1話 国王への拝謁
美しい木々に囲まれた道を馬車でひたすら進むと、やっと目の前が開けてきた。そこには見渡す限りの広大な穀倉地帯が広がっていた。まだ緑色の若い穂が広がり風にゆったりとたなびいている。肥沃な土地の豊かさを伝えていた。
そのはるか向こうには、ここから見てもかなり大きな街が見えている。
リルネとフェリーシアはフレンクランを出て、アルフレット国王の準備した馬車でエッジスタートの首都エンブルに入ってきていた。
街に近づくにつれ、その奥に城壁のあるのが見える。城壁の向こうに王城が見えてはいるが、しかし城壁からまだずいぶんと離れているようだ。同じように城壁向こうの右手からは白い煙が数本立ち昇っているのが見える。あれが製鉄ギルドの鍛冶場なのだろうか。城壁の右端は河に面していて、対岸は高台になっている。白い煙は河の下流へと水の流れと一緒に進み消えていた。
街に入ってきた。道路はきれいで下水が完備されているせいか清潔な感じがした。人々にも街の雰囲気にも活気が感じられる。リルネは馬車の外から伝わってくる賑わいに、早くあちこちを回ってみたいと気がせいだ。
城壁に到着し門をくぐると、中にも街があった。
「エンブルは城壁内にも街があって、王侯貴族と近衛隊、ギルド関係者なんかが住んでいるわ。あと、そうね、、鉄匠や近衛兵の学校も内街にあるわね」
「へえ、、なんか城壁の外と雰囲気が違うね」
「ええ、ここはいわば政治のエリアだから、政治に携わる人たちが多く住んでいて、ちょっとアカデミックな感じなのかしらね。でも、コンサートホールや大学は全部外街にあるわね」
「ところで、あの白い煙を出しているところは、鍛冶場?」
「そう。あそこが製鉄ギルドのエリアよ。あそこもあそこで一つの小さな町みたいになっているわよ。通行証がないと入れないけれど。今度、案内するわね」
リルネは整然とした街の造りに技術大国の一端を見たような気がした。すべてが洗練されていて、大陸の先進国家なのだと改めて感じた。
再び門をくぐり、やっと王宮に到着した。王宮の入り口には侍従侍女が十数人立っていた。
「おかえりなさいませ。フェリーシア様」
「ただいま、シューベル」
「陛下は昨日ご到着されました。フェリーシア様たちがお着きになるのをお待ちになっていましたよ」
「そう。結局、合流せずにずっと別行動だったから、早くリルネの顔が見たいのね。こちらがリルネよ」
フェリーシアは、馬車から降りて後ろに立っていたリルネを前へとうながした。
「こんにちは。お初にお目にかかります。リルネと申します」
「リルネ様、私は宰相のシューベル・トゥバインでございます。お待ちしておりました。思わぬ長旅となってしまわれましたね。どうぞ、お城へ入っておくつろぎください。ただ、その前に陛下にお顔をお見せくださいませ。ずっと気を揉んでおられましたので」
シューベルは何とも優し気に言った。
「わかったわ、シューベル。まずは、部屋へ案内してくれるかしら」
リルネの代わりにフェリーシアが答えた。彼女は待ってくれていた侍従侍女たちに挨拶をしながら、リルネを伴って中へと入っていった。
一時間後、国王の執務室のドアがノックされた。
「入りなさい」
国王アルフレットが言うと同時に、シューベルは中からドアを開けた。そこにはフェリーシアとリルネが並んで立っていた。二人とも旅装から小綺麗な衣装に着替え髪も整え、見違えるように品のあるお姫様らしい姿になっていた。二人は挨拶をして入ってきた。
「叔父様、とてもお待ちになったでしょう。ご紹介します、こちらがリルネです」
「ご機嫌麗しゅう、国王様。リルネと申します」
スタジアムで聞いた声は、説教者のような形式ばった太い声色だったが、目の前のリルネは年相応の可憐な少女だった。とても同一人物とは思えない。
「君がリルネだね。さあ、二人とも座りなさい」
アルフレットも執務机から離れ、ソファに移った。
「本当に大きくなった、、立派になったね」
