4話 二度目の爆破事件
フェリーシアは朝食後のコーヒーを飲みながら、食堂でリルネが来るのを待っていた。
「おはよう、リルネ。よく眠れたかしら」
「うん、もうぐっすりよ。目覚めもすっきり!」
「それはよかったわ。もっとも、どこでも眠れて朝から元気なのは、今に始まったことではないわね」
フェリーシアはリルネをからかうように言った。
「でも、ここは最高! なんだか自分の家に帰ってきたような気分なの」
リルネはそう言って、フェリーシアの向かいに座った。テーブルにはパンが出ていた。給仕が朝食を持ってきた。
「フェリーシアはもう食べたの?」
「ええ、私はもうすませたわ。今、あなたをどこに案内しようか、、思案中よ」
フェリーシアはわずか半月前にも、同じセリフを言ったことを思いだした。リルネの適応力とそれを楽しむ才能は折り紙付きだ。
朝食を終えると二人は小さな車に乗り込み、さっそく街に繰り出した。
車は郊外へ入ってきていた。だんだんと畑が増え始め、小さな森も見え、家の数もまばらになってきた。
車道からちょっと離れたところに、レンガ造りの家があった。フェリーシアは車をその家の横に止めた。車を下りると、外からそのまま家に向かって大きな声で叫んだ。
「セシルおばあさん! ハムおじいさん! いらっしゃる! フェリーシアよ!」
すると窓が開けられ、恰幅のいいおばあさんが顔を出した。
「おやまあ、フェリーシアじゃないかい! 久しぶりねえ、、。元気だったかい」
「ええ、とても元気よ。今日はおばあさんのパンを頂きたいと思ってきたのよ。焼いてもらえるかしら」
「ええ、もちろんよ。さあさあ、お入りなさい」
リルネはフェリーシアが急に牧歌的になって笑ってしまったが、こういう様子も村を思い起こさせ、ほこっとさせられる。
「元気だったかい。このところ、とんと顔を見せなかったからまた旅に出たんじゃないかと思っていたわよ。あなたもせわしいわね、、、」
「ええ、おととい帰ってきたばかりなの。今回は友人も一緒なのよ。だからセシルおばあさんのパンを一緒にいただきたいと思って。ハムおじいさんは、今日はお出かけ?」
「ええ、おじいさんは朝からゴルフに行ったわ。フェリーシアが来ると知っていれば、約束を伸ばしただろうに、、。ところで、おととい畑の小麦を工場に下ろしてきたところなのよ。いい小麦粉があるから、それでおいしいパンを作るわね」
おばあさんは裏の倉庫からボールいっぱいの小麦粉を持ってきた。それを一回り小さいボールに移して、水を入れ、こね始めた。
フェリーシアはもうこの家の勝手を知っているらしく、お湯を沸かして、お茶の用意を始めた。リルネもフェリーシアを手伝いながら、彼女の横に座った。
フェリーシアはセシルおばあさんに近況報告を少しして、それから、ジムヨークの爆破事件の話をした。
「あれは、、びっくりしたわね。50年前だったらまだわかるけど、、今のこのご時世に、、爆破事件だなんて、、。近所のみんなも驚いていたわよ」
「あら、50年前だと、爆破事件は驚くことではなかったの?」
「昔は、この国も物騒なところだったのよ、、。50年前のコロン革命が起こるまでは、、しょっちゅう爆弾だの人殺しだのと、いろいろな事件が起きていてね、、。あの革命で、この国は変わったわね。今はもう、昔を知る人も、、減ったわ」
「今の王制が始まる前ね、、。お父様は、、王制草創期の話は一切されないわ。だから、私も、、学校で学ぶ程度の事しかわからないの、、。王族なんていなかった共和国が、どういう経緯で、、王制になったのかしら、、」
「それは、、この国の歴史が、おまえさん一族の歴史でもあるからだろうよ、、。そのうち、国王からじかに話を聞くことになるでしょう。別に、急ぐことはないわ。今、あなたは自分のすべきことをすればいいだけ。あなたのお父様も、先王に似て立派な国王におなりになったわね。本当に、、今の国王は献身的よ」
小麦粉をこねながら、セシルおばあさんは感慨深げに言った。
「そうね。私、結構今の生活が気に入っているのよ。もちろん時々トラブルに巻き込まれて大変なこともあるけれど、ここに帰ってくれば、みんな本当に温かいもの、、。昔のことはあまり考えたことがなかったわ」
セシルおばあさんは練った生地をパンの種類に合わせいくつかに分けた。そして、その一つを慣れた手つきで均等に伸ばしていた。生地を何度も真ん中に練り集めては広げ、練り集めては広げながら、均等に生地をこね上げていた。
フェリーシアは正面の壁にかけられたイーエルパネルをオンにした。ちょうど画面に映し出された人は何か事件を伝えていた。
「あら、またジムヨークで何か起こったのかしら?」
セシルおばあさんもパンをこねながらニュースを見た。
――早朝、とうとう二度目の爆破事件が起きました。今回は製菓工場の内部で爆発が起き、工場の3分の1が崩れ落ちてしまいました。早朝だったため、人はいなく、オートモードで回転中だった製造機器の破損だけにとどまっています。2週間前の野外舞台の爆破事件との関連はまだ調査中です。爆破予告をしていた人物の特定もされない中、今回の事件が発生し、捜査当局は合わせて捜査中というコメントだけを出しています。州当局は、数分後に、ジムヨーク州知事の記者会見を開くと発表しています。始まり次第また中継でお伝えします――
画面には、焼け焦げた製菓工場が映し出されていた。
