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23話 リルネの言いたかったこと

 さて中央の討論会場ではずっとレフトゥルとウスンサーリのやり取りが続いていたが、やはりウスンサーリが優勢に議論を進めていた。


 レフトゥルはだんだんと熱くなってきた。

「そんなのは思い上がりもいいところだ! 馬の糞のようなせりふを並べたてたところで、そんなのは人間の救いとはこれっぽっちも関係ない!」

 レフトゥルは半分叫んでいた。いつもの気性の激しさが出てしまっている。

 ウスンサーリはそんなレフトゥルを冷静に見つめ、余裕の表情で語っていた。観客も大半はウスンサーリに拍手を送っていた。


 司会者はそろそろ採決を取るかと考えていた。ウスンサーリ側のサポーターの声援がまだ終わらないうちに言った。

「それでは、そろそろ、採決の時を迎えたいと思いますが、まだ話し足りない内容がございましたら、どうぞ、お話ください。もしないようでしたら、拍手の採決に移りたいと思います」

 司会者がそう言った時、声がした。

「待ってください!」

 レフトゥルの4人のアシスタントの後ろから誰かが立ち上がった。司会者はいきなり立ち上がった人物を見た。その人は黒コートを着ており、胸に「W.R.C.」というバッチをつけていた。それはヨハンの黒コートを借りて木箱の上に立ったリルネだった。

 司会者は「W.R.C.」、、、どっかで聞いたことのあるような頭文字だと思いながら、突然の乱入者に注意を促そうとした。

 が、その時、何かが上から降ってきた。白いひらひらした物が舞い降りている。司会者が周囲を見回すと、なんと四方八方、いや会場全体に白いものがひらひらと舞っているのだ。それは、バラの花びらのような、、いや、それは、正真正銘の白いバラの花びらだった、、白いバラが、この会場全体に舞っているのだった!

 会場の観客たちも異様な光景にザワつき始めた。何が起こっているのか誰もわからない。目の前の人物が立ち上がったとたん、この白いバラの花びらが降ってきたのだ。

 彼は、、今噂の白バラ十字団のメンバーか? そういえば黒服をきている、、と、司会者は思い始めた。会場からは胸についた「W.R.C.」のバッチまでは見えないが、すぐ近くにいる彼にはそれがはっきりと見えるのだ。

「なんと、、白バラ十字団が、この弁競演会に現れるとは、、、」

 司会者は頭が真っ白になってしまった。会場はすでに興奮し、いろめき立っている。

「白バラ十字団だ!!!!!」

「白バラ十字団だ! 彼が本物の白バラ十字団だ!!」

「おお! 白バラ十字団は! やっぱり存在していたんだ!」

 あちこちから『白バラ十字団』という声が聞こえてきた。会場は異様な雰囲気に包まれた。

 司会者は、この状況をどう収拾したらよいのか。いっそのこと、メガホーンをこの白バラ十字団に向けたい。採決を取らないといけなかったが、しかしこれはもう採決を取れるような状態ではない、、そう言えば、、、と、弁競演会の末文の規定を思い出した。


「皆様! 今まで、弁競演会の場でこのような第3者による突然の発言はありませんでした。それは弁競演会のルールにある通りであります」

 ここで予想通り、会場からすさまじいブーイングが起きた。司会者は急いで言葉を続けた。

「しかし! しかし! この弁競演会のルールの一番最後には『この規定のすべてはこの大陸の民による』とあります! 要するに、この会場の皆さんがこの場でこの人物の発言を望むのであれば、それは可能だと判断することができます!」

