5話 国王の苦悩
「リルネ、次は、アビーのところへ行くわね。彼女にセシルおばあさんのパンをお土産に持って行きたいし」
「ええ、今日はフェルにお任せだから、、あなたの好きな所に案内して」
リルネもフェリーシアの知り合いに会えるのは嬉しかった。
と、その時、フェリーシアのリングが赤く点滅した。
「あら、誰かしら、、、」
フェリーシアはパネルを立ち上げた。そこにはフォーエンが映っていた。
「フェリーシア様、フォーエンでございます。お楽しみのところ申し訳ございません。あの、、、今朝早く、クリストファー様はジムヨークの方へたたれたのですが、そちらでお倒れになったようです。今、病院に運ばれたという知らせが入りました」
「えっ! お父様が倒れられた!」
「はい、、原因は過労ではないかということです。大事には至らないようでございますが、、、ここ最近、、ひどくお疲れのご様子でした、、、」
「わかったわ、、。いったん城の方に戻るわ」
「はい、申し訳ございません、お嬢様」
そう言ってパネルは消えた。
「リルネ、ごめんなさい、、。アビーのところへは今度ゆっくり行きましょう。今日はいったん城に戻らせて」
「ええ、もちろん」
リルネもびっくりした。フェリーシアは車を城に向け走らせた。
車は、連邦議事堂の裏手に当たる城の正門側へ回り、門をくぐり大きな庭園を迂回して玄関の前に止まった。いそいで車から下りると、二人は国王の執務室まで走って行った。部屋のドアは大きく開け放たれており、フォーエンは簡易デスクに座っていた。
「あ、お嬢様、、、クリストファー様はジムヨークの中央病院にご入院されました。医師の話ですと、やはり過労だとのことで、2、3日の様子見の入院が決まりました」
「そう、、。それで、、どういう状況で倒れられたのかしら?」
「はい、、今朝方、クリストファー様は非公式に今回の事件のためにジムヨークへ行かれたのです。向こうでどなたかと会われて、昼過ぎにいったんジムヨークの王室別邸へと戻られました。そして、そこでお倒れになったと、、、」
フォーエンも心配そうな顔をしている。
「そうなのね、、わかったわ。あなたはここを離れられないでしょうから、私がジムヨークまで行ってくるわ。これはまだ発表されていないわね」
「はい、発表どころか、まだ連邦議員も知りません。国王のSPから私のところへ連絡が来て、すぐにお嬢様にご連絡しました。病院関係者にはまだ伏せているようにと伝えております」
「そう、よかったわ。まだ公表はしないでちょうだいね」
「はい、承知しました」
「リルネ、私、これからジムヨークへ行くけれども、、あなたはここでゆっくりしていてくれていいのよ、、。誰かをつけるから、あちこち案内してもらって、、、」
「いやいや、いいわよ。私も一緒に行く」
リルネも心配で、観光なんてできそうになかった。
「そうね、、。申し訳ないけど、、、一緒に行きましょう」
フェリーシアも、そばにリルネがいてくれるほうが安心できた。
二人はすぐに準備をして、速度制限のない特別仕様車を用意してもらい、フェリーシアは自分で運転して、リルネとともにジムヨークへ向かった。
ジムヨークに着くと、SPが病院の駐車場で待っていた。
「お嬢様、ご足労いただきありがとうございます。病室の方へご案内いたします」
「ええ、お願い」
フェリーシアはそう言うと、リルネとともにSPの後について行った。
SPの男は階段でわざわざ一つ上のフロアに上がり、そこからVIP用のエレベーターに乗った。あまり一般人には見られたくなかったのだ。国王の顔は皆知っているが、娘のフェリーシアはまだ公職についていないため、あまり知られていない。コロントンでもプライベートで知る者以外は、顔はあまり知られていなかった。
最上階のフロアに来ると、一番奥の病室へと向かった。入口にはSPが二人立っている。フェリーシアは「ご苦労さま」と一言言うと部屋の中へ入って行った。リルネも後に続いた。
中は広く、ホテルのようなつくりになっていた。ソファやテーブルをはじめとした調度品が備え付けられ、仕事もできそうな部屋だ。しかしベッド周りには、様々な医療器具が設置されており、国王は点滴を打たれていた。
ベッドの脇に座っていた医師らしき人が立ち上がって、フェリーシアたちを迎えた。
「私は当病院長のゲイル・クラインでございます。今、陛下は薬が効いて眠っておられます。詳しい検査結果は、あちらのソファの方で、、」
フェリーシアは国王の顔を見て、いったん安心した。顔色もそれほど悪くない、、。今回の事件に相当気を揉み、心労が絶えなかったのだろう、、。
「問題なくてよかったね」
院長の説明を聞いた後、ほっとしたようにリルネが言った。
「ええ、そうね。でも、、今まで倒れるなんてこと、、なかったんだけど、、、」
フェリーシアには、事件だけの心労ではないように思われた。この事件は爆破事件というだけでなく、何か裏があるのではないか、、そのため、、ご自分で動かれたのではないか、、、そうフェリーシアは思った。
翌朝、国王はやっと目を覚ました。半日以上もぐっすり寝ていたのだ。
「おや、、フェリーシアかい?」
枕元にいたフェリーシアを見て国王は言った。まだ頭がぼうっとしているようだった。
「ええ、お父様、私よ。ご気分はいかが?」
「そうだな、、いいようだよ、、。私は、、そういえば、別邸で倒れたのだったな」