「まったく犯人は、何を考えているのかしらね、、。昔のような、狂気の世界に戻りたいのかしら、、」
ニュースを見ながらも、セシルおばあさんは手を休めず、弾力のあるパン生地を作っている。
と、その時、緊急ニュースが入った。
――これからジムヨーク州知事の記者会見が始まります。そちらへ画面を切り替えます―――こちらジムヨーク州議会会見場です。今、ジムヨーク州知事が入ってきました。すぐに記者会見が始まる模様です――
画面には昨日会ったばかりのフェリーシアの叔父さんが映っていた。
――記者会見が始まった模様です――・・・ということですので、これから短い時間ではありますが、事件の概要、捜査状況についてお話しします。まず経緯ですが、今日よりちょうど2週間前の6日、夕刻6時に、ここの州議会議事堂前にある公園の野外舞台が爆発いたしました。翌日、州議会事務局に爆破予告のメールが届きました。そこには『一週間後にまた違う公園を爆破する』とありました。しかし、その後の爆破事件は起こらなかったのですが、残念ながら、今日、2回目の爆破事件が起こりました。爆弾はどちらも遠隔操作による爆弾ですが、その出所はまだ特定されておりません。建設関係の各爆薬管理担当者へ問い合わせていますが、流失している爆薬はなく、また民間の研究所および大学、各機関からの流失も今のところ確認されていません。おそらく犯人手製の爆弾だと思われます。今、爆弾の分析から原材料の特定、そして入手ルートを調査しています。それから、、、前回の爆破事件と今回の爆破事件の実行犯ですが、同一の犯人とみております。同じ型のリモート装置を使っており、爆弾に関してはこれから前回との精密な照合を行う予定ですが、現場の分析官によれば、前回と同じ型の爆弾ということです。爆破予告メールが来た後、出所不明のスパムメールが大量にまかれました。それとこの爆破事件との関係は、まだはっきりしていません。質問のある方はどうぞ――
会場やリモート報道陣がいっせいに手を上げた。州知事はまず会場の質問者を指さした。
――先ほどおっしゃっていたスパムメールですが、我々の手元にもいくつかありますが、当局で把握されている状況を教えてください。どれくらいの種類があり、それらに共通するメッセージをどう見ているのかか?――
――あとで報道関係者の方々に、いくつかサンプルをお送りします。あまり過剰に反応されませんよう、最初にお断りしておきます。今、手元にあるこのメールには『利己主義万歳! エゴイズムを発動せよ! 本来の人間性を取り戻せ!』とあります。あとは小さい文字でいろいろとありますが、他のメールも似たり寄ったりです。これを送った人物は、端的に、利己主義を唱えたかったようです――
ニュースを見ながらセシルおばあさんは言った。
「ずいぶんとなつかしい言葉を持ち出すのね、、。何だか古臭いわ、、。それで、それと爆弾と、どう結びつくのかしらね、、」
おばあさんは知事の記者会見を見ながらも、パンはこねている。
「昔の世界に憧れる人がいるのかしら」
フェリーシアは不思議な感じがした。
「ジムヨークは教育は進んでいるけど、やっぱり土や木や川や森が足りないわ。人は自然と一緒に暮らさないと、、人工物だけではどうしても息が詰まってしまうのよ、、。あそこは、コロントンや周辺州からの流入者が多くて、、最初は子供の教育のための一時期的な移住先だったけれど、、今ではほとんどがそのまま住んでいるでしょう。やっぱり人は、自然の中で生まれ育つのが一番よ、、、」
おばあさんは同情するように言った。リルネも山の中で育ったが、あの高いビル群の中で育ったらどうだろうと考えると、、、それはそれで面白そうだと思ってしまった。
おばあさんは、パン生地をいくつかに分け、いろいろな形に作っていった。ある生地にはチーズを挟み、ある生地にはレーズンを散りばめた。中には、はちみつとクリームチーズを挟み込み、生地と合わせて層を作った。見ているだけで楽しい。
「犯人は何で爆弾なんか仕掛けるのかしら? やっぱりあのメールを注目してほしいからかしら」
フェリーシアはまだニュースを見ていた。
「そうねえ、、ちょっと頭がいかれているようにみえるわね。みんなに聞いてもらいたいんでしょうけど、、自分の主張を。何とも哀れに見えるわね、、」
おばあさんの言葉を聞きながら、フェリーシアはまた思案し始めた。
「おやおや、フェリーシア、、、これはあなたの仕事ではないのよ。叔父さんたちに任せておけばいいの。また、危ないことに首を突っ込んだら、叔父さんたちに怒られるわよ」
彼女はフェリーシアをよく知っているらしい。リルネもフェリーシアがまた何か動き出すのではないかと心配になってきた。
おばあさんは外の石釜でパンを焼き始めた。
10数分後、おばあさんが焼けたパンをテーブルに持ってきた。皿の上ではこんがりと焼けたパンが香ばしいにおいをたたせていた。
「うわ~、おいしそう!」
「まあ、おいしそうに焼けてる! 何ていい香りかしら!」
リルネもフェリーシアも満面の笑みになってパンを見ている。
「あらまあ、、、さっきまでニュースに釘付けになっていたのに、、げんきんね」
「あら、ニュースも見ていたけれど、私の心はパンにあったわ」
フェリーシアはちょっとおどけて見せた。するとリルネも言った。
「私もニュースを見ていたけど、心はパンにしかなかったわ」
三人は、ほくほくの焼きたてのパンを頬張った。




