19話 エッジスタートのギルドの噂
フェリーシアはカルレン公の屋敷であったことをバーグに話した。バーグはフェリーシアの行く先々に間者メンバーをつけてはいるが、中の様子まではわからない。何かあった時にはフェリーシアに、外まで自力で脱出してもらわなければならない。
「明日も見張りをつけますが、どうかご注意くださいませ」
「ええ、わかっているわ」
翌日、早い時間にフェリーシアはカルレン公の屋敷へと向かった。
「ようこそお越しくださいました。フィル様」
「おはようございます。ページャさん。よく私の名前を憶えていましたね」
「はい、旦那様より承っております」
これは教育が行き届いているということなのか、通常以上の気遣いに注意すべきことなのか、判断がつかないが注意するに越したことはない。
今日も直接カルレン公の書斎に案内された。
「いらっしゃい、フィル」
カルレン公は昨日と変わらず、笑顔をたたえながら椅子から立ち上がった。
「公爵様、またお目にかかれて光栄です」
「さあ、こちらにどうぞ。ああ、マシュー、こちらにお茶とクッキーの準備を」
カルレン公は、部屋の中にいた執事にそう言うと、フェリーシアと向かい合わせに座った。
「昨日、君に肩こりを治してもらってから、なかなか調子がいいんだよ。しかしエッジスタートにあのような錬金術があるとは驚いたよ。私が考えていたものとはずいぶんと違っていたがね」
「そうですか。エッジスタートは小さな農業国ですが、技術や文化面には国を挙げて力を入れていますので、発展も著しいのかもしれません」
「そうだね。その国の民が豊かであるということ、それが本来の国の強さだと私は思っているよ。もちろん軍事力は欠かせない。しかし軍事力だけでは、国が内から疲弊していってしまう。エッジスタートは、そういう意味ではユニークな国だと思うよ」
フェリーシアは、カルレン公が昨日とは雰囲気の違うことに気づいた。なぜだろうか、、。
執事がお茶とクッキーを持って来た。彼が下がったところでフェリーシアは聞いた。
「公爵様、昨日おっしゃっていた姉上様は、いらっしゃっているのですか?」
「実は、君とじっくり話がしたくて姉の話を持ち出したのだよ」
カルレン公は軽く微笑んで、お茶を飲んだ。
「もしかして君は、エッジスタートでボクと会ったことがないかい?」
突然の言葉にフェリーシアは驚いた。まさか、、まさか、、あの10年前の、たった一度会ったっきりの幼いフェリーシアの顔を覚えていたのだろうか。
「まさか、、そんなことはないと思います。エッジスタートにいましたが、偉い方と会うような席に出たことはありません」
フェリーシアは動揺を隠すようにして言った。しかしカルレン公はフェリーシアをじっと見ている。
「いや、実はね、君にそっくりの小さなお姫様に一度会ったことがあるんだよ、、エッジスタートでね。そのお姫様とはそれっきり会うこともなく、、その時もただ紹介されただけで、何を話したわけでもないのだが、、。ただ平民好きで、いつも城の外に出てばかりいるお姫様だと、風の噂で聞いたことがあるのでね。それでもしやと思って」
フェリーシアは困惑してしまった。カルレン公はどれくらいの確信を持っているのだろうか。わざわざザラトロをはずして場を作ったのだから、相当自信があるのだろう。もし自分がエッジスタートの姫だと言ったら、彼はどう出るだろうか? 裏で手を組もうとでも言うか、、捕まえようとするか、、。
カルレン公は相変わらずフェリーシアを見ながら、意外な話を始めた。
「今度の弁競演会はウスンサーリとレフトゥルだね。彼らの勝負にはいろいろな人が興味を持っているよ。それもきな臭いにおいをさせてね。サックセンかその周辺国で開かれていたら、この勝負も互角だったかもしれないが、ここで開催される限り勝つのはウスンサーリだよ。これは出来レースだ」
彼は何のつもりでその話をしているのだろうか。もしかして、薄々気づいているのかもしれない、、フェリーシアが何の目的でここに来たのかということを。
フェリーシアはただカルレン公の話を聞くしかなかった。
「しかし、その勝負の是非が問題なのではなく、その勝負がついた時に、教皇の名によって何らかの動きがあるかもしれないということが問題なのだよ。違うかい?」
ここまでの話はザラトロも話していたことであり、誰でも考えうる内容だ。挑発を伴うものではない。
「私たちの間では、ウスンサーリが勝った時点で教皇の詔勅を取って、エッジスタートに攻め込むという噂が流れている。もちろん攻め込むにはそれなりの理由がなければならない。その理由として使われるのは白バラ十字団だ。エッジスタートのギルドが白バラ十字団の温床になっていると主張して攻め入るというロジックさ。これはまだ噂にすぎないが、ただの噂だと片付けられないことがいろいろある。その一つが、2週間前にエッジスタート外相が我が国を尋ねて来たことだ。国王は会談内容を開示せず、個人的な表敬訪問だということで済ませてしまった。しかし、これが噂に信ぴょう性を持たせてしまったのだ。前々から国王とその側近たちは、その野心を隠すことなくエッジスタートのギルドを狙い、大陸を統一すると吹聴していたからね」