 もちろん観客席からは「話させろーー!」「白バラーー!」の声が怒涛のようになだれ込んでくる。

 司会者は耳をつんざかんばかりの歓声に、立ち上がって叫んだ。

「それでは! 今!! 皆様の承認を得て! この人物の! 発言を! 許可いたしますっ!!!」

 司会者のアナウンスと同時に大ブーイングは喝采と拍手に変わった。司会者はリルネの所まで行き、メガホーンを渡した。

「どうぞ、発言されて結構です」

 リルネは司会者からメガホーンを受け取ると、一つ深呼吸をして観衆に向かって話しだした。

「私に発言をお許しくださりありがとうございます。まずは、会場の皆様に深く感謝申し上げます」

 リルネはお腹に力を入れ、声を低めて太く、威厳を持たせて言った。

「私は、ウスンサーリ博士、レフトゥル博士、お二人とも尊敬しております。そして、この弁競演会がどう展開されるのか、とても興味深く拝見していました。ウスンサーリ博士のご主張はわかりやすく明快で感嘆いたします。またレフトゥル博士も深い信仰心に満ちたお話だと感動いたしました」

 会場は熱気とともに静まっている。リルネは続けた。

「ただ、ただ物足りないのは、お二人が話していた『意思』は言葉こそ同じですが、違うことを指していると思えることでした。ウスンサーリ博士の『意思』は、文字通り人は善悪の選択ができ、それを行動に移すことができるという判断を指していました。しかしレフトゥル博士の『意思』は、それとは違うところにありました」

 聴衆は、もう死ぬまで見ることができないであろう白バラ十字団の貴重な肉声だと思い、身を乗り出して聞いていた。

「彼の言う良い悪いというのは、その行い自体を指すのではなく、その人の心、すなわち動機のことを言っているようです。行いを正すことはできますが、その行いの元となる、心に浮かんでくる意欲や感情、思いは自分で選ぶことができません。レフトゥル博士の『意思』は、そのことを言われているようです」

 リルネはここで力を込めた。

「さて、採決にあたり、皆さんに考えていただきたいことがあります。この偉大なお二人の弁競演会開始時、何がありましたでしょうか。お一人、弁舌者を待たせ、いや会場のすべての人を待たせた人がいらっしゃいました。これをレフトゥル博士流に言うならば、遅れたこと自体は良くも悪くもない、しかしその動機、目的はどこにあったのかが問われるのです。私たち観衆に自らの権威を知らしめようとする思いからしたのであれば、それは神に御されているのではなく、サタンに御されている、ということであります」

 会場の誰もが、教皇のことを言っているのはわかっていたし、遅れて登場したのも、いつもの権威のひけらかしだと感じていた。

「レフトゥル博士は、ある帝国議会で尋問された時、真っ向から違うものは違うと発言しました。皆さん、もし皆さんが今ここで、その遅刻者は、自分の権威をひけらかそうとしていた、と思われるならば、どうかそれを勇気を持って言い続けてきたレフトゥル博士に拍手をお願いしたい。それを行為に移せることこそが、真の自由意思を表しているのです!」

 観衆たちの熱気は違う形へと変化していった。白バラ十字団は、困った人たちを助けてくれるヒーローであった。弱気を助け強きをくじくシンボルだった。そのヒーローが自分たちに正義を促している。

 ここまでただ興奮していた観衆たちの熱は、自分が白バラ十字団と共に正義をなせるという高揚感へと変わりつつあった。そして、弁競演会という祭りの場で、自分たちもレフトゥルを押せば、教皇に対する日頃の鬱憤を一気に晴らせるような気がした。


 会場の最上段のブースは大騒ぎだった。教皇はヒステリーを起こした。どこから飛び出してきたのか! あの白バラ野郎が変なことを言い始めたせいで、会場の雰囲気が一変してしまった。今までウスンサーリが圧倒的有利に進めていたのに、あいつは、あのにっくきレフトゥルの弁護のみならず、わしを侮辱するとは、、、

「おい! あいつは誰だ!! 何と忌々しいぃ! あいつを捕まえろ!」

 教皇の側近はフレンクラン国王のブースへと走って行った。


 フレンクラン国王のブースは、比較的静かだった。それも3日前に、エッジスタートの元ギルド職人が我が国に住んでいるというトーボルクの報告を受け、宰相に指示していた軍の準備を解き、弁競演会直後の派兵は保留としていた。それもあって、国王は高みの見物を楽しんでいた。