「そうよ。お医者様が過労だと言ってらしたわ。これを機に、少しゆっくりなさったら」
「そうか、、。私も年をとったのかね、、。これくらいの無理もきかなくなったとは、、」
「いいえ、お父様は働きすぎよ。少し、公務の量をお減らしになってはいかが」
フェリーシアは明るく、わざと諭すように言った。
「ははは、。娘に説教されるとは、、私も不養生がたたったのう」
国王の顔も和らいで、気分もよさそうに見えた。
リルネは、二人の時間を邪魔しないために病室を出た。フェリーシアにはあまり遠くへ行かないように言われ、外を散歩してくるとだけ言った。
病院の外はオフィス街になっており、公園を中心に高いビルが並んでいる。それでも公園には、お年寄りや子供連れがちらほら見られた。
リルネは近くの店で、遅い朝食のサンドイッチとコーヒーを買うと、公園中央の噴水に行き、そこのベンチに座って、サンドイッチを食べた。ちょうど正面のビルの壁は画面仕様になっており、コマーシャルが流れていた。リルネは食べながらコマーシャルを見ていた。
と、突然、画面に緊急速報が流れた。きれいな森が映し出されている下に字幕で、――今しがた、連続爆破事件の犯人が捕まりました。州当局はたった今、連続爆破事件の犯人を捕まえたと発表しました。30分後、警察局より記者会見が開かれる予定――と文字が流れた。
ああ、やっと捕まったんだな、、よかった。これで国王様もほっとされるだろうな、、と思った。リルネはコーヒーを最後まで飲み終えると、病院に戻るため立ち上がった。
病室では国王傘下の巡視チームのメンバーが、犯人逮捕についての報告を国王にしていた。しかし報告を聞いても、国王に朗らかな笑顔は表れなかった。
国王は医師の指示通りに、2、3日は療養することにしたが、別邸で過ごすことにし、退院の手続きをさせた。その後は、すぐにコロントンに戻る予定だという。
フェリーシアは、国王が自分に何も言わないことがもどかしかったが、同時にそれは、フェリーシアには聞かせる必要がないと国王が判断していることを意味している。フェリーシアは気持ちを切り替え、今はリルネに、新大陸を知ってもらうことに専念しよう、と思った。
犯人も逮捕されたことだし、フェリーシアはせっかくジムヨークまで来たのだから、そのままリルネをジムヨーク州の観光に連れ出すことにした。
二人はバランススクーターをレンタルし、まずは街中の観光に出かけた。
ただ、街では人々があちこちでリングパネルを立ち上げて、ニュースを追っていた。次々と続報が流れていたのだ。
「フェル、どっかで休んで、ニュースでも見てみる?」
気もそぞろなフェリーシアに、リルネから提案した。
フェリーシアは申し訳なさそうに苦笑いをして、「そうね」とうなづいた。
二人はジュースを買って、近くの公園のベンチに座った。フェリーシアはパネルを立ち上げると、少し大きめに広げ、リルネにも見えるようにした。
まだ犯人の詳しい情報までは報道されていなかった。先ほどの記者会見の内容と爆弾の分析結果、スパムメールの内容、そして、犯人とメール内容に対する有識者のコメント、、というところだった。
フェリーシアはばらまかれたスパムメールの一つを開けてみた。
―― ミーイズム万歳! 本来の人間性を取り戻せ!――
人間は本来の競争心や闘争心、欲望を失ってしまった。たいくつな王権制なんてクソくらえだ。自由を取り戻せ! 刺激のない平和は人間をだめにする。もう一度、本来の人間性を取り戻せ!
リルネはよく意味がわからなかった。有識者のコメントにはセシルおばあさんが言っていたようなことが載っていた。
『時代錯誤な価値観を持つ人物だ。しかし我々はこの人物を責めるのではなく、分析をすべきだ。なぜこのような人物が出てきたのだろうか。彼/彼女の思想の根は何か? 彼/彼女の言う自由とは何のことなのだろうか? 前時代の自由は本来の自由とはかけ離れたものというのが一般常識だが、今、なぜそれを再び自由と呼ぶのか。いったい何に不満を持っているのか、精神鑑定を含めきちんと検証すべきであろう』
「フェリーシア、この人は何を言いたいのかなあ、、。ここは、平和で安全で楽しいところだと思うんだけど、、、違うのかしら、、」
「私もよくわからないのよ、、。この人の言いたいことが、、、」
フェリーシアもため息混じりに言った。
「これは、ただの私の想像だけれど、、、この人は、何らかの地下コミュニティみたいなものに、属しているような気がするの。一人で考えて、事件を起こしたのではなくて、ね、、、爆弾を作るにしても、それを作る仲間がいて、、みたいな、、。でも、、、そんなコミュニティや組織を、私、今まで聞いたことがないの、、、」
「なんか、それって、白バラ十字団みたいじゃない、、」
「あ、あら、、そう言われれば、、、。でも、白バラ十字団には先進性があったけど、、これって、後進性よね、、」
「う~ん、、私には、どっちが進んでいるのかわからないけど、、秘密組織であることは同じね」
「リルネ、、それは、私のただの妄想であって、まだ何もわかっていないのよ、、」
フェリーシアはそう言いながら、国王はこれらに関しても何か知っているのかもしれない、、そして、人々に不安を与えないように秘密裏に解決しようと、一人で動いていたのかもしれないと思った。