カルレン公は話しながらもフェリーシアからずっと目を離さないでいた。
「君は、これをどう思うかね?」
フェリーシアもカルレン公から目を離すことができないでいた。ここで目をそらしては、その後どう身を処すにしてもすべてが後手に回ってしまう。そして、ここまでカルレン公に話されてしまっては、、、もうしらを切る意味もないように思えた。
「お久しぶりでございます、公爵。あなたの記憶力と洞察力には大変感服いたします。私はおっしゃるように、10年前、エッジスタートでご挨拶いたしました王室の者でございます。当時私もまだ幼く、今ではその面影もさほど残っていないと思っておりましたが、、。あの時、叔父上からは、未来のフレンクランを背負われていく王族の方、国のため国外にてご研鑽を積まれていると、紹介されたことを記憶しております」
カルレン公もフェリーシアの顔をじっと見ている。かすかに微笑んだように見えた。
「私は公爵のおっしゃるとおり、フレンクラン国王がエッジスタートの製鉄ギルドを狙っていることをずっと懸念しておりました」
フェリーシアは腹を決めた。こうなったら正攻法で行くしかない。
「あの技術は、エッジスタートの国内にあるがゆえに、大陸全体が安心して利用できるものです。もし国外に流出すれば、流出した先からそれが戦争の火種となってしまいかねません。それを恐れて我が国王は、ギルドを完全な保護監視下に置き、技術漏洩を防いできました。もし大陸を統一したいのであるならばそれは武力ですべきではありません。武力で統一しようとすれば、それは侵略する側される側の終わりない恨みの連鎖の始まりとなります。戦争が始まった時点で出口のないドロ沼に足を踏み入れるのです。エッジスタート国王はそれを懸念して、今までずっとギルドを守ってきました」
カルレン公はフェリーシアの話を黙って聞いている。
「もし今、フレンクランがギルド職人を拉致するためにエッジスタートに攻め入れば、それをサックセン始め他の国々が黙って見過ごすとは思えない。また仮に、裏協定を結び手を出さなかったとしても、それは技術提携が条件となるはずです。そうなると製鉄技術が拡散していくことはもう避けられない。そして、それは軍事競争を誘発し、活発化させ、パワーバランスを崩し、領土拡大の戦争へと繋がっていく。そうでなくても、むやみな軍事競争は国内の産業や国民生活を圧迫していくでしょうし、くしくも先ほどカルレン公が言われたように、国内から疲弊していってしまうでしょう」
フェリーシアはここまで一気に話した。フレンクランの民にも良いことはないと、カルレン公に認識してほしかった。
「10歳にも満たなかった小さなお姫様が、こんな立派なことを口にするようになられたとは、いやはやびっくりですよ」
フェリーシアは表情一つ変えずに、カルレン公を見ている。
「私は今回の噂を聞いた時、いささか強引過ぎると思いました。まずは国内をもっと整えてから動くべきだと。エッジスタート国王の考えはすばらしいと思いますよ。しかし、技術は技術同士、追いつ追われつ競争して進歩していく。その自由競争は必要だと思いますし発展には欠かせません。技術は、独り占めするものではなく共有するものだ。ただ、今回の件はちょっと筋違いだと見ています。我が国王は、あまりにも自分の野心に偏りすぎている。無理やり強行突破すれば、あちこちに敵を作ることになる。エッジスタートを含めてね。弁競演会をきっかけに教皇令の発布なんかをさせたら、他国の反発は必須です。同時に宣戦布告しているようなものですからね」
カルレン公は言葉を選びながら話している。公式な場ではないとしても他国の王族を相手にしているのだ、そのまま国王に話が伝わるのを警戒している。だが、カルレン公の様子を見るに、憂慮していた国家間の裏協定はないように見える。
「今の国王は権力を自分に集めすぎた。誰もそれを止めることができない。それこそ国内でクーデターでも起きない限り、その計画を止めることは無理でしょう」
カルレン公はお茶を一口飲んだ。
「ところで、あなたは何かお考えがあってここまで来られたのではありませんか」
フェリーシアにはもう選択の余地はない。
「昨日、お見せしたもの、そしてオペラ劇場でお見せしたもの、あれは錬金術ではありません。あれはエッジスタートで使われている、別の技術です。製鉄の技術とは関係がありません」
カルレン公は、多少驚いている様子ではあったが、フェリーシアの話に集中している。
