20話 大祝祭が始まる
大祝祭開始まであと3日に迫っていた。外国から来る観光客が日増しに増え、祭りの熱気はすでに高まっていた。
バーグは相変わらずロッジに顔を出していた。フェリーシアは、カルレン公と会ってからはロッジに顔を出すことはせず、居場所もバーグの店から他のメンバーの所へと移っていた。
ザラトロは案の定フェリーシアのことを聞いてきたが、バーグはただ「知らない」とだけ答えた。彼は毎日ロッジに顔を出すようになっている。彼がトーボルクに何と報告しているのか気になるところだが、こればかりは聞くこともできない。
フェリーシアは、カルレン公が請け負ってくれた、ギルドと錬金術の噂が流れてくるのを待った。バーグはトーマスやミッシェルを捕まえては、それとなく探りを入れてくれてるが、まだ周辺にそれらしき話は出ていない。どうか弁競演会が始まる前に、国王の耳に入ってほしい。
リルネもそろそろフレンクランに戻って来るだろう。約束の期間は大祝祭までの3週間だ。彼女を早く国王に引き合わせたい。それが本来の自分の役目だったのだから。エッジスタート国王も大祝祭のどこかの時点でフレンクラン入りし、弁競演会を観戦していく。国王が来た時点で、彼女を引き合わせればよかった。
とうとう大祝祭が始まった。開会式が行われ、街は昼夜の別なくこうこうと明かりがついている。人々は遅くまでワインを飲んで、昼間の競技やコンテストについて興奮しながら語り合う。
その夜、待望の報告があった。
「フェリーシア様、報告が上がって来ました」
バーグは地方から来たメンバーを、フェリーシアの元に連れてきて説明をさせた。
「私の任地はここから馬車で1日ほどの地方都市でございます。2日前に私のロッジでメンバーの一人が話していたのでございます。『ブドウ酒の販売をしている商人が、秘密に錬金術師を一人雇い入れた。その錬金術師はなかなかの使い手で、発酵を調整して安いワインを高級ワインに変えてしまう。それからというものその店はとても繁盛している。そしてこのワインの味を変えている錬金術師というのが、実はエッジスタートから来た製鉄ギルドの職人で、ギルドで使っていた技術で味を変えているらしい』ということでございます」
フェリーシアは、はあーと深く息をついた。この何日間か生きた心地がしなかった。カルレン公が約束してくれたからといって、それが本当に履行されるのかどうかはわからない。フェリーシアにはもう手出しのできないことだけに、待つしかないのがつらかった。でも今こうして、錬金術と製鉄ギルドがセットになって噂が出回り始めている。
フェリーシアは叫びたいほど嬉しかった。カルレン公はこんな素敵なストーリーで約束を守ってくれたのだ。
「お嬢様、明日さっそくロッジへ行って、私も噂話をしてきます。ザラトロも飛びつくでしょう」
「そうね。これでトーボルクまでは確実にすぐ届くわね」
ことの真偽がはっきりするまでは、いきなり戦争を仕掛けるということはないだろう。あとは国王たちにバトンを渡し、大祝祭以降の外交交渉に期待するしかない。製鉄ギルドと白バラ十字団のラインは、絶対断ち切らなければならない。そしてトーボルクを押さえる。
大祝祭2日目にエッジスタートの国王がフレンクランに到着した。国王一行はフレンクラン宮殿の迎賓館に入った。国王アルフレットは、状況が厳しければ厳しいほど相手の懐に入ろうとする。離れている方が疑心暗鬼を招きやすく状況を悪化させることを知っているので、わざと滞在先に迎賓館を指定したのだ。他国の一行は、自分たちに近い貴族の館に入っている。
アルフレットは入国前にバーグに使いを出していた。フェリーシアとリルネに早い時期に会えるよう算段をつけたかったからだ。スコット外相から報告を受けていた彼は、一緒に二人を、特にフェリーシアをそのまま本国に連れ帰ろうと思っていた。
バーグから話を聞いていたフェリーシアは、すぐアルフレットの意図に気づいたが、できれば弁競演会が終わるまでは、単独で動ける立場を確保したかった。だが、まずは叔父に顔を見せて安心させなければならない。変装した彼女はバーグとともに、アルフレットが到着した夜、迎賓館へと向かった。
迎賓館では歓待の義も終わり、迎賓館の一角はエッジスタートの者だけになっていた。フェリーシアはエッジスタートの宮廷楽団の一行に紛れて迎賓館の中へと入って行った。
側近の者に案内され、国王の待つ部屋に入った。
「フェリーシア、、久しぶりだ」
アルフレットは奥にしつらえてあったソファから立ち上がった。
