2話 ジムヨークの知事
車は軽快に走っていた。少しすると、前方に大小さまざまなビル群が見えてきた。
フェリーシアはもうハンドルに手を置いていない。リングに触れ、透明なパネルを立ちあげると、誰かと会話をし始めた。
「パトリシア、元気だったかしら?」
フェリーシアは画面に向かって話しかけている。画面には女性が映っていた。
「フェリーシア様、お久しぶりでございます。いつお戻りになられたのですか?」
「昨日の夜に着いたの。予定が変わって、一時帰国ね。私は相変わらず元気よ。叔父様もお変わりなくいらっしゃるかしら?」
「はい、知事も変わらずお忙しいですが、精力的にスケジュールをこなしていらっしゃいます」
「これからコロントンまで行くのだけれど、その前に、叔父様にご挨拶だけでもしたいと思って、、。どうかしら、お時間ありそうかしら?」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
そう言って画面の女性は横向きになって何かと会話をしていたが、すぐにこちらに向き直って言った。
「フェリーシア様、お昼に20分ほど時間を作れます。知事もぜひ会いたいとおっしゃっています」
「そう、よかったわ。やはり連絡はするものね」
フェリーシアが笑いながら言うと、画面からも笑い声が聞こえた。
「知事が、『四六時中飛び回っている姪っ子からの連絡、、』と、お昼の会食時間を20分ほど縮めてしまいました」
「あら、申し訳なかったわね、、。でも、久々の再会ですのも、、その方には我慢していただいて、叔父様のお顔を拝見しに行くわ。お昼前に到着すると思うから、庁舎についたら知らせるわね」
「はい、わかりました。お待ちしております。気をつけて起こしください」
そう言って画面が消えた。
「フェル、これも昨日のイーエルパネル?」
「あ、これは違って、、」
通信や媒体機器の説明からすると大変なので、それは後でまとめて教えるとして、、これは何と言おうか。
「そうね、、まず、、このリングはIDリングと言って、エッジスタートの身分証みたいなものなの。これにいろいろな機能がついていて、今のは通話機能。話したい相手のIDを記憶させておけばいつでも呼び出せるの。電波というのを使っているのだけれど、エッジスタートでも一部の間者たちは、この初歩的なものを使っているのよ」
「へえ~~」
リルネはニヤニヤしている。何でニヤニヤしているのか、、、、。物珍しくて、楽しくて、しかたないのだろうか、、。
「これから叔父様のところへ行くわ。いつも忙しくて、お会いできることなんて、あまりないのだけど、今日はラッキーね。あなたを紹介しないといけないと思っていたら、ちょうど時間を作っていただけて、、、」
「叔父様というと、フェルのお父様の兄弟ね」
「ええ、アルフレット叔父様は一番下の弟で、これから会う叔父様は、父のすぐ下の弟よ。お父様は長男なの」
「へえ、、フェルのお父様は三人兄弟なのね」
フェリーシアはそれには答えず、にこっとだけした。
「リルネもこのリングほしいでしょ。あれば便利だから、、。ただ、神仙峯は、、確か、リング装着禁止だったような気がするのよね、、」
「そうなの、、、。でも、どっかで記念につくってもらいたい」
リルネは、完全に田舎から出て来た、おのぼりさん状態になっていた。
いくつかの街を通過し、ひときわ大きな都市が見えてきた。フェリーシアはスピードを落とし始めた。高架道が離合集散を繰り返しながら太くなっている。それと同時に上部に付けられている電子表示板の数が増え、、もう、確認しきれない。
フェリーシアはハンドルに手は置いているが、すでに運転はしていなかった。高架道のセンター線をはずれ右にカーブした。
下にきれいな川が見え、両岸には木が植えら、その両側に建物が並んでいた。川を斜め下に見ながら走り続け、ひときわ目立つビルに入って行った。フェリーシアはビルの中階の駐車場に車を止めた。
二人は建物の内部に入り、短い廊下を抜けるとすぐに大きなロビーが現れた。向こう側に正面玄関が見える。玄関入口には危険物探知機が設置され、荷物ごと検査していた。駐車場から来た二人もあのゲートを通るよう、ロビーの警備員から言われた。
「どうしたのかしら? なんだか物々しいわね。こんなこと今まで一度もなかったけど、、」
二人は探知機を通り、案内カウンターに行くと、カウンターボードの番号を押した。ボードは秘書室に連絡を入れ、「28階の知事秘書室までどうぞ」と言った。
フェリーシアとリルネは案内カウンター後ろに並んでいるエレベーターフロアへ行き、知事フロアへの直通エレベーターに乗った。複数のフロアボタンの内28階のボタンを押すと、ドアが閉まり音もなく動き出した。あまりにも静かで、どれほどの距離を上がっているのか見当がつかない。すぐにドア上に28の数字が浮かび上がり、静止してドアが開いた。
エレベーターを降りると、そこにパネルがあり、フェリーシアはそれに触れた。先ほどの女性が今度は浮かび上がり、しゃべりだした。
「フェリーシア様、ようこそお越しくださいました。今、知事は午前中最後のお客様とミーティングをされていらっしゃいます。どうぞ01秘書室の方までお越しください」