リルネは、初対面のはずなのに親しげに話しかけてくる国王に、少々戸惑った。フェリーシアから何度か話は聞いていたが、実際本人に会うとやはり緊張してしまう。
しかしそんなリルネの戸惑いもお構いなしに、アルフレットは感慨深そうにリルネの顔を見ていた。
「叔父様、レディの顔をそんなまじまじと見るのは失礼ですよ」
フェリーシアは、込み上げてくる笑いを抑えながら言った。
「あ、これは悪かった。いやいや、あの弁競演会で見た白バラ十字団とはとても思えなくてねえ、、。まずは、遠いところよく来てくれた。旅の途中、思わぬ出来事に巻き込まれてしまったが、こうして、無事に君に会えて嬉しいよ」
「はい、恐れ入ります」
フェリーシアから、国王に大目玉を食らったと聞いていたので、自分も同罪かとちょっとビクビクしていた。
「フレデリックとヘンリエッタは元気でいるかな?」
「はい、おじいさんもおばあさんも、元気に過ごしています」
「そうか、それはよかった。まあ、君の様子を見れば、二人とも変わらず、元気であろうことがうかがえるよ」
国王は二人にお茶をすすめると、自分も一口飲んだ。
「本題に入る前に、下世話な話題から片付けるかな、、。まず、あの弁競演会での演説はどうやって思いついたんだね?」
「はい、、、フェルと、あ、フェリーシア、様とスコット外相が聖堂でされていたお話を一緒に聞いていまして、私も何か手助けできないかと、レフトゥル派の修道院で文献を読んでおりました」
「君は、あの手の神学論争が好きなのかね?」
「いいえ、、初めて接した話でしたので、、好きかどうかはわかりませんが、ただ、幼いころからおじいさんとおばあさんに、たくさんの本と話を読み聞かされて育ちましたので、考えることは好きです」
国王は「ふう~ん」と納得すると次に移った。
「白バラ十字団の黒マントは、あれは、本物かね?」
フェリーシアは隣で聞いていて、吹き出しそうになった。これではゴシップ好きのただのおじさんだ。
「あれは、旅の途中で出会いました青年から借りたものです。彼は、フェル、フェリーシア様が言うには、白バラ十字団ではないとのことですが、なぜか彼は、その本物のコートを持っておりました」
「叔父様、これでは噂好きのただの好事家ですよ。そろそろ本題に入ってもよろしいのではなくて」
「いやいや、あまりにも弁競演会での印象が強かったものだから、つい、、」
国王は面目なさそうに笑った。
「彼については、エッジスタートの人だと思いますので、後で私から叔父様にご報告いたします」
国王は「ほぉ~」とそこにも関心をひかれたが、フェリーシアにまたチクリと言われそうなので、そこは我慢して、、と、仕切り直しに咳払いを一つした。
「さて、では本題に入ろうか、リルネ。君に、ここまで来てもらった理由を話さないといけないね。フレデリックとヘンリエッタからは何か聞いていることはあるかな?」
リルネは、急に神妙な顔つきになった国王を見ながら、気を引き締めた。
「いいえ、何もございません。フェリーシア様が来るまで、私はただ村人の一人として暮らしていましたから、、、ずっとそうやって生きていくものだと思っていました」
「そうか、、それは、さぞ驚いたことであろうな。ところで、フェリーシアのことは私の前でも君が呼びやすいように呼びなさい。それでよいであろう」
フェリーシアはニコリとうなづいた。
「それでは、最初から説明するとしようかの」
国王はお茶をまた一口飲んだ。
「この王都より西へ行くと海が広がっているのは知っておるだろう。この西の海、その大海の向こうには別の大きな大陸がある。まだこの大陸の者は誰もその存在を知らぬがのう。われらエッジスタートの王族と一部の者は、実はその大陸から来ているんだよ。そして君もそうなのだよ」
えっっ、何のことを言っているのか、、頭がついて行かない。海の向こうに大陸があるというのも初耳だし、自分がそこの生まれって・・・。
