、マークが閉所恐怖症だということを的確に見て取り、洗脳体験によってそうなったと判断して彼に尋問している。
マークは相変わらずタオルをぎゅっと握ったままだ。
「それじゃあ、話題を変えましょう。あなたは、どうして爆弾を仕掛けたの? 人に頼まれたの? それとも、自分がそうしたくてしたの?」
何度も聞かれた質問だった。マークはいつもと同じように答えた。
「この国を変えたかったのさ。この退屈な国を変えたかったんだ」
「どういうふうに?」
「昔のように活気のある国にさ。人間がもっと生き生きできる国だ」
「でもあなたは、昔の、その活気のある国を、体験したわけではないでしょう。それはもう50年も昔の話よ。どうして昔の国の方が、活気があると思ったの?」
「それはある人に聞いたからさ。真実を知っている人に、、。みんな、だまされているけれど、その人だけは真実を知っているのさ」
「その人って誰?」
「『Mr』さ」
「あなたは『Mr』から、直接、その真実を聞いたの?」
「そうさ。『Mr』がボクに会いに来てくれて、教えてくれたのさ」
「『Mr』は、何度も来てくれたの。あなたのところに?」
「ああ、何度も来てくれた。そして本当のことを教えてくれた」
「1日、何時間くらい来てくれるの?」
「彼は忙しいから、、。来ても2時間くらいしかいないけど、、いろいろな人と一緒に来るのさ。だから、後は、その人たちと一緒に勉強をするんだ」
「勉強って、何か教科書でもあるの?」
「昔の本さ」
「昔の本、というと、、、どんな本かしら? 利己主義について?」
「そうだよ。利己主義がどれほど人間にとって有益なものか、人間の成長に欠かせないものかという本さ」
「なるほどね、、、それは、頭がよくないと、できそうにない勉強ね」
「そうだよ。だから、選ばれた者だけがその真実を知るのさ」
フェリーシアはじっとマークを見た。マークもフェリーシアを見ていた。フェリーシアはふいに視線をそらして言った。
「そんな有益な話をしてくれる人だったら、もっと公に、紹介してくれてもよさそうなんだけど、、でも、きっと、そうはしないのでしょうね」
そう言ってまたマークを見た。
「選ばれた者だけしか、それを知ることはできないのさ」
「選ばれた者を選ぶのは、誰がするの?」
「それはもちろん『Mr』さ。彼は何でも知ってるよ」
フェリーシアはここまで話して口を閉じた。マークはもっと話したいようだった。
「そろそろ行きますか?」
ランスが小声で聞いてきた。フェリーシアは小さくうなずいた。
「マーク、今日は、いろいろお話を聞かせてくれてありがとう。面白かったわ。あなたが選ばれた者だということもわかったし、、。今度はぜひ、あなたが勉強した場所を、教えてもらいたいわ」
「君がそれを知るには、もっと勉強が必要だと思うよ」
「そうね、私では、まだまだ足りないかもしれないわね」
そう答えると、フェリーシアは立ち上がった。
「どうもありがとう。また、お会いしましょうね」
そう言って、フェリーシアはランスとともに部屋を出た。
ランスはいったん合同捜査本部の事務室に寄り、それからフェリーシアと一緒に下の階のカフェに入った。
フェリーシアは開口一番、ランスに言った。
「これからエッジスタートの叔父様のところに手紙を書くから、それを誰かエッジスタートまで運んでちょうだい。それも大至急!」
「えっ、フェリーシア様、それはどういうことですか」
「探してほしい人がいるの。旧大陸で、探してほしい人がいるのよ。叔父様に言えばわかるわ。詳しい内容は手紙に書くから」
そう言ってフェリーシアはランスにかいつまんで説明した。ランスはずっと静かに話を聞いていた。
「わかりました。国王陛下にご報告申し上げ、急いで手配いたします」
その日のうちに、エッジスタートへ向かう超高速艇が用意され、密使を乗せてジムヨークの港を出発した。