「わかったわ」
フェリーシアはリルネに向き直り言った。
「さあ、行きましょ」
突き当たりが知事室のようで、その手前、右のドアの前で止まった。ドアにはただ01と記してあった。ドアが開き、中には映像で見た女性がいた。その人はすぐに立ち上がりフェリーシアたちを招き入れた。
「フェリーシア様、よくいらっしゃいました。知事のミーティングはあと20分ほどで終わります。それまで、そちらのソファにお座りになってお待ちください。お飲み物は何にしますか?」
「ああ、そうね、、何か冷たいジュースでもほしいのだけれど、なければ水でもいいわ。リルネはどうする?」
「私は、フェルと同じものでお願いします」
「わかりました。冷たいオレンジジュースでも頼みますね」
パトリシアはデスク横の小さな白いボールに向かって言った。
「アレク、冷たいオレンジジュース2つお願い」
「はい、冷たいオレンジジュース2つを、2分後にお持ちします」
白いボールは答えた。
「パトリシア、、エントランスが物々しかったけど、何かあったの? 危険物探知ゲートが置かれるなんて、初めて見たわ」
「ええ、実は2週間前、近くの公園の野外ステージに爆弾が仕掛けられて、一部が吹き飛んだんです。幸い、規模も小さくけが人も出ませんでしたけれど、、。その直後に、爆破予告があったんです。2回目を仕掛けるって。幸いにも、まだそれは起きていませんが、、。こんな事件、、何しろ、初めての事ですから、捜査体制もなかなか整わなくて、、」
フェリーシアは驚いた。
「爆弾って、、それは、、テロか何かなのかしら、、。この国で、そんなことが起きるなんて、、。犯人の手がかりとか、目星はついているの」
「いいえ、それが全くわからないのです。爆破事件なんて、、昔話か本の中の出来事かと思っていましたから、、。それが、実際に起きるなんて、、。私もですが、住民たちも皆びっくりしています。大学や研究機関に爆弾の分析をしてもらっていますが、、うちの州警察だけでなく、国王の判断で、国全体で情報共有するということで、国王傘下の巡視チームが来て、今、合同捜査が行われているんです」
フェリーシアも驚きのあまり言葉を失っている。
ドアがノックされ、可愛いロボットがジュースを運んできた。フェリーシアはジュースを受け取ると一気に飲んだ。
パトリシアのデスクで小さく音がした。デスク上にパネルが浮かび上がると、そこに映っている男性が話しかけてきた。
「パトリシア、今終わったところだよ。フェリーシアは来ているかな?」
「はい、フェリーシア様はもういらっしゃっていますよ。部屋へお通しいたしますか?」
「そうか、うん、こちらに通しておくれ」
パトリシアは「わかりました」と返事をすると、パネルを切り、二人を知事室へと案内した。
知事室は広かった。奥の大きなデスクから男性が立ち上がり、近寄ってきた。
「やあ、フェリーシア! 元気だったかい! 君に会うのはひと苦労だよ。知事でもないのに何でこんなに忙しいのかね」
知事は笑いながらフェリーシアを抱擁した。
「叔父様、お元気そうで何よりです。私は移動時間が多いだけで、忙しいわけではないのよ。叔父様こそ、お体にさわらないように、あまりご無理はなさらないで」
フェリーシアは知事に挨拶をすると、リルネを紹介した。
「叔父様、こちら、リルネです。お父様の知り合いの娘さんよ。これからコロントンに行くところなの」
「こんにちは、初めまして」
リルネは軽く会釈をした。
知事はリルネは見てにっこり笑った。
「そう、エッジスタートからのお客さんだね」
知事は二人がエッジスタートから来たことを知っているようだった。
フェリーシアはあまり詳しくリルネを紹介しなかった。挨拶だけして、すぐに話題を変えた。
「ところで、私、びっくりしたのよ。ジムヨークで爆破事件があったんですって。エントランスも物々しくて、物騒な感じだったわ」
知事はやはりその話が出たかとばかりに言った。
「君のことだ、その話を聞きたがるだろうと思ったよ。しかし、まだわかっていることは、ほとんど何もないんだ」
「でも事件が起こったのは2週間前なのでしょう? ずいぶんと時間も経っているのに、、、住民の人たちも怖いでしょうに」
フェリーシアは思ったことをそのまま口にした。しかし、いつものことなのか、知事も嫌な顔一つせずに聞いている。
「そうだね、、、今言えるのは、、爆破事件後にネット上に犯行声明らしきものが流れたんだがね、、それは、昔の世界に戻りたい、、、という内容だったよ」
知事は神妙な顔つきになって言った。
「この国で、今の政府に、ここまで不満を持つ者が、いるということなんだね」
「でも、爆弾で不満を訴えるなんて、、。なぜ言葉で主張しないのかしら、、。なぜ爆弾なのかしら、、」
「そうだね。そこらへんも捜査中だよ。どちらにしろ、私は今までこの国はうまく行っていると思っていたけれど、、違うようだ」
フェリーシアは叔父の苦労を思った。そして彼女には、爆破事件の怖さや恐怖よりも、それを実行した人間が、いったい何を考えてそのような行動を起こしたのか、それがとても怖かった。何かの歯車が悪い方向へ回っているような気がした。