「私は、フレンクランのロッジにエッジスタートの製鉄ギルドの技術が、一部流出しているという噂を流したいと考えています。国王がその噂を耳にすれば、わざわざ軍を動かしてエッジスタートを攻撃するよりも、まずはその自国ロッジへの流出先を突き止め、一部でもその技術を確保しようとするだろうと思うからです。弁競演会による即時の挙兵を、どうにか食い止めたいと思っているのです」
「なるほど、、。確かにあなたのこの2日間の魔法は、あの強靭な鉄を作り出すギルド由来のものかもしれない、と思わせるには十分ですね。それで、それをどうやって噂に仕立てようとしていたのですか」
「エッジスタートの製鉄技術は錬金術をもとにしたものだという風聞があります。それと、あるロッジにいるエッジスタート出身者の錬金術を結び付けさせようとしたのです。失礼を承知で申し上げます、、。私がその噂元になって、ザラトロや、その、、カルレン公、にも、興味深い情報として、それを広めていただこう、と、思っていました」
フェリーシアは自然、遠慮がちな話し方になった。計画のネタ晴らしは、イコール、カルレン公を欺こうとしていたと白状することだからである。
「ほう、、考えましたな、、」
しかしカルレン公は、悪戯っ子のような顔になっていた。
「ザラトロも、、途中までは考えにあったのですが、彼はロッジのスパイのようでして、、、王政側の貴族に筒抜けになる危険性が出てきました」
「うん? ザラトロが貴族のスパイ?」
カルレン公は急に呆けた顔になったかと思うと、大声で笑いだした。
「あ、あの、、」
フェリーシアには、何で彼が笑っているのかわからない。
「ザラトロは、ロッジのスパイではありませんよ。彼は、トーボルクのスパイです」
カルレン公は笑いながら言った。
「えっ! トーボルクの、、」
フェリーシアは、カルレン公の言葉が即座には理解できなかった。彼がトーボルクのスパイ? 何で? 何でロッジに?
「あの、、では、トーボルクは、カルレン公とザラトロが親しくされているのも知っているのですね?」
「親しいかどうかはわかりませんが、よく知っているでしょうね。というより、トーボルクはザラトロを通して私の動きを見張っているのですよ。なんせ私は王族の一員でありながら、現国王に距離を置いて傍観している自由主義者ですから。彼らとしては、いつも目を光らせておきたい相手でしょうね」
カルレン公は何とも愉快そうに話している。
「ザラトロの話し相手をするだけで彼らを安心させておけるなら、安いものではありませんか」
フェリーシアはもう脱帽するしかなかった。カルレン公はみんな知っていて、それを利用しているのだ。それも波風一つ立てずに、、何とスムーズに。彼はおそらくトーボルクの害悪もよく知っているのだろう。もちろんフェリーシアの前では何一つ言わない。ただ、彼は時を待っているのかもしれない、、国王とトーボルクの共闘が崩れる時を、、。いや、もしかしたら彼なりの方法でもう手を打っているのかもしれない。
「びっくりしました。公爵には、驚かされてばかりです。あの、、それで昨日、ザラトロのいる席で話を広げないように、途中から話題をそらされたのですか?」
「はい。エッジスタートの姫様をトーボルクなんぞに奪われては大変な事になりますからね」
「いつ、、どうして、、私が10年前のあの幼い娘だとおわかりになったのですか?」
「いつかと言われれば、、昨日、オペラの感想を聞いた時でしょうか、、。まあ、確信はありませんでしたが、ただザラトロの前では、あまり会話をしたくないと思いました」
「オペラの感想って、、あの一言二言の言葉に、何か意味があったとは思えませんが、、」
「これでも私はオペラ愛好家で、たくさんの作品を見ているんですよ。相手が私と同じ感想を持てば、その人に興味を抱くのは当然ではありませんか。それに、、天狗になっているわけではありませんが、私のような通の人間と同じ感想を平民の者が話せば、懸念を持たれるのは当然ですよ。もっと素人らしい感想を述べなくては」
カルレン公は嫌味なく爽やかにそう言った。
「さて、先ほどのお話ですが、、あなたの計画に乗りましょう。ただし、これは私とあなたとの密約です。表面上は、あなたのシナリオ通りに私が動いてしまっているだけのことです。ザラトロの方は、私がうまく丸め込んでおきましょう」
「ありがとうございます。公爵には、驚かされてばかりです」
「いえいえ、私もこの陰謀には最初から反対の立場ですから、、。それに、エッジスタートの風変わりなお姫様とお近づきになれて、、私は愉快な気分なのですよ」
カルレン公は屈託のない笑みを浮かべた。
バーグの店に戻ったフェリーシアは、カルレン公の屋敷であった一部始終を話した。バーグは卒倒しそうなほど驚いた。
「お、お譲様、本国へ、とても報告ができません!」




