22話 レフトゥル VS. ウスンサーリ
司会者が会場に入ってきた。司会は中立の立場からプロストリア国から出されている。司会者がメガホーンを持ち会場内に挨拶をし始めた。
「みなさん! 4年に一度の祭典にようこそいらっしゃいました! 思う存分、楽しんでいるでしょうかっ! 今日は最終日、そして残すは最後のメインイベント、弁競演会のみとなりましたぁ!」
「うおぉぉぉぉ!!」
観客席から歓声が沸き起こった。
「今回の弁競演会は、今一番熱い話題が選ばれました。そう! 皆さんの命と身の安否にもきっと関わってくる! タイトルは、ウスンサーリ博士とレフトゥル博士の自由意思論争です! 大陸を二分している何ともシビアな演題です。しびれます!! 皆さんの選択が明日の我が身を左右します! どうぞ自分の命は自分で守りましょう!」
会場は笑い声でどっと沸いた。
「まずは、弁舌者に入場してもらいます。どうぞ、ご入場くださ~~い!」
司会者の声とともに二人の学者が並んで出てきた。ウスンサーリとレフトゥルだった。二人は同じような聖職者用のマントを羽織り、手には聖本を持っていた。そしてその後ろに修道士が4人ずつ、それぞれたくさんの本を抱えながら出てきた。
ウスンサーリの表情は柔らかく余裕があるように見えた。一方レフトゥルは無表情だった。司会者の右側にウスンサーリ、左側にレフトゥルが向き合うようにして立ち、椅子に座った。ウスンサーリとレフトゥルのアシスタントたちも同じように座った。
「それではこれより弁競演会のルールを、簡単に説明いたします。ウスンサーリ博士、レフトゥル博士のお二人は、発言を自由にすることができます。発言時間に制限はございません。ただし、円滑な進行のため司会が制止することもございますので、あらかじめご了承ください。また、お二人にはそれぞれ4名のアシスタントがついています。彼らには弁舌者を援助してもらいますが、発言はできません」
司会者がルールを説明している間も両陣営のアシスタントたちは、緊張した面持ちで本を配置し、文言を探せるように広げていた。
「そして、勝敗は今年も恒例のやり方で決められます。そう、この会場の観客の拍手によってです! そのためチケットは各国平等に配分されています。観客の方々は採決までは好き勝手に声援や拍手を送ってください。ただ、最後の採決の時は、自分の応援する方のみに拍手をしてください」
司会者がルール説明を終えこれから試合が始まるというところで、スタッフが司会者に何事かを耳打ちした。
「皆様、今年も各国国王陛下がご参席で、今回は教皇様もご観覧になられます。しかし、まだ教皇様がご着席でないようです。しばらくお待ちください」
会場からは小さくブーイングが起こったが、教皇相手では大声で野次ることもできない。これは教皇自身の演出だった。自分の権威を際立たせるために、観衆の注目の中で最後に登場しようとしていた。
数分後、教皇はブースに出て行き、大げさなそぶりで眼下の聴衆に向かって手を上げた。
人々はブーイングとも歓声とも取れるような声をあげた。
「さあ、教皇様もお出ましになりました!」
司会者は気を取り直し、ここでもう一度会場を盛り上げる。
「それでは! これよりサックセン国レフトゥル博士とネイザン国ウスンサーリ博士による自由意思についての弁競演会を始めまぁ~~~~す!」
観客席からは大きな歓声と応援の声が飛び交った。
事前にくじで決められた専攻のウスンサーリは、あごひげをさすりながら細長い顔を上げ、一声をあげた。
「人間自身が事の良し悪しを判断し、それを行うことができると、ここに宣言いたします! 私たちはただのでくの棒ではありません。神もただのでくの棒をお作りになったのではありません。自由な意思を持った人間を作ったからこそ、皮肉ではありますが、聖本にあるように人間始祖の堕落も起こったのであります。そうでなければ善なる神が人間を堕落するように作られるわけがありません。人間は自由な意思で堕落をしていまい、そして今、その自由な意思で懺悔の祈りもささげているのであります」