 ウスンサーリが不利になるのは不愉快ではあったが、大祝祭は各国国王の集まる、ある種、治外法権下の祭りあるため、不穏な動きをすることはできなかったし、今となってはどうでもいいとさえ思った。


 一方、サックセン国ブースは、白バラ十字団の出現とレフトゥルへの援護に、完全に気をよくしていた。

「あれが、白バラ十字団か、、。なかなか良いことを言うではないか!」

「はい、私も初めて見ます。領内での出現はいくつか報告を受けていましたが、正体ははっきりせず、噂の域を出ておりませんでしたが、、」

「これでレフトゥルが勝利すれば、教皇も我々に煩いことは言えなくなるだろうな。何と痛快なことよ!」


 微妙な空気だったのが、エッジスタートだ。

「もしやとは思うが、、あれがリルネか?」

 国王はそばにいたスコット外相に聞いた。

「はい、、遠目で、はっきりとはわかりませんが、事の成り行き上、そうではないかと思います」

「これでは、、誰かさんとそっくりではないか、、、」

 スコット外相も苦笑している。

「しかし、こんなに大衆の注目を浴びて、ここを出たときの身の安全は大丈夫なのだろうな、、」

「はい、フェリーシア様からは何の伝言もございませんので、黙って見ているように、ということだと思います」

「そうだろうな、、」

 国王は頭を抱えたが、ただ、リルネの主張の鋭さは神仙峯を彷彿とさせ、血は争えないものだと合点がいくのだった。


 会場では、白バラ十字団がメガホーンを司会者に返していた。観衆はそれと同時に歓声を上げた。

 ウスンサーリは、白バラ十字団の肩入れでの採決は不本意であったが、弁論の主旨が変えられていたことはよく理解していたし、何よりもこの会場の熱狂ぶりでは、もう何を言っても無駄だと思った。

「さて会場の皆様、史上初、弁舌者に白バラ十字団も加わり、私たちの真の自由を示す時が迫ってまいりました。なんと今回の弁競演会は、かつてなかった形で幕を下ろそうとしています。それでは! 採決の拍手に入ります。これから私が双方のお名前を順に呼び上げます。皆様が応援する方へ力一杯の拍手を送ってください!」

 司会者は右手を上げた。

「ウスンサーリ博士!」

 するとウスンサーリのサポーターからパラパラと拍手が起こった。もうウスンサーリの主張がどうのこうのではなく、教皇を支持する者はここで拍手をする空気となっていた。何人かは、最上段の教皇ブースに向かって拍手をしている。

 次に司会者は左手を上げた。

「レフトゥル博士!」

 今度は割れんばかりの大拍手が起こった。日頃の鬱屈を示す拍手は、会場全体に広がっている。その音はスタジアム全体に響き渡った。


「今年の弁競演会勝者は、サックセン国レフトゥル博士です!!!」

「おうーーーっ!!」

 大きな歓声とともに、司会者の後ろに待機していた楽団がファンファーレを鳴らした。司会者は立ち上がってレフトゥルとウスンサーリの方へ歩み寄った。まずレフトゥルと熱い握手を交わし祝福の言葉を述べた。次にウスンサーリの方に近寄り彼と握手をした。

 

 リルネはメガホーンを司会者に返して席に戻ると、素早く黒コートを脱ぎ、隣のマーチンに渡した。そして、採決の大拍手を聞きながら席を離れた。背をかがめて退場口に向かったが、その間も周囲の人々に掴まれ、ひっぱられ、前を阻まれた。そのたびにマーチンが手を引きつつリルネを守った。どうにか退場口までたどり着くと、そこで待っていたヨハンやバーグたちがリルネを囲みながら外へと連れ出した。


 司会者は、白バラ十字団に握手を求めようとしたが、その時には黒コートの人物の姿はなく、退場口付近に人だかりができていた。




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