「その大陸は、あ、我々はその大陸を新大陸、ここを旧大陸と呼んでおる。その新大陸の内陸部に神仙峯という聖地がある。そこは新大陸のいわば中心地だな。ここでいえば教皇庁に近い存在になるが、成り立ちや性質は全く違う。各宗教の聖者たちが集まってでき上がった聖地だ。こちらのように政治や経済に介入することは一切ない。精神的支柱というか、まあ、平和のシンボルみたいな存在だ。それでリルネ、君はそこで生まれたのだよ」
えっ! リルネは国王の発している言葉は理解できるが、肝心の意味が理解できない。自分は海の向こうの大陸の人間で、そこの聖地みたいなところで生まれた・・・と。
アルフレットはリルネの様子を見て、口調を変え、ゆっくりと説明し始めた。
「君のおじいさんとおばあさんも、新大陸の人でね、、。ただ神仙峯の人間ではないが、近しい人と言えばいいかな。フェリーシアの父親、私の兄になるのだが、兄は新大陸の大国の王で、神仙峯を守護している立場にある。新大陸は、ここのような戦争はもうなくなり、多様な政治形態を持つ複数の国家が共存している世界だ。だから形ばかりではあるが守護国になっている。フレデリックとヘンリエッタもその国で生まれ、幼き頃の兄上の教育係をしていたのだ。今から15年前、神仙峯より君が兄上のもとに送られてきた。神仙峯の事情はよくわからぬが、、まあ、君からしたら大事なことだから、兄上に直接聞いたらよいが、、まあ、何らかの事情で兄上に預けられた。そして、兄はフレデリックとヘンリエッタに君の養育係を頼み、3人をこちらの大陸へ送ってきたのだ」
そうか、おじいさんとおばあさんは、フェルのお父様の教育係、それでフェルと親しそうに話していたんだ。フェルのお父さんが私を二人に預けた、、。
荒唐無稽な話から、少しずつ身近な話になってきた。
「すると、、、私には、違う両親が、いるのでしょうか?」
変な聞き方になってしまったが、今の正直な気持ちだ。
「そうだね、、君を生んだ母君と父君がいるだろうね。ただご存命かどうかはわからないが」
そうか、、でも、それ自体にショックはない。今までほしいと思ったことがなかったから。しかし、これからその世界と関係を持たなければならないのが不安だった。
「あの、、それで、私は何で、ここまで連れて来られたのでしょうか?」
「うむ、、一か月半ほど前に兄上から連絡が来てのう、君に会いたいとのことなのだ。理由は、君の生まれ故郷である神仙峯から知らせが来たと言っていた」
「そうですか、、、」
リルネとしては、嬉しくも悲しくもなかった。ただ不安だった。考えようによれば、生まれたての赤ん坊を人に預け、大きくなったので返してほしいと言っている、とも取れる。向こうの事情がわからないので、何とも言えないが、、。しかしそこが生まれ故郷だと言われれば、行ってみたい気はする。
「まあ、君にとっては急な話だから、少しここで旅の疲れを取り、新しい状況にも慣れてから、向こうと連絡を取ればよかろう。そんなに不安がることはないのだよ」
国王もリルネの様子を見て、さすがに不憫に思ったようだ。
「フェリーシア、いろいろリルネの手助けをしてあげなさい。おまえが兄上の元まで連れていくことになるのだから」
それを聞いて、リルネは少しほっとした。彼女と一緒だったら、不安や迷いを抱えていても、前に進んで行ける気がした。
「ええ、もちろんよ。私が彼女をお父様の所まで案内するわ。その前に、彼女にはぜひここを楽しんでもらいたいのだけれど」
フェリーシアは満面の笑みでリルネに振り向いた。
「リルネ、私たち大祝祭を楽しむことができなかったけれど、その代わりと言っては何だけど、エッジスタートには音楽会や美術展、スポーツ大会と、いろいろあるのよ。私たちが苦労した例の製鉄ギルドもすぐそばにあるから、一度見に行きましょうね」
リルネはコクリとうなづいた。
フェリーシアの言葉が嬉しく、頼もしかった。