会場からはウスンサーリのサポーターを中心に声援が上がった。レフトゥルは静まるのを待ち、発言を始めた。
「われわれ人間が、自分の力で善なることができると考えるのは、人間のおごり以外の何物でもありません。人間の意思でできるのは人間の差配下にあるものだけです。それ以外の思いや欲望や希望でさえも、人間に自由はなく、むしろ神とサタンの下の奴隷なのです。人間の意思は神の恩恵が臨めば善を志向し、それを欠けば悪を志向するのです。ゆえに自発的な力では罪を犯すこと以外何もなしえず、『自由』というよりは『奴隷』というべき意思なのです。もし自分で善なる行いができるとするならば、人間は自分で自分の救いをなすことができるでしょう。懺悔などいらなくなるのです」
今度はレフトゥルのサポーター側から拍手と歓声が沸き起こったが、なぜか他の観客席からはそれほど反応はなかった。
ウスンサーリがすかさず反論してきた。
「人間の意思が奴隷などということはあり得ません。神は人間の自由意思を応援しているのです」
ここでウスンサーリは、後ろのアシスタントからすでに開いてある聖本を受け取り、声高に言った。
「皆さん、聖本にはこう書かれています。『求めよ、そうすれば与えられるだろう。探せ、そうすれば見出すであろう。門をたたけ、そうすれば開けてもらえるだろう。すべて求めるものは得、探す者は見出し、門をたたくものは開けてもらえるからである』。この聖句は人間の努力を促すものです。善なるものを求めなさい、という人間の自由意思を促す聖句に他なりません。このように神は人間の自由意思を応援し、そして勇気づけようとされているのです!」
またもやウスンサーリ側から大きな拍手が起こった。そして周りの観客もそれに巻き込まれ始めていた。あきらかにサポーター席以外の観客席にもウスンサーリのサポーターが大勢いるようだった。
レフトゥルもアシスタントに一声かけた。するとアシスタントは聖本を開いてレフトゥルに渡した。
「『神は言われた、わたしは自分のあわれもうとする者をあわれみ、いつくしもうとする者ををいつくしむ、ゆえにそれは人間の意思や努力によるのでなく、ただ神のあわれみによるのである』。人間の意思は人間が決定できるものではないのです。神とサタンとの間に、いわば馬車馬のように置かれているのです。もし神が御されるのならば神の欲するところへ向い、もしサタンが御するのならばサタンの欲する方へ向かうのです。いずれの御者を選択するかの権限は私たちにはないのです」
レフトゥルのサポーターからはまた大きな拍手が起きた。しかし他の観客からの拍手はやはり少なかった。レフトゥルは続けて言った。
「人間は人生の救いや安寧が、自分の力や考えや努力の外にあるということを知らなければ、徹底的に謙遜になることはできないのです。我欲を捨て去ることはできません!」
ウスンサーリはじっくりとレフトゥルの意見を聞きながらメモを取っていた。そして冷静に話を進めた。
「人間の救いや安寧に関しての自由意思を問うのであれば、まずそれに関して話を進めましょう。私は人間の救いや安寧に関しても神はやはり私たちにその能力を与えてくださったと考えます。いや逆にその能力がなければおかしいのです。なぜなら、神は人間の自由意思によってなされた良い行いや悪い行いに対して、報いたり罰したりされるからです。もしすべてが神の計画の中にあるならば、その神の報酬や罰はいったい人間にどんな意味があるというのでしょうか?」
ウスンサーリはレフトゥルのほうを見て、その反応を確認しながらゆっくりと言葉をつないでいく。
「もちろん、100%神がわれわれの良い行いに褒美をくださり、悪い行いに罰を与えるのではありません。ある人においてはその悪行は罰せられず、その人の小さな善行に褒美が与えられるでしょう。また反対に、ある人においてはその善行には褒美が与えられず、その人の小さな悪行に神の怒りの罰が下されるかもしれません。しかしだからと言って、人間の知恵で神の知恵を推し量るべきではないし、また推し量ることもできません。人間の域を超えた事柄について、無理に説明をつけたところで何の解決にもなりません。解決どころかそれこそが人間の傲慢さなのです。人間が真の謙虚さを見せるべき時は、まさしくそういう時なのです」