「叔父様、叔父様もお元気そうで何よりです」
「さあ、こちらに来て座りなさい」
アルフレットは真剣な表情だった。
「フェリーシア、この1ヶ月の間、私は胃が痛くて仕方なかったのだぞ。スコットから報告を聞いた時、私はおまえを止めたかったが、スコットが誰もおまえを止められないと言い、逐一報告をするから許可をしてくれと言う。致し方なく私は許可したのだ。すると今度は、おまえはフレンクランの貴族の屋敷にまで乗り込んだというじゃないか。一つ間違えれば、命を落としていたのかもしれないのだぞ」
アルフレットは今までの不安と心配で早口になっていた。フェリーシアは口出しせずにアルフレットの話を神妙な顔で聞いていた。
「おまえがエッジスタートを守りたい気持ちはわかる。しかしおまえは、本国では王位を継ぐ身なのだぞ。本来、ここにいる理由もないのだ。しかしおまえの父親がどうしてもと言うから、私もしぶしぶそれを受け入れた。もしおまえの身に何かあったらと、心配する叔父の気持ちがわかるか」
なんだか話が微妙に違っていると思ったが、そんなこと、今、口が裂けても言えない。フェリーシアは申し訳なさそうな顔をして言った。
「叔父様、ごめんなさい。私も少し度が過ぎたと反省しています。でも、今回はエッジスタートの人々の、たくさんの人の命がかかっていると思ったら、身を引くことができなかったの。どうしても国や人を守りたかったの。もちろん、私は自分の国に帰らなくてはいけない身だわ。でも、自分の国と同じようにエッジスタートも大好きなの。だって、叔父様がここまで心血を注いで作り上げてきた国なんですもの」
アルフレットはその手に乗るかと、素早く言葉をつないだ。
「フェリーシア、私は心配なのだよ。おまえはしなくてもいい苦労をわざわざ自分からしていく。おまえの国は平和な国なのだぞ。なぜわざわざ、この旧大陸の、それも危険な問題に首を突っ込む。正義感がおまえを押し出すのかもしれないが、それは、、もう、、、」
アルフレットもだんだん言葉が続かなくなってきた。こんな時にフェリーシアの気持ちに寄り添ってどうするのだ。フェリーシアの性格を知るがゆえに、今回は、事の成り行きでこうなってしまったことを、彼も十分承知しているのだ。
アルフレットは「ふう~~~」と息を吐いて、目の前のお茶を飲んだ。
フェリーシアもそれにならってお茶を飲んだ。
「それで、、その例の噂の方は、どうなっているのだ」
アルフレットは、しぶしぶ聞いた。
「はい、昨日の夜、噂が確認されました。今日はここのロッジでもバーグが流しているので、確実にトーボルクとそしてフレンクラン国王の耳に入ると思います」
フェリーシアは詳しく噂の内容や状況を説明した。
「そうか、、カルレン公爵はおまえの手助けをしたのだな。ふむ、私も昔一度会ったっきりで、、彼はその後、まったく表舞台に出て来なかったからな、、。まあ、それはそれとして、、」
大っぴらに喜ぶことはできないが、弁競演会での暴挙は、いったん回避されると考えていいだろう。その後の対応については、本国で閣僚たちとも会議を重ねている。
「それでフェリーシア、おまえは、もともとの任務があったと思うが、リルネとは、いつ会えるのだろうか、、」
「はい、もうそろそろフレンクランに戻ってくると思います。彼女にはマーチンがついていますし、リルネはここではただの一般市民ですから、大祝祭と弁競演会を楽しんでもらってもよいかと考えています」
「ふむ、、それでは私のほうで預かって参加させるか、、」
「はい、それもいいのですが、彼女はきっと、一般人としてお祭りを楽しみたいと言うのではないかと思います。マーチンもついていますし大丈夫だと思います。それに、、」
フェリーシアはその後の言葉をためらった。リルネがどうしてサックセンの修道院に行っているかは、アルフレッドはすでに報告を受けている。フェリーシアはリルネと会って、まず彼女がどうしたいのかを聞かなければいけない。ただ、今この場でそこまで言うのは得策ではない。
「いえ、まずは彼女の元気な顔を確認してから、叔父様にご報告いたします」
「そうか、わかった。まあ、、せっかくの大祝祭、関係のないリルネまで面倒に巻き込むことはないか、、」
「叔父様、ありがとうございます」
フェリーシアは、フレデリックとヘンリエッタの様子、リルネはニワトリの世話をし、牛や犬と暮らしていたこと、二人に愛情を込められ育てられていたことを話した。
国王もやっと気持ちが和らいだのか、表情も柔らかくなりいつしか笑顔が戻っていた。