教皇は一番上のブース席からウスンサーリの話を聞いていた。彼の弁舌の鋭さ、そして話の運び方に満足していた。憎きレフトゥルをへこませたい教皇としては、彼の弁舌のうまさは心地よかった。
「はっはっはっ! ウスンサーリ相手にさぞかし肝をつぶしておることだろう。常日頃、いまいましいことしか言わん奴のことだ、こういう時に目にものを見せてやらねばならぬ!」
その一段下のフロアーには各国国王とその重臣たちが座っていた。フレンクラン国王はニコニコしながら、機嫌よさそうな顔で横の重臣たちと話をしている。
「ウスンサーリは噂にたがわず頭の切れる学者だのう。見ていて気持ちがいいわい!」
後ろに座っている重臣が笑顔を作りながら答えた。
「さようでございますな、陛下。彼には論破される隙が見当たりません。さぞかしレフトゥルも脂汗をかきながら頭をひねっていることでしょう」
「あやつに恨みはないが、これでイメージも地に落ちるじゃろう」
フレンクランのブースでは上機嫌な高笑いが響いた。
一方、少し離れたところにサックセン国王のブースがあった。国王はむすっとした表情でずっと二人のやり取りを見ていたが、とうとうたまりかねて口を開いた。
「レフトゥルになぜ観客の拍手が少ないのだ!」
後ろの重臣が緊張した面持ちで答えた。
「は、はいっ、心なしか、ウスンサーリ側の観客たちが、多いように見受けられます」
「わしはあらかじめ応援に動員の準備をしっかりするよう言っておいたではないか! していなかったのか!」
「いえ、、、あの、、、各国に割り当てられたチケットはきちんと受け取っております。その後、国民に配布したはずですが、、、どうも、、それが、、ウスンサーリ側へ流れたようで、、もちろん取り締まりはしていたのですが、、最後までは、確認が、できておりません、その、、はい」
重臣はだんだんと歯切れが悪くなって来た。どう見ても、サックセン国を始めとしたレフトゥル派の観客が少ない。トーボルクが各国にある傘下の取引先に手を回して、チケットの買収をしているという情報はつかんでいたが、ここまで抑えられているとは思ってもみなかった。
サックセン国王はイライラした様子で怒鳴り出した。
「全く、おまえたちは何をしていたのだ! フレンクランには腹黒いトーボルクがいることなどは、百も承知していたはずではないか! 何でもっと警戒をしなかったのだ! 馬鹿どもめが!!」
周りの重臣たちは一様にうなだれ、返事することもできなかった。ただでさえ劣勢と思われていたレフトゥル派は、この多くの観客たちによってまさしくとどめをさされたのであった。
当のトーボルクはもちろん会場に来ていた。教皇や国王ブースの真向いの一番上に座っていた。トーボルクはもちろん上機嫌だった
「はっはっはっ、笑いが止まらぬわ! ここまで勝負がはっきりしていると、愉快だぞ!」
トーボルクとその側近たちも、口の端に笑いを浮かべながら弁競演会の様子を眺めている。
「いやはや、トーボルク様の知恵と人脈にかなう者は、もうどこの国にもおりません」
「見ろ! 弁競演会といえども、結局はみな金で動くのだ。がっはっはっはっ!」
トーボルクは大きな腹をかかえながら笑った。自分の金と力で弁競演会さえも好きに動かせることに酔いしれていた。
オレは今や強大な力を持っている! わしの力はもしかしたらフレンクラン国王よりも大きいかもしれん。もしエッジスタートのギルドが手に入ったら、別にフレンクランの国王なんかにくれてやることはない。わしが自ら出向いて他の国王たちと取引をするか? フレンクランのあの王は愚鈍すぎてわしは正直好かん。それこそウスンサーリのいるネイザン国がいいかもしれぬ。小さい国だが貿易や戦争には都合のいい国だ。いや、一ヵ国に決める必要もないかもしれん。うひっひっひ、これは笑いが止まらぬわ!
トーボルクは欲望に任せて果ての無い夢を見ていた。